12.凡凡に冬がくる
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タントは部屋の中で婚約者候補リストに目を通している。
「はぁ......」
見たところやはりめぼしい者はおらず、思わずため息が漏れる。
「しかし、どういう風の吹き回しですか。あれほど拒んでいらしたのに今度は躍起になって婚約者探しとは」
隣に控えているメイドがポツリと漏らす。
「お前に言ったってしょうがないだろ。それに、これは父上のおせっかいだ。全て断る」
「お─「しかし、今日は冷えるな。暖かい茶を淹れてくれ」
「......かしこまりました」
メイドが茶の用意をしている間、タントは窓から外の様子を眺めていた。
雪か
外では雪がさんさんと降る。空は灰色に染まり、なんとも息苦しい光景だ。
「今年の冬はどうなるのだろうな」
現在、この世界は日本でいう12月に当たり、これからが冬本番となる。
「例年並と予報されております」
茶の仕度をしつつ、メイドが質問に答える。
「そうか。そうだ、茶を飲んだら少し出掛ける。1人で行きたいからお前は下がっていてもいいぞ」
「どこへ行かれるのですか?」
「地下の図書室だ」
「地下は冷えますので、十分に御体をお温めてください」
すると、メイドは出来上がった紅茶の中に粉のような物を入れる。
「おい、今何を入れた?」
「身体が温まる魔法の粉でございます」
毒か?まぁ、毒味させてみるか。
茶を受け取ったタントはメイドに毒味を命じ、メイドは躊躇なくそれを飲んだ。
「全く、殿下は怖がりですね。私がそんなことするはずないでしょうに」
「今日初めて会うお前をそこまで信用できるほどお人好しじゃないからな」
そう言いながら、タントは出された紅茶に口をつける。
「あ、同じところに」
メイドがあっ、と驚いた。タントが口をつけたところはメイドと同じところであったからだ。
「何を言ってるんだ。同じところでないと毒味させた意味がないだろう。それとも、この俺との間接キッスがそんなに嫌だったか?」
たとえ、飲み物自体に毒はなくともカップの飲み口に毒が塗られていたら毒味させた意味がなくなる。
「いえ、むしろ光栄の極みでございます」
皮肉か。
「それにしても、この茶は少し辛いな」
「先ほど入れたものは生姜の粉でございます。ご存知の通り、生姜には身体を温める効果がありますので。ジンジャーティーはお気に召しませんでしたか?」
「いや、これはこれで中々美味しいものだ」
「恐縮でございます」
そうして、茶を嗜んだタントは上着をもう一枚羽織り、部屋を出ようとした。
「三時間ほどで戻る。その間、この部屋はお前の自由にしていいぞ。もちろん、汚したら掃除しろ」
「かしこまりました」
「じゃあな」
タントは部屋から去り、城の地下へと向かうのだった。
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城の図書室は3つあり、本館三階にある書斎と東館にある現図書室、そして本館地下にある旧図書室及び禁書保管庫。タントはこの3つの場所をローテーションしながら読書に明け暮れている。特に旧図書室には現在では廃刊となっている文庫本や雑誌などが多く並べられているため、タントのお気に入りとなっている。
─ギィ、ィィィ─
少し痩けた木の扉が軋みながら開く。この旧図書室には滅多に人が来ないため、それほど手入れはされていない。本棚には大量の埃が被っているし、床も埃の絨毯が敷かれている。
「ん"」
その埃っぽさに少し咳払いをし、タントは目的の本棚へと向かう。
「エヴンダ王記5巻【初版】」
探している本の題名を呟きながら、指差し確認で並べられている本の背をなぞる。
「あった」
厚さ13cmほどの分厚い本を取り出し、本に付着している汚れを払いながら椅子へと座る。椅子は綺麗にされており、この部屋に入り浸っているタント自身が掃除しているようだ。
「確か、3代目国王がライラ地方の遠征に行くところまでだったな」
その厚さを物ともせずのバラバラと本を捲り、該当ページを探す。突然、タントの手が止まり、その目は本に吸い込まれるかと思うくらいに見開かれた。
「なんだ、これ?」
その開かれたページには古びた封筒が挟まれていた。
「こんなものが挟まっていたなんて以前読んだときには気づかなかったぞ?」
非常に興味深い。タントはその好奇心が抑えられなかった。気づけば、その封を開け、中に入っている文書に目を通していた。
《拝啓、アール宰相。此度の協定破棄、誠に遺憾極まりなき事この上なし。いくら姿かたちが同じくも──「えっ!?」
何者かの叫び声によって、その精読は妨げられた。タントがその声の方へ顔を向けると、そこには三男のラスバの姿があった。そして、その方向はまさに禁書保管庫から出てきたと言わざるを得ない場所であった。
「お前も読書か?」
「え、は、はい。...タント兄様もよくここへ来られるのですか?」
ラスバは少し面食らったような顔したが、すぐに笑顔になり甘ったるい声で答えた。
「そうだな。ここには、面白い本が沢山あるからな」
「そうですね!僕もここは面白いと思います!では、用事があるので僕は失礼します!」
そう言って、ラスバは飛ぶように部屋を出ていった。
「まったく、俺以外に見られていたらどうするつもりだったんだ」
タントはラスバが禁書保管庫に入っていたこと、そしてラスバがそこへ入り浸っていることは既知の事実であった。出くわすことこそ、今日が初めてであったが、ラスバが旧図書室に入っていく姿は以前から何度も確認している。そして、図書室内にその姿が見えないことも。
禁書保管庫の侵入は何人であったとしても重罪に課せられる。たとえ、それが王族でも例外でない。軽くても、禁固5年。重ければ、無期幽閉。さらに、国家転覆及び叛逆の意思ありと見られれば、極刑という判例もある。
その危険性をあの子は理解しているのだろうか。タントは、それとなくいつも伝えようと思うが、そもそもラスバ自体がタントを避けているので出会う機会は食事ぐらいしかない。もちろん、食事には他の家族も同席しているのでそんな話をすることなどできない。
「ラスバには迷惑だろうが、今度、直接部屋に行って注意してやるか」
ふと、冷たい風がタントの背後から吹き抜ける。
「はぁ、あいつ、保管庫の扉を開けっ放しにしてやがる」
それほど、俺がいたことに焦っていたのかとため息をつきながら、タントはその扉を閉めた。
─ガタン!─
タントが保管庫の扉から手を放そうとした瞬間、またその背後から今度は何かが落ちる音がした。
「今度はなんだ?」
面倒くさそうにタントが振り返ると、そこには驚愕の表情を浮かべながら転けている執事長がいた。先ほどの音は、何かが落ちたのではなく、彼が転けた音だったのだ。
「で、ででで殿下!あ、貴方は、いい今、な、そこで何を...!」
最悪のタイミングでのはち合わせ。それでも、タントはなぜか
落ち着きを払っている。
「け、憲兵ー!」
タントの身は近くにいた憲兵に瞬く間に拘束された。




