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凡凡の親として

##


 若葉が生い茂る季節に、エヴンダ王国に一人の王子が生まれた。


「おぎゃあ!おぎゃあ!」


 その産声は城中に響き、中にいる人間にその誕生を高らかに告げた。父である王は、その声が聞こえた瞬間、いてもたってもおられず、医者が取り上げる前に我が子を抱き抱えた。そして己の手でぬるま湯にくぐらせ、柔らかな布で包み込んだ。


「あぁ、なんて愛おしいのだろうな。エリス、生まれたぞ。男の子だ」


 王は妻に見えるように子を抱える。赤子は落ち着いたのか、今は眠っている。


「えぇ、マーク。なんて可愛らしいのでしょう」


 御産を終えた直後の王妃の額には脂汗が滲んでいる。しかし、表情はとても安らかだ。


「名はタントだ。この子が国中、いや世界中から愛される者となるように願いを込めて」


「タント。私たちの愛しい子。きっと、愛されますとも。だってこんなにも、優しい顔をしていますから」


 タントが生まれた日。この二人が生涯で一番父性と母性に満ち溢れた日。赤子らしく生まれてきた彼が、親が親であるという実感を王と王妃にこの上なく感じさせたのだ。


────


────────


─────────────


「ちちうえ!ぼくは、クルガおうのようなとてもゆうかんなひとになりたいです!」


 タント5才。年相応に無邪気でやんちゃでとても愛嬌のある子供であった。昔話に出てくる英雄が大好きで、この年にしては難しいような物語をよく読んでいた。


「おぉ、タント。父上はどうだ?父上もかっこいいだろう?」


「うーん。ちちうえもいいけど、クルガおうのほうがいいです!」


「む、そうか」


 国王マークはタントのことを他の兄弟よりも少しだけ贔負していた。兄であるアルスタはもはや己のより賢く、九歳のこどもと話しているような気分ではない。宰相と話しているようでどうも気が滅入る。弟であるディーンは、3才にして騎士団の詰所に入り浸っており、あまり顔を合わせに来ない。


 それに、化物じみた二人よりこの変哲もない子の方が我が子であると染々と思わせる。それは皇太子時代、他の兄弟と比べて華がなかった己と重ね合わせているのかもしれない。マーク自身も贔負はいけないと思いつつも、年相応の輝きをもたらしながら、嬉々として自分に会いに来るタントにどうしても下駄を履かせたかった。


 アルスタやディーンの要望に耳を貸しつつも、マークはタントが望むものを何でも取り寄せた。本を願えば書斎ごと、剣を願えば鍛冶師を雇い、服を願えば特注させた。ある日は冒険者になりたいと願ったので、国で指折りの冒険者を護衛にして、冒険に行かせた。


 それでも、やはり叶えられぬものもあった。専属従者を決めるときは、彼らの勝手な欲望で避けられたあげく、ようやく付いたと思えば今度はあらぬ汚名を着せられて結局未だに専属は公式決定していない。婚約者にしても、他の兄弟と比べられて吐き捨てられた。後に寄り付くのは権力に涎を垂らす汚いハイエナどもだ。


 そしてなにより、彼が目指していた()()にしてあげることができなかった。()()()()以来、タントから以前のような活発さは見られなくなった。むしろ、皇太子時代のマークの生き方にそっくりであった。堅実に見えるようで、全く手を抜いている。()()()()()()だけは上手く、実はサボっている。


 マークの時代は他の兄弟が戦死してしまったため、消去法でマークが次期国王となった。マークは先代と比べて消極的な王であったため、騎士団からはあまり良く見られていなかった。アルスタが終戦させていなければ、当時の()()()が騎士団に担ぎ上げられてクーデターが起こっていた可能性がある。それほど、大人しい王であった。


 マークは悩んでいた。


「私の生き方を真似することはもう止めなさい。それではお前が不幸になるだけだ」


 以前、このようにタントに告げたが、


「お言葉ですが、私は私の望む生き方をしています。私にとってこれが幸福であり、最良です。父上が世間体を気にしていらっしゃるのは理解できますが、私もその最低限のわきまえは理解しているのでご心配なさらずに」


 と軽くあしらわれてしまった。


 事実、タントはやるべきことはやっている。しかし、所々でマークにはなかった繋がりでそのラインを誤って見ている。


 そして先ほどタントは己の師であるイーダを弟のラスバの教育係にしてくれとお願いしてきた。ラスバに魔法の才があるのは誕生当時で明らかであった。しかし、それを知っているのはその場にいた王と王妃と従者だけであり、その記憶もなぜか王しか覚えていない。その才をタントが見抜いていたことには驚いた。確かに魔術王と呼ばれた彼がラスバの教育係となれば彼が持っている才能をより引き出してくれるに違いない。


 しかし、イーダは以前に問題を起こして城勤めを止めている。その後の評判が著しくないことも耳に入っている。その度に、弟子であるタントの身内贔負だと世間から非難されていることも嫌になるほど聞いた。


 今回ばかりはそのお願いを渋った。しかし、


「父上、これが最後です。これ以降は何の我が儘も言いません。そして、この事で起こる責任は全て私が取ります」


 そう言われれば、マークも承認せざるを得なかった。承認すると、タントは、嬉しそうに微笑んだ。その顔を見て、マークは嬉しくもどことなく苦いような複雑な気持ちになった。


 タントが去った後、マークは再び悩む。


  あの子の生き方は安定しているようで、とても不安定だ。早く足元を固めてやらねば、いつか取り返しのつかぬことに─。まずは、まともな婚約者でも身繕ってやるかな。


 その願いも虚しく、ある冬の夜。


 耳を疑うような凶報が執事長の口から告げられた。

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