9.凡凡は街へ行く
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「《タント・クルニス殿下、その威厳を保つ》か」
タントは、朝食を取りながら新聞に目を通す。
「殿下、お食事中に読み物とはお行儀がよくないですよ」
「それくらい目を瞑れ。ほら、チップやるから」
「いりません」
強情な奴だな、とタントは思いつつパンをスープで流し込む。
《しかし、如何に不敬であったとしても罰を与えたのは少々懐疑的に見ざるを得ない。それも、50ウロとなんとも言えぬ数字。これが他の兄弟方なら不問であっただろうに。やはりそこが凡凡たる所と言えようか》
「好き勝手に言ってくれるねぇ、この記者も」
適当に書くことがこいつの仕事か、と一人で納得しつつコーヒを啜る。
「ん、良くできてるなこのコーヒ」
「当たり前です。何回作ってると思っているのですか」
「お前が作った回数など俺が把握しているものか」
「え「おかわりを注いでくれ」
「はぁ、かしこまりました」
主人を前にしてため息とはとんだメイドだな
タントは呆れながら、新聞の続きを捲った。
「うーん、今日は城下にでも降りるかな」
「本日は街にお出掛けですか?」
「あぁ、別に荷物持ちは必要ないぞ?どうせお忍びで行くんだ」
「ですが─「お前は部屋の掃除をしておけ」
朝食を終えた後、従者を放ってタントは城下町へと出掛けた。
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「ここはいつ来ても目と耳が痛いな」
スラムのような喧騒に、おびただしい程の張り紙。そして、受付にはデカデカと【クエスト募集中!】と書いてある。
「あ、珍しい客!お久しぶりねー殿下...じゃなくてタクト!」
「よう。相変わらず繁盛してんのは酒屋だけか?」
ここは以前ギルドだった場所。魔族との和解後、魔物の討伐や護衛などの依頼が姿を消し、薬草やキノコの採取ぐらいしかなくなってしまった。それでは、ギルドの職員も登録者も生活が成り立たないので、和解の翌年、ギルドは閉鎖され、残ったのは併設されていた酒屋と小道具屋だけである。
タクトとは、タントが登録者もとい冒険者であったときに使っていた偽名だ。一文字もじっただけの安直なネーミングだったが当時よくできていると自負していた。
「そうねー。売れるとしたら酔い醒ましの薬草くらいね。後は果物ナイフやら鍋の蓋やら、日用品かな」
先ほどタントに話しかけたのは小道具屋の娘、ノーラ。彼女とは結構な腐れ縁でタントがこのギルドに登録した当時からの付き合いである。年はタントより5つほど上である。
「へぇ、わざわざこんなとこまで買いに来る奴がいるのか」
「他の店とは切れ味も耐久力も段違いだっての!これでも、結構いい生活できてんだから」
「そうだな。お前の店には大層世話になった」
「...やっぱり忘れられない?昨日の大会でまた燻りだした?」
「いいや、逆だ。踏ん切りがついたよ。そう言えばお前にもマスターにもちゃんとお別れを言ってないと思ってな」
「なるほどね。じゃあ、もう皇交戦にも出る気はないんだ」
皇交戦。年の瀬に行われる各国の王子王女が次の年の連合府の長を巡って争う戦い。戦争が完全に終息した後、世界は完全中立の政府組織『連合府』を作った。これにより、世界各国は格差なく貿易や外交がなされている。しかし、やはりその連合府の長が世界の実質的権限を握っていると言ってもいいので、その座を各国は喉から手が出るほど欲しがっている。設立当時は交代制やくじ引きによる採択が予定されていたが、最終的に実力主義による採択が採用された。それがこの皇交戦である。
「俺が出ても魔国にやられるのがオチだ。弟が頑張ってくれるだろうよ」
皇交戦は各国二人での総合勝利数で優勝が決まる。タントはディーンと一緒に出場しているが結果は奮わない。ディーンが勝ってもタントが敗北してしまい、結果優勝を逃す形がお決まりのパターンだ。
「あらら、生徒のタクトくんがそんなこと言うなんて、お師匠さま泣いちゃいますよ」
酒屋の方からかなり酒気を帯びた長髭の男がタントに絡んでくる。
「久しぶりですね先生、俺は貴方を酒浸りにするために金を仕送りしてる訳ではないですよ」
「そんなこと言ったってぇれぇ!誰も僕を雇ってくれらいじゃないか!」
そう言うと、男は持っているジョッキを一気に仰ぎ、その後泣きながら嘔吐した。
「あーあ、天下の魔術王もこうなりゃおしまいだな」
近くにいた客が面白そうに憐れんだ。
「ちくしょう...なんであいつは騎士団長なのに僕はこんな...」
泣きながら地面に伏すこの男こそ、かつては『英雄』の一人として讃えられていた『魔術王:イーダ』であった。




