10.凡凡は夢を見ていた
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「なぁ、タクトくぅん。いや、殿下ぁ!どうかコネで仕事を斡旋してくれないか!」
頭を下げ、惨めに乞うその姿にかつての気品に溢れた魔術王の姿は影もない。
「その言葉、前もその前も、貴方の研究所が閉鎖されてから会う度に聞かされる。その度に俺も角が立たない限りの応援はしているはずです。なのに貴方は会う度にここで酒に溺れている」
イーダの研究所は終戦後もしばらく開かれていたが、連合府の調査に危険因子とみなされ、閉鎖された。その後、タントの推薦により王国の宮廷魔導師最高顧問の地位に就くが、その気まぐれと怠惰な性格が起因して罷免された。その後もタントの計らいによって様々な仕事に就くがことごとく長続きせずに、タントに懇願の手紙を送っては酒に溺れている。
「仕方ないじゃないかぁ。だって、皆僕に偉そうにするからぁ」
「仕方なくないですよ。はぁ、しょうがないですね。これで最後にしてくださいね」
「さすがタクトくぅん!」
「まったく、師匠は上手くやってるてのに」
タントが最後に呟いたその一言で、イーダの眉が吊り上げる。
「今、なんと言いました?」
「いいえ、別に。デッダ師匠はしっかりとしてるな、と思っただけですよ」
『武神:デッダ』。イーダと同じく、かつて『英雄』として敬われていた者。終戦後はこれまたイーダと同じく、タントの推薦によって王国騎士団の第一軍隊長となった。今では昇進して、騎士団長となっている。
「くそ!やっぱりあいつの方が良いんだな!なんだ?何が良いんだ?あいつと寝たのか?あいつのデカモツにでも惚れたか!?」
デッダの名前を出した瞬間、イーダは狂ったように怒り出した。場合によっては不敬として処罰されてもおかしくはない暴言まで、タントに投げつけた。
「イーダさん!」
流石に見かねたノーラがイーダを諌めようとするが、タントがそれを制した。
「今のではっきり分かりました。貴方に仕事をやったって、またクビになるだけだ。その腐った部分を正さなければ一生変わらない。仕送りもこれを機に打ち切る。これ以上金をやっても酒代に溶けるだけだしな。それに、お前の仕送りと斡旋を文屋にすっぱぬかれて国民に糾弾されるのもそろそろ懲りた。本日をもってお前との師弟関係を打ち切らせてもらう。今後一切、この俺と関わるな。最後に言っておくが、師匠は今、弟のディーンに夢中で俺なんか眼中にないよ」
タントの声色に怒りは見えない。ただただ、冷静に残酷にイーダに告げる。
「あ、ごご、ごめん。今のは、その、間違い!嘘!嘘だよ~!」
まさか勘当まで告げられるとは思っていなかったイーダは、また泣きながらタントの足にすがる。
「おい、てめぇら!痴話喧嘩なら余所でやりな!」
酒屋のカウンターから怒鳴り声が飛んでくる。
「悪いなマスター。もう終わったよ」
マスター。元はこのギルドのマスターであった。今はこの酒屋のマスターである。バーテンダーの才能があったらしく、ギルドを畳んだ後に酒屋の女将のところに嫁いで、そこで才能を開花させた。
「店にも迷惑かけたし、今日ここにいる奴らのお代は全部俺が払うぞ」
タントはイーダを振り払いながら、店中に聞こえるようにそう宣言した。
「さすが殿下!太っ腹ぁ!」「ばっか!ここにいるときはタクトだっての!」「よっ!さすが輝光士タクト!輝いてるねぇ!」
店中は歓喜に満ち、注文がさらに飛び交った。
「さすが王子様はお金持ちってか?」
「そんな嫌味言うなよ、悪かったって」
タントはマスターの前に座り、料理と飲み物を注文した。
「ノーラとの話は少し聞こえたぜ。もう諦めんのか?」
「夢ならもう十分に見たさ。それに、持っていた幸せにも気づけたしな」
「幸せだって?それは楽の間違いじゃねーのか?」
「相変わらず手厳しいね、涙が出そうだよ」
タントは涙を拭う素振りをする。
「確かにおめぇは王族でありながらも尋常じゃないほど、人の二倍や三倍も努力してたさ。それでも、越えられない化物が、しかも身内から出ちまった。まぁ、そう考えれば心が折れちまうのも当然か。今の腑抜けたおめぇならな」
「マスターも俺の立場になれば分かるぞ。結局、夢は夢で、生きていくには現実を見ないとな。いや、俺の立場ならずともマスターなら分かるだろ?現に今だってそうじゃないか。夢だった世界最強のギルドが叶わなかったから今は幸せじゃないと言えるか?」
それも違うか。マスターと俺とは訳が違う。
「......ま、てめぇが納得してるなら何も言わねぇよ。ただ、夢の先追い人としては、同じ轍を踏んでほしくねぇんだ。俺は終わっちまったが、おめぇはまだ終わってねぇ。だから、まだ諦めんなって言いてぇのさ」
「そーゆこと!」
いつの間にか、ノーラが隣に座っていた。
「マスター!私エールね!」
「あいよ。タクト、グラスが空じゃねぇか。何か注ぐか?」
「そうだな。俺は林檎ジュースにでもするか」
「相変わらず子供舌ねー。サーラのおもりもまだ必要なんじゃない?」
「なんだ?旨いから良いだろ林檎ジュース」
「ひねくれても味覚はそうかわらねーか!ガハハ!」
それから数時間ほど談笑してからタントは店をあとにした。
「頼む...タント...僕を...見捨てないでけれ...」
店を出ると、入り口のすぐそばにイーダが酔い潰れて寝ていた。タントはそれを一瞥してから、城へと戻っていった。
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「父上、お忙しいところ折り入って頼み事があるのですが、よろしいでしょうか」
「タント、お前が頼み事は久々だな。何なりと申してみよ」
城へ帰った後、タントは父である国王の元へと一直線に向かっていった。
「はい。実は───」
一週間後、どの新聞社もデカデカとこの内容を取り上げた。
《魔術王イーダ、第四王子ラスバ殿下の教育係に抜擢!汚名返上となるか!一方、第二王子の依怙贔負との噂も...》




