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ジルベールの呪い〜ダールトン編③〜

 面倒なことになってしまった。


 ジャスティンにとんでもない弱みを握られてしまった。

 フランの腹にいる子が平民の種、しかも姉弟で交わってできた外道など民草や他国に知られたら王家の権威は失墜する。

 だとすれば多少のことでは揺るがないほど、権威を強化するしかあるまい。


 吾輩は、秘書官のアントニオに策を出すよう命令した。

 ジルベールの秘書官の中で唯一引き続き登用してやった男だが、かなりのキレ者だ。

 ところどころ常識のないところはあるが、仕事自体は早い。


「ならば、教皇猊下にお会いされてはどうでしょう」

「教皇だと?」

「ご即位されてから一度もお会いしていないでしょう。

 本来、国王の戴冠式の前に出向いて神事を行うのが通例ですが」

「何故、国王たる余が出向かねばならん。

 向こうから王宮に来れば良いではないか」

「教皇猊下は超常の高齢で有らせられるので。

 教皇庁の外にお出しすることはできないのです。

 それに元来国王の権威とは神によって————」

「フン! まあいい!

 宴にも飽きてきたところだ。

 旅がてら教皇庁に立ち寄ってやる。

 旅支度をせよ。

 王都にいる軍人を全て連れて行くのだ。

 あと、娘たちも何人か用意しておけ」

「え……先代は最低限の護衛と御者だけを連れて参られていましたが」

「ジルベールと一緒にするな!

 余は王の中の王だと何度言えば分かる!

 抜かりなくやれよ。

 旅の途中、快適さが損なわれることがあればお前の命はないと思え!」

「……かしこまりました」




 一週間後、吾輩は教皇庁に向けて出立した。

 アントニオは有能で王宮から愛用のベッドや食器は勿論、絵画や調度品、絨毯や壁紙まで持ち出していた。

 さらには旅路の途中に急拵えであるが寝所用の小屋まで建てている始末。

 これだからジルベールのお下がりでも切り捨てる気にはなれないのだ。


 三日間の旅を終えて、教皇庁にたどり着いた。

 2000の兵で周囲を取り囲み、精鋭の500人を連れて吾輩は教皇への対面を求めた。

 しかし、ここで問題が起きた。

 教皇の謁見場には一人で来いというのだ。

 吾輩が冗談ではない! と怒鳴り散らすもアントニオから堪えるように言われて不承不承と一人、帯剣もせずに広間に入っていった。


 だが、そこで待っていたのは教皇だけではなかった。

 国教会の幹部らしき年寄り達が教皇に付き従うように背後に広がって並んでいる。


「おい! 教皇! これはどういうことだ!?

 余は誰も連れず剣をも持たず来たというのにそなたは偉そうにも部下を侍らせたまま座り込んでいるなど————」

「控えよ! 俗物が!!

 教皇猊下の御前で声を荒げるなど不敬にも程があるぞ!!」


 教皇の側近と思われる大男が放った圧のある大声に思わずのけぞってしまう。

 教皇はこちらを頬杖を突きながら睨み、口を開いた。


「傲慢。卑小。無能。

 よくもオルタンシアの家にこのようなうつけが産まれたものだ」

「うつけだと……貴様っ! 国王に向かってなんという口を」

「国王? どこにおる?

 まさか目の前におる気狂いのことではあるまい。

 いったい誰が貴様を王と認めた?」


 皺まみれの顔でとぼけたことを抜かしおる。

 こちらも我慢の限界だ。


「ボケているのか? このジジイは。

 もういい。まともに会話ができる者を教皇に任ぜよう。

 国王に合わせて教皇も代変わりだ!」


 そう言うと、教皇や周りの者たちは大きなため息を吐き、代わる代わる言葉を発し始める。


「ここまで無知とは……」

「幼子の方がまだマシか」

「異教徒でももう少し敬意を払うものだ」

「国王を贅沢ができる都合の良い職業程度に考えているのだろう」

「然り。もはや対話の必要なし」


 ブツブツと何を言っているのか分からんが吾輩を馬鹿にしているのだけは分かる。

 いっそ軍勢をけしかけて此奴ら全員吊るし首にしてやろうか。


 と、企んでいると教皇が他の者を制して語り始める。


「国王とは神よりこの国を統治するようお役目を授かった者。

 故に人でありながら人の上に立つ事が許される。

 そして、神から王権を授かるに値するかどうかを判断するのは我々国教会だ。

 貴様の兄リヒャルトもその子のジルベールも即位の前に、教皇庁を訪れ王権神授の儀を受けている」

「ならば急ぎ、その儀式とやらを執り行え————」

「教皇猊下の言葉を遮るなっっ!!

 次に不敬を働けば神罰を下す!!」


 側近が青筋を立てて怒り出す。

 いったいなんだと言うのだ。

 吾輩はこの国で一番偉いのに、なぜ聖職者如きに畏まらねばならん。


「お前はおそらく自分の都合の良いようにしか話を聞かない性分なのだろう。

 王室の教育係が神の教えについて学ばせなかったわけがあるまい。

 王としての責務や縛りを一切聞き入れず、お伽話に出てくるような絶対権力だけを享受できるものと憧れを抱いていたのだろう。

 余がこの地位についてからの二百年あまり、暴君や愚王と名を残す王であろうと、最低限の弁えがあった。

 しかし、貴様にはそれすらない。

 故に王を僭称する貴様は、国教会から破門とし王権を授ける事を認めぬ」


 破門、破門だと!?


「じょ、冗談ではない! 権威を強化するためにわざわざ出向いてやったのに、どうして破門されなくてはならん!」

「余にその権利があるからだ。

 いい加減悟れ。

 貴様は偉くもないし、力もない。

 ただ立派な家に生まれただけの暗愚だという事を」


 ここまでコケにされて黙っていられる訳がない。

 怒りに震えながら部屋を出た吾輩は部下に指示を出した。


「今すぐ謁見の間にいる生臭坊主どもを皆殺しにせよ!

 首を切り落とし、晒し者にしてやれ!」

「落ち着いてください! 何があったのです!?」


 呑気に問うてきたのはアントニオ。

 元はと言えばコイツが国教会と関わろうなどと言わなければ!


 思いっきり、頬を殴りつけて倒れたところを鞭で打ってやった。

 額を床に擦り付けて謝ってきたところで怒りも冷めてきたので、教皇から破門された事を告げた。

 すると、アントニオだけでなく周りの騎士たちもざわめき出す。


「なあ! 許せんだろう!

 プレアデス教を国教として認めているのは我がオルタンシア王国!

 その王の意に反き、挙句破門などと言ってきた奴らに目にもの見せてくれようぞ!」


 当然、皆が賛同してくれると思ったのだが、アントニオが刺すように口を挟んできた。


「教皇猊下を害せば、我が国は半年保たずに滅びます」

「なんだと?」


 国が滅ぶ?

 こやつ、よくもそんな不吉な事を!


 ムチでその額を叩いてやった。

 目の上の皮が剥がれ血が滴り落ちたがこちらを真っ直ぐ懇願するように見つめている。


「プレアデス教を国教としている国や信仰している王は世界中におります。

 特にヴィルシュタインやノアドレイクといった先進大国では我が国以上に信仰心が強いのです。

 プレアデス教における象徴である教皇猊下を討つようなことがあれば、その事を大義名分に他国からの一斉侵略が始まります。

 今まで中立の立場をとっていた国も我が国を敵と見做し、世界中から人類共通の敵として刃を向けられます。

 そうなればひとたまりもありません!

 よしんばそれらを退け、万が一にも世界中の国々を支配下に置くことに成功しようとも、プレアデス教徒は陛下を許しはしません。

 無数の暗殺者が御身を付け狙います。

 市井にも、軍にも、王宮内、下手をすれば身内であっても。

 息を吐くことも許されない暮らしを送ったとしても向けられる無数の刃を掻い潜るにはあたわず、殺された後に史上最悪の王として……いえ、狂人として名を残す事になります!

 国教会を敵に回すとはそういうことなのです!」


 今までになく必死なアントニオの嘆願に流石の吾輩も心が揺れた。


「そ、そうか? やめておいた方が良いか?」

「やめなければ地獄に落ちます。

 それどころか、引き連れてきた騎士や兵士にだって熱心な教徒はいるのです。

 その者達は命令に従うふりをして御身を狙います。

 短慮を起こされますな。

 破門を解かれた前例はございます。

 今日のところは引き下がりましょう」


 従うしかなかった。


 王とは斯様に弱気ものだったのか?

 マスコミに国教会に周辺国に、臣下にさえも怯えなくてはならないなんて……


 ジルベールの言葉をふと思い出した。


『貴様が欲しがった国王の椅子は無数の刃が生えた拷問器具のようなものだ。

 一度座れば肉を貫かれ、血が滴り落ちる。

 傷を治そうにも刺さった刃が邪魔で塞がらない。

 そして、椅子から降りることができない。

 石を投げられ、火を放たれようが座り続けるしかできないんだ。

 私は楽しみでならんよ。

 無能で愚鈍な貴様がこの地獄に堕ちた時にどれほどの後悔と絶望を味わうのか!!』


 邪悪に満ちたあやつの笑みは今この状況を予期してのことだったのか…………いや、もしかするとさらに恐ろしい事が待っているのか?


 今思えば、あの時すでに吾輩は、ジルベールの呪いにかかっていたのかもしれない。

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