ジルベールの呪い〜ダールトン編②〜
その日、吾輩の元に報せがあった。
フランの監視をさせている侍女によるものだ。
その内容を聞いて慌てて奴の寝室に向かった。
ノックもせず、ドアを開けるとフランは驚いた顔をした後、がっかりしたような顔を見せた。
「なぁんだ。お父様か」
「フラン! 国王に対してなんだその態度は!」
国王になって、誰もが吾輩への態度を改める中でフランだけが変わらず、気怠げな態度を崩そうとしない。
むしろ、以前より煙たがられているようにすら思える。
「この後、人と会わなければならない用事があるの。
お引き取りくださいません?」
「お前…………また悪い遊びをしているのか!?
いくらジルベールとの婚姻が解消されたとはいえ、王女なのだぞ!
もっと慎みを持て!!
余に恥をかかせるな!!」
「娘より若い女を手篭めにして喜んでいる陛下の言葉は重みが違うわね。
女の情報網は新聞なんかよりずっと迅速よ。
とっくに恥晒しになっていることにも気づかず、無邪気なこと」
「貴様っ!?」
頬を打とうと手を挙げたが、ぐっと堪えて下ろした。
親子喧嘩するために来たわけではない。
「フラン。貴様、医者を呼んだらしいな。
いったいなんの————」
「まだるっこしいやり取りはナシにしましょう。
そうよ。子どもができたわ」
こともなげに言い放ち、薄い腹をなぞるように撫でる。
その表情は喜んでるとも苦しんでるとも取れない微妙な顔つきだった。
「誰の子だ? その男にはもう伝えたのか?」
「一番可能性が高い男を今呼びつけているところよ」
フランはそう言うと黙りこくった。
まもなく、ドアがノックされ件の男が部屋に入ってきた。
金色の髪をした長身の美丈夫だ。
年の頃は20そこそこくらいだろうが、身なりからしてそれなりに裕福で上品な家の男だと分かる。
国王である吾輩がいることに気づいても動揺せず、恭しく礼をするあたり胆力もありそうだ。
オーギュスト・フォン・グレミオ、と男は名乗った。
グレミオ子爵家とかいう王都に屋敷を構えるの嫡男だとか。
初対面のはずだが、その自信に溢れたような顔つきは誰かに似ているように思えた。
「オーグ、久しぶりね。
会いたかったわ」
フランが小鳥のように軽やかな声を男にかける。
男はいたわるような優しげな目で見つめ返す。
「ええ。姫様に飽きられてしまったかと思い、気が気でなりませんでしたよ」
鬱陶しいほどに甘い空気だ、はしたない。
さっきの紹介ではこやつは子爵家の嫡男ということだったが、もう少し格のある相手を選ばなかったものか。
「おい、フラン。
この男が子どもの父親なのか?」
「っ!? お父様!!」
フランが顔を真っ赤にして怒りの目をこちらに向けている。
先ほどはまだるっこしい話を嫌ったくせに勝手なものだ。
「子ども……まさか、姫様ご懐妊でございますか?」
真っ直ぐフランを見つめて尋ねるオーギュスト。
フランは恥ずかしそうに目を背けて「そうよ」と短く答えた。
しばしの沈黙の後、オーギュストは真剣な顔になり、再びフランに尋ねる。
「陛下と私以外に打ち明けていない……そう受け取ってよろしいのですね?」
「ええ。あなた以外に打ち明けられる人はいないわ」
「なるほど、この子は私の子でありますか」
奴は満面の笑みで、無遠慮にフランの腹を撫でた。
無性に不愉快な気分になり、思わず声を荒げる。
「おい貴様!! 子爵風情が王妃を誘惑するとは! 不敬であるぞ!!」
「私がフランチェスカ様と関係を持った時には前王は収監されていましたよ。
傷心の姫様をお慰めさせできれば、と身を尽くしただけです」
「抜け抜けと! 吾輩はこのような者の種を王室に入れるなど許さんぞ!」
女の方は貴族であれば構わん。
だが男はそういうわけにはいかない。
瓜の種からメロンは成らないのだ。
もし、吾輩が子を成せなければフランの子が王位につく可能性がある。
子爵程度の種からまともな王が生まれるわけがない。
「フラン! 子を堕ろせ!
今ならまだ間に合う!
ジルベールがいなくなって三月と経っていないのにこやつに孕まされたなどと知れ渡れば不貞の烙印を押されてしまうぞ!」
怒鳴りつけるとフランは汚いものを見るかのような目で吾輩を睨みつけてきたが何も言葉を返そうとしなかった。
代わりにオーギュストが口を開く。
「ご心配なく。
わざわざ父親などと名乗り出ませんよ。
そんなことをすれば我が身はもちろん、子の命まで脅かされる。
考えただけで涙が溢れそうだ」
「なんだと!? 王女を孕ませておいて責任逃れのようなことが許されるか!」
「どっちにしても許されないんじゃないですか。
だったら、みんながまるく収まるような方法を選びましょうよ」
生意気にも吾輩を宥めるような口調で語りかけてきた。
やはり、誰かに似ている。
この自信満々で人を食ったような感じは……
「私は名乗り出ない。
フランチェスカ様はお腹の子を産む。
そうすると誰もが同じことを考える。
『この子どもはジルベールの忘れ形見だ』と」
オーギュストの言葉にハッとなった。
そうだ。フランが不貞を働いていたと知っているからこそ、誰の子だ、という発想に至る。
だが、常識的に考えれば王妃が国王以外に抱かれることなどあるだろうか?
オーギュストは舞台俳優かのように高らかに声を上げて語り始めた。
「誰もが愚王と揶揄するジルベール王!
怒りの捌け口として妻であるフランチェスカを夜毎抱いていた!
夫に、しかも国王に求められては拒絶することなどできるわけもない!
その後、国を追放されたジルベールだったが、フランチェスカには新たな命が宿っていた。
愚王の最後の執着。
悲劇の王妃フランチェスカ様にかけられたジルベールの呪いだ……
しかし、親が大悪党だろうと、子まで悪となるとは限らない!
オルタンシア宗家の血を継ぐ子どもを立派な王に育て上げる決意をしたフランチェスカ!
悲劇の連鎖は私が食い止めてみせる…………泣かせるじゃないですか。
巷で流行っているジルベールの呪いに真っ向から挑もうとするフランチェスカ様の生き様は国民から絶賛され、それを認めるダールトン陛下は寛大で潔く男らしい王と崇められることでしょう!」
こやつめ……調子のいいことを並び立てているが悪くはない筋書きだ。
フランも満更では無さそうな表情だ。
「本当に、名乗り出ないのだろうな」
吾輩が念を押すとオーギュストはクスリと笑い、
「私と子の安全が約束していただけるなら」
とのたまった。
悪くない話だ。
あの様子ではフランチェスカは子を流しはしない。
たとえ奔放ではねっかえるところがあったとしても一人娘。
可愛いのだ。苦しめたくないのだ。
子を望むなら産ませてやりたいというのも親心だ。
それに、どこかの馬の骨にくれてやるくらいなら一生王宮に置いておきたい。
吾輩は意を決した。
「よかろう。聖オルタンシア国王ダールトン・グラン・オルタンシアの名においてそなたと子の安全を保証しよう」
「ありがとうございます!
これで私も父に怒られずに済みます!」
父に怒られるなどと大の男が情けない。
だが、こやつの父ということは当代の子爵か。
一応調べておこう————と思った瞬間、ドアが開けられた。
「良いですね。家族勢揃いだ。
記念に一枚」
パシャリ、と機械の音が部屋の中に響いた。
ドアを開けて入ってきたのはキャメラを構えたジャスティンだった。
その後ろには護衛と思われる男が立っている。
この男もどこかで見たような……
「おおっ! キングスレイヤー!
本当に叔父上の部下になさったのですね!」
オーギュストが嬉しそうに声をあげる。
ああ、キングスレイヤーか。
ジルベールを捕らえた憲兵だったか…………は?
「おい、貴様。
いま、ジャスティンの事を何と呼んだ?」
「ん? 叔父上ですが……ああ、まだ話しておりませんでしたか。
亡き母ジェシカは新聞王ジャスティン・ウォールマンの実の姉だったと言う事です。
故に私どもは叔父と甥の関係なのでございます」
サッ、と血の気が引くのを感じた。
この小僧がジャスティンの血族だと?!
そうか、奴に感じていた既視感は奴の面影だったと言うことか。
たしかに、言われてみれば血の繋がりがない方が不思議なくらい顔立ちや体格が似ている。
いやいやいや! そ、そんなことどうでもいい!!
「バカなっ! ならば貴様は平民の血が流れているということか!」
「ええ。元々、母はグレミオ家の女給をしていましてね。
そこで当主のお手つきとなり私を産んだのです。
幸か不幸か、男児は私以外は夭折しておりましてね。
平民の血が流れていようと、跡取りに認めていただけたわけです」
「木っ端貴族の跡取り事情などどうでも良い!
これだから誇りなき子爵家程度の家では血が保てんのだ!」
吾輩の罵りを受けるとオーギュストとジャスティンまでもが笑い出す。
「アハハハハハハハ! 我が家が誇りなき家だと。
これは見事ですね、叔父上!」
「クククク……いやいや、陛下の目は節穴ですが、逆に見えるものもあるのかもしれませんな」
「フシアナ!? ジャスティン!
貴様、吾輩を愚弄するのか!?」
「いえいえ、ご慧眼に感激しているのです。
陛下のおっしゃり通り、グレミオ家は誇りなき貴族家ですよ。
端金欲しさに平民の子に家を売り渡したのですから」
平民の子? オーギュストのことか?
だが、畑は平民であろうと種はそのグレミオとかいう子爵家の…………
色々と考えが交錯して訳がわからなくなってきおった。
ふと、その時。
並んで立っているジャスティンとオーギュストの姿がうっすらと重なって見えた。
姉の子……というには、似過ぎては————
ハッ!?
「ジ、ジャスティン? ま、まさかオーギュストは…………」
頭の中に口に出すのも憚られるほどにおぞましいことが浮かんでいた。
こちらの考えを気取ったのか、ジャスティンは感心したように首を縦に振る。
そして、オーギュストの肩を掴んで寄せる。
まるで同じ房で育った果実のように、同じ顔つきをした二人。
答え合わせが行われる。
「はい。オーギュストは私の最愛の姉ジェシカの子。
そして、私の実の子なんですよ。
グレミオ家の当主は自分の血を残すことよりも裕福な余生を求めて私に言われるがまま、オーギュストを自分の子だと認知したのです」
衝撃、というよりも生理的な嫌悪感が先に立った。
考えを頭に留めおく事などできず浮かんだ言葉が次々と口から溢れ出る。
「気色悪い!! 実の姉弟で交わって生まれた子だと!?
そんなもの畜生以下の外道ではないか!!
外道の血を貴族階級に紛れ込ませただけでも重罪なのに、あまつさえそれを我が娘に注ぐとは!!
死罪ですら生ぬるいぞ!!」
「……外道の血、か。
近親婚などというのはむしろ王族のお家芸のようなものでしょう。
あなたの妻だって従姉妹だったはず。
その間に生まれたフランチェスカ様を甥であるジルベールに嫁がせておいてよく言う」
「希少な王族の血と掃いて捨てるほどいる平民の血が同じ扱われ方をするわけなかろう!
オーギュスト! 貴様は八つ裂きにして豚小屋に撒いてやる!
ジャスティン! 親として貴様の監督責任を取ってもらうぞ!
フラン! 聞いた通りだ!
腹の中にいるのは外道の化け物だ!!
堕ろせ! 銀を飲んででも堕ろせ!!」
怒りに目の裏が熱くなる。
大切な一人娘がこんな常軌を逸した異常者の家系に孕まされたなんて耐えられない。
もし、この事を知らずにいたらと考えればゾッとする。
だが大丈夫だ。
オーギュストと子どもを殺してしまえば何もかも片付く。
オーギュストがハア、と大きなため息を吐いた。
「やっぱりダメだね、叔父上。
コイツ、先ほど自分の名にかけて誓った事を忘れちゃってるよ」
「その程度の男だ。
ただ防衛本能というべきかな。
大事な血統が脅かされるとなると我々の繋がりを看破した。
腐り濁り切っていても、オルタンシア王家の血は軽んじられない。
だからこそフランチェスカ様が産む王子が楽しみだよ。
私の濃い血が何百年と続いた王侯貴族の拠り所とも言える血統を侵していくことを思うとね」
オーギュストの軽薄な笑みも、ジャスティンの邪悪な笑みも恐ろしくてならなかった。
「誰かある! この逆賊どもを殺せ!!
今すぐ殺せええええええっ!!」
できる限り大きな声で叫んだ。
だが、ドアの外にいる吾輩やフランの護衛騎士は一切反応しない。
「王と親交があるとはいえ、ただの平民がすんなりと王女の寝室に入れるわけないでしょう。
護衛騎士には寝ていただいていますよ」
ジャスティンがそう言うと背後に控えていたキングスレイヤーが微かに表情を歪めた。
「ここまでのやり取りはご息女の懐妊という事件に取り乱した親心という事で大目に見てあげましょう。
ですが、今からは容赦しません。
私たちを害そうとするならば、キングスレイヤーは二度めの王殺しを行うことになる。
あと、侮辱も厳禁です。
あなたが国王としてこの国を玩具に好き勝手遊ぶのは許してあげます。
ですが、私の機嫌を損ねない範囲までだ。
マスコミを敵に回した王がどのような末路を辿ったか、あなたはよくご存知でしょう」
「き……貴様!? 王を、この吾輩を支配するのか!?
王族の長たる吾輩を!!」
「ジルベールは支配できない。
だから追放された。
あなたは支配できる。
だから玉座に座っていられるんです。
良かったですね、無能に生まれ育って」
バカにしおって! バカにしおって!
絶対にこやつらを生きては返さん!
キングスレイヤーといえどたったひとりでは————
「お父様。この子をジルベールの子として産みましょう」
「フランチェスカ!?」
「私達が生き残るにはそれしかない。
彼らに従っていれば、今の暮らしを捨てなくて良いという事でしょう。
考えるまでもないわ」
フランは悟ったように言った。
たしかに……ジルベールを追いやった時のジャスティンの執拗さは凄まじいものだった。
討ち取れなければアレ以上に苛烈な批判報道が集まるとなれば我が身が危ない。
フランは冷静だ。
「ねえ、オーギュスト。
私に近づいたのはこうなる事を狙って?」
「ええ。ダールトンが即位するのならば手綱を作っておかなければならない、と叔父上はお考えだったので。
ああ、勿論あなたのカラダは最高でした。
任務も忘れて愉しんでしまいましたよ。
お子を産まれたらまた是非お相手仕りたい」
笑いかけるオーギュストにフランは冷めたように首をプイと横にやった。
「オーギュスト。あなたは平民の生まれのくせに綺麗な金髪ね。
私もそうだから……きっと美しい金色の髪の子が生まれるわよ」
淡々と口にするフラン。
先程の甘い空気は消え失せていたのに、口元には意地悪そうな笑みを浮かべていた。




