七つの刃〜アントニオ編〜
国王の秘書官としてアントニオは辣腕を振るっていた。
ろくに仕事もしないくせに王国議会の主席として君臨し、行政府への影響力も手放そうとしないダールトンのわがままがギリギリ許されているのはアントニオが寝る間を惜しんで働いているからであった。
ある日、深夜の政務室で行政府の役人がアントニオに問うた。
「よくやるな。元の主人を追い出した男のために」
「仕事のことですか? だったら当たり前でしょう。
我々が仕事をしなければ国が回らなくなる。
私が忠誠を誓っているのは国家そのものですから」
深夜だというのにハキハキと答えるアントニオ。
環境にそぐわない模範解答に役人は呆れ気味に呟く。
「国家のことを考えるなら、あの王様はどうかと思うがね。
民の人気は高いらしいがいつまで続くやら……」
「民に何の力もありませんよ。
彼らにとっては目の前の暮らし以外に興味はない。
権力者や政治を批判するのも大声で歌を歌うのも一緒。
ただ気分をスッキリさせたいだけでそこから世の中を変えようだなんて考えていない。
そのような素地がある者なら、我々の同僚になっているでしょうがね」
「ハハ、違いないな。
まあ、無理せず頑張ってくれ。
アンタに倒れられたら、俺らもお手上げなんだ」
そう言い残して役人は部屋を後にし、アントニオは一人きりになった。
「国家のため…………か。
我ながら口が上手くなったもんだ。
今の私ならジルベール陛下のお力になれたかもしれないな」
うそぶくアントニオは虚空を眺めて、ジルベールの下で働いていた日々を思い出す。
国王の側近中の側近である秘書官の役目を頂きながらあの頃の自分は未熟だった。
レプラ様が抜擢してくださったものの、ジルベール陛下は不満だったに違いない。
にも関わらず、私を育てようとして下さった。
つくづく王としては常識はずれのお人だった。
おかげで今の私がある。
アントニオはれっきとしたジルベール派の人間である。
当然、レプラから王都脱出の誘いがあった。
しかし、彼は誘いを断った。
忠義を貫く以上にやらなければならないことがこの国に残っていたからである。
「マチルダ……」
彼は手元の万年筆をギュッと握り締める。
ズッシリとした重みがあり、ペン先は金メッキがされているそれはかなりの高級品であるが、ところどころ塗装が焼けたような跡があり、『マチルダ』という女性名が刻まれている。
この万年筆は彼の妹のマチルダが就職した時に祝いとしてアントニオが贈ったものだった。
マチルダはウォールマン新聞社の社員だった。
女性でありながらさまざまな事件を追い、関係者に取材したり、記事を書いたりして活躍する妹のことをアントニオは誇りに思っていた————ジルベールの元でマスコミの本性を知るまでは。
根も葉もないデマを書き立てて善良なる王を貶めるマチルダをアントニオは叱責した。
だが、彼女は頑なに「私たちは間違っていない!」と反論し続けた。
マチルダはステファンの愛人の一人だった。
強大な権力者であるジルベール王を倒すために手と手を取り合って戦うふたり、というシチュエーションに酔いしれておて、彼女はジルベールを批判する記事を書くこともステファンと別れることもできなかった。
仲違いをしてしまったアントニオとマチルダは再び言葉を交わす事なく永遠の別れを迎えることになる。
ジルベールの付け火の際、マチルダは燃え盛る建物の中に取り残された。
彼女の変わり果てた姿を見てアントニオは絶望した。
貧乏な田舎貴族だった兄妹は肩を寄せ合うようにして王都に上り、苦学しながら才能を開花させ誰もが羨むような職を手にした。
妹は自分を守り支えてくれた兄に感謝し、兄も妹を守るという責任によって成長できたことに感謝していた。
二人の絆は強く、結婚しようと、格差ができようと、罪を犯そうとも切れることはないと思っていた。
それが呆気なく潰えた。
顔すら判別できない焼死体がマチルダのものと確信できたのはその手にアントニオが贈った万年筆が握られていたからだ。
アントニオはそれを形見として持ち帰り、少しでも彼女の喪失を紛らわすために使うことにした。
そして、その思いつきが混迷する時代の表舞台にアントニオを立たせるキッカケとなる。
インキを補充しようと形見の万年筆を分解すると、細長く丸められた小さなメモ用紙が出てきた。
そこに書かれていたのはマチルダがアントニオあてに残した遺書であり、告発文だった。
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兄様。愚かな妹をお赦しください。
あなたがあれほど明快に道理を説いてくださったにも関わらず、初めて知った恋の甘さに酔いしれて背を向けてしまったことを。
いえ、恋ですらなかった。
ステファン・ランティスは私以外にもたくさんの女性を囲っていました。
その彼女達も今、私と一緒に閉じ込められています。
このまま扉が開かなければ炎に焼かれてみんな死んでしまうでしょう。
すべてステファンの仕業です。
あの外道は自分の悪事の清算をこのようなやり方で行い、その罪すらもジルベール陛下に着せるつもりなのでしょう。
どうか、そのようなことをさせないでください。
悪事を働いたものが罰をうけ、善良なるものが幸せを得る。
そんな当たり前の国を守るために兄様は政に携わるお仕事をされているのですから。
兄様、兄様、兄様、、、、、
たくさん伝えたいことがあります。
天寿を全うされた後、ちゃんと謝りに行きますから、それまで健やかにお過ごしください。
愛しています。
マチルダ
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兄が妹の復讐を決意するには十分だった。
アントニオはマチルダの手紙を誰にも見せていない。
見せたところでジルベールが火を放った罪は変わらないし、ステファンの悪事を示す証拠としては不十分だ。
まして、ウォールマン新聞の権力は大貴族すらも凌ぎかねない。
後ろ盾のない自分の言うことなどもみ消されてしまう、と。
故に、耐えた。
敬愛する王があらぬ罪を加えられて罰を受けようとも、贖罪の機会を与えられようとも、ジルベールの暴挙のきっかけとなったダールトンに靴を舐めさせられるような屈辱を味合わされようとも。
アントニオの願いはただひとつ————
「ステファン・ランティス……ジャスティン・ウォールマン……
今に見ておれ……」
一人きりの政務室で呪詛を吐くアントニオ。
この呪いの力が彼をダールトンの腹心へと押し上げた。
復讐を果たすにはどうしてもダールトンに気に入られ、そばに近づく必要があった。
なぜならダールトンは曲がりなりとも国王であり、ウォールマン新聞社に牙を届かせられる唯一の人間だからだ。
全ての権限を後先考えずに使い切って暴力に訴えれば多少の私兵集団などでは止めきれない。
己の命と国の将来をも賭け銭にして、アントニオは大博打の準備を始めている。
今はどんなくだらない仕事だろうとこなし続けろ。
これが復讐の第一歩なのだ。
ダールトンは欲望に忠実で、虚栄心が強く、己を顧みず常識や他人の機微が分からない最低の王ではあるが、その分コントロールするのも難しくない。
ジャスティンとの蜜月にも翳りが見え始めた。
だが焦るな。
機を見計らい、奴らが絶頂を迎える寸前に地獄へと叩き落とすのだ。
今まで生きてきたことも、生まれてきたことすらも後悔した、失意のうちの死でなければならない。
恐怖と苦痛に引き攣ったステファンとジャスティンの顔を思い浮かべて、アントニオは嗤った。




