16.凡凡への追求
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ラスバは懐からなにかを引っ張り出した。
「い、いいのかよ!ご主人!俺のことを他人にバラしちまってよ!」
出てきたのは手乗りサイズの山羊のようなものだった。それが今、ラスバの手のひらで暴れている。
「使い魔か?」
「ご名答。以前、保管庫で見つけた魔導書を開いたらこんなものが出てきたんだ。なんか凄い悪魔みたいなんだけど、僕が倒しちゃって流れで使役してるんだ」
何をやってるんだ、と思いつつタントは尋ねる。
「そいつの名前は?」
「Acroxia。知ってる?」
「あくろしあ?聞いたことないな」
これでもかなりの博識だと自負していたタントだが、その悪魔の名は耳にしたことがなかった。また、ラスバの発音があまりにも正確すぎて聞き取り難いことも相まって思わず舌足らずな返答になった。
「ほら、やっぱり無名じゃん、お前」
ラスバが悪戯気に笑う。
「なんだと!おい、貴様!この私を知らないことないだろう!この髏凱卿のアクロシアを!」
「髏凱卿」
タントはその言葉を何度も反芻する。己の脳内の辞書をフル回転させ、その言葉を探る。
「旧エヴンダ神話、宴の章。主神エヴに反旗を翻した悪魔にそう呼ばれていたの奴がいた」
「そうだ、その髏凱卿こそ私だ。少なくとも馬鹿ではないようだな、小僧」
アクロシアは満足げに頷く。
「へぇ、あの話本当だったんだ」
ラスバが感心する。
「あくまで神話時代の話だ。信憑性は低い。が、もし本当にそいつが髏凱卿ならとんでもないものを呼び起こしたことになる。神話によると髏凱卿は、この国を半壊させている。それも一晩で」
「うむ、あの夜は誠に愉悦だったわ」
アクロシアは誇らしげに胸を張る。
「飼うならしっかりと首輪を締めておけよ」
「な!?きさ─「わかってるよ。兄さん」
「こいつは僕に逆らえない契約だから、大丈夫」
そう言うと、アクロシアの首に鎖のようなものが浮かび上がる。
「それでも、足元掬われないようにな」
「うん......なんだかさ、話してみてやっと分かった気がする」
ラスバは、ギャーギャー喚くアクロシアを懐に再び忍ばせる。
「ん?」
「アルスタ兄さんやディーン兄さんがタント兄さんに一目置いてる理由」
「お世辞を言ったって何も出てきやしないぞ」
「ちゃんと弟として、人間として見てくれている。きっと、今までもそうだったんだよね。それなのに、僕、兄さんのこと避けてた」
「ラスバ」
違う。違うんだ、ラスバ。
「でもさ、実際に話してみて兄さんは僕、いや僕らに嫉妬なんて全然してる気がしない。僻みなんて感じないよ!...それになにより、あの日のこと、みんなに言いふらしてない」
「見られてたこと、気がついてたのか」
「うん。気配は感じてた。残留した魔力に触れてみて兄さんだって分かった。それから気が気じゃなかった。いつバラされるんだろうって。いつ、問い詰められるんだろうって。だから、兄さんと会うのが苦痛だった。でも兄さんはバラすどころか何事もなかったかのように振る舞ってた。それが逆に不気味だった」
「意外と饒舌なんだな、ラスバ」
タントが合間にポツリと呟く。
「からかわないでよ。普段は言いたいことも言えないんだ。最後まで聞いて」
ラスバが頬を膨らませる。
「悪かったよ」
「ええっと、だから他の兄さんたちにタント兄さんのことを聞いたんだ。どういう人なんだって。だって、僕と兄さんが初めて会ったのは二年前だったし、それからもあまり関わることはなかったから。でね、───」
お前もこんな顔をするんだな、ラスバ。
タントは幼き面影をラスバに重ねる。嬉しそうに、楽しそうに話すその面影を。
「~~なんだったって。って聞いてる?兄さん」
「あぁ」
「姉さんたちは兄さんが僕たちを疎ましく思ってるからこんな態度なんだって言うけどそれも違う。父さんに聞いても首を横に振るだけなんだ」
「ラスバ、俺のことを知って、その後どうする?」
「え?そうだな、これは単に僕の好奇心によるものだから何もないと思うよ」
タントは立ち上がり、大きく息を吸った後、ポン、とラスバの頭に手を置いた。
「火は水を熱せよだ」
「なんのことわざ?」
「俺のことさ」
タントはフラフラと法廷の出口へと向かう。
「待ってよ兄さん!まだ聞きたいことが!」
ラスバはそう叫びつつもなぜかタントを止めることができなかった。魔法を使えば簡単に止められたのに。彼の寂しい背中はラスバの気を削ぐのに十分だったということだ。




