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ジルベールの呪い〜ステファン編②〜

 次々と写真が真っ黒になったという苦情が上がってくる。

 そしてついに、その事が社長にバレてしまった。

 厳しく叱責されるかと思ったが、


「呪いなどあるはずがない。

 科学的な原因を大学の研究者たちと探り当てろ」


 と命じられただけだった。


 急いでシウネのいた研究室の長であるヒューズワンも呼び寄せた。

 ヤツは真っ黒になった写真を診て、あっさりと言い切った。


「ああ、これは現像液の問題だね。

 この配合では像が定着しきらないんだ」

「なんだとっ!?」


 結果は呆気ないものだった。

 呪いなどではなく、単純な科学的な不備……というか!


「お前ら! こんな粗悪品を商品として売り出していたのか!?」


 俺が怒鳴りつけるとヒューズワンは首を傾げながら、


「なに言ってるの?

 これは研究段階の試作品だよ。

 一ヶ月以上の像の定着は困難か。

 あなた方がたくさん世にばら撒いてくれたおかげで沢山のサンプルが取れたよ。

 今後も同様のケースが上がってくるだろうからよろしくね」


 罪悪感のかけらもない言い草に俺は流石に頭にきた。


「聞いていないぞ! こんな欠陥があるなんて!

 既に何万枚ばら撒いたと思っている!」

「そんなことを言われてもね。

 カメラの研究はあなた方のものになっただよね」

()()()()っ!」

「どっちでもいいよ。

 とにかく責任を取るのはあなた方。

 苦言を言わせてもらえば、研究段階から関わっていたなら像の定着が完璧でない事が分かっていたはず。

 研究とは成功例を見出すものではなく失敗作も含めてありとあらゆる事象を確認し、真理に辿り着く過程そのものなんだ。

 結果だけを切り取って金に変えようとするからこういうことになるんだ」


 ヒューズワンは悪びれもせず、こちらに責任をなすりつけてくる。

 覚えていろよ。

 呑気に研究なんてしていられないくらい追い込んでやるからな…………ん?


「ちょっと待て。

 この事はシウネは知っていたのか?」

「どうだろう。だけど彼女は出来が違うからね。

 おそらく長期的な像の定着を可能とする現像法も知っていたんじゃない?

 ただ、この世界は彼女みたいに後ろ盾もない小娘に優しくないから……

 自分の成果が奪われた場合に備えて、根幹的な部分を隠し持っていた、なんて可能性は十分あるね」


 あ、あの女ぁああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!


 ふざけやがってふざけやがってふざけやがってふざけやがって!!

 食い損ねたどころかまんまと一杯食わされたぁっ!!

 ちくしょう! 


 フィルムが残っていれば再現像は可能だが、全部ジルベールに焼き尽くされちまってる!

 ばら撒いた写真はもはやただの黒い紙……

 レプラの裸の写真に関してはこの世から抹消することに成功したってことか!


 あの日、我が社に火をつけて回ったジルベールの憤怒の表情を思い出すだけでゾッとする。

 ヤツが良心的な王であったおかげで事なきを得たが人質だった間は生きている心地がしなかった。

 あの底知れない迫力ならばこういう天運を引き寄せることもあるのかも知れない。

 追放には成功したがつくづく恐ろしい相手を敵に回していたものだ。




 社長に調査結果を報告すると、謝罪記事を掲載することに決まった。

『新聞とともに配布している写真は約一ヶ月で見えなくなってしまう』

 という事実を公表して、謝罪の言葉を書き並べた。

 当然、この国の愚民どもが『ごめんなさいをしたならゆるしてあげよう!』なんて健全な思考をするわけがない。


 ジルベールがいなくなり、怒りのぶつけ先を探し求めていたスラッパーを始めとする愚民どもが怒り狂って新聞社に押し寄せた。

 その怒りようは常軌を逸しており、ウチの女性社員に向かって「代わりにお前がハダカの写真をバラまけ!」などと罵るまで至った。

 親でも殺されたような怒りっぷりだが、コイツらはただ女のハダカ見たさに喚いているだけ……


「クソみたいな連中ですよ、まったく」


 俺は社長室の窓から門に押し寄せる愚民どもを見下ろしながら愚痴を吐いた。

 社長は興味なさそうな顔で書類仕事を進めている。


「ハダカの写真が見たいなら見せてやれ。

 旧ジルベール派の家の娘を攫って犯してその写真を撮れ。

 それをもっともらしい文章を付けてばら撒くんだ。

 民の怒りによって悪王ジルベール信望者に鉄槌をくらわせた、とでも書けば奴らも満足するだろう」


 社長はあっさりとえげつないことを言ってきた。

 さすがの俺も引いてしまうよ。


「そうしたいのはやまやまですが、ジルベール派の者どもの多くが失踪しているようです」

「なんだと?」


 俺の報告に社長がピクリと眉をひそめた。

 少しビビりながらも俺は詳細を話す。


「ジルベールがいなくなってバッシング記事のネタが減りましたからね。

 掘り返してみようと、判明しているジルベール派の人間を取材してみようとしたんですが誰も彼もいなくて。

 逃げ出した理由は疫病か迫害を恐れてだと思いますが」

「……そうか。たしかにレプラを始め、失踪しているジルベール関係者は多いな。

 案外、追放されたように見せかけてどこかに隠遁しているのかも知れないが」


 社長の発言に怯えて背筋に冷たい汗が流れた。


「で、ですけど、何ができるって言うんですか!?

 奴の名誉や信頼は地に堕ちていて再起なんてできませんよ」

「だろうな。それに反旗を翻すほどの根性があるならば、追放される前にヤツは動いていたさ」


 そう言って社長は笑い、俺の隣に立って押し寄せている愚民どもを見下ろした。


「まあ、些事は捨て置いてしまえ。

 ジルベールや愚民がどれだけ呪おうと我が社に傷をつけることはできん。

 何のためにあの俗物に王位なんて玩具をくれてやったと思っている」


 自信たっぷりな社長の表情は勝利を確信している男のそれだった。

 今やジャスティン・ウォールマンは国王の懐刀であり、パートナーと呼んでも過言でない。

 王国最大の影響力を持つウォールマン新聞によって、ダールトンに対して邪魔な情報をデマにて上書きし、あることないこと書き立てて求心力を高める。

 ジルベールの時とは真逆のことをやればいいだけだ。

 それだけで我が社は王になくてはならない存在となり、最大級の保護を受ける事ができる。


「なるほど。王とは便利なものですね。

 敵対しても味方にしても我々の得になる」


 俺が笑うと社長もほくそ笑んだ。

 ところが————


「ん? なんだ? アレは……騎兵隊?」


 何かに気づいた社長の視線の先を追った。

 そこには鎧を着込んだ重装騎兵の集団、50名程度がこちらに向かって進んできていた。

 その物々しさに下で集まっている愚民たちも注意を向けた————その時だ。

 隊の後方にいる一際大きな黒馬に乗った黄金の鎧を着た男が手を掲げ、愚民たちの群れを指し示した。


 瞬間————騎兵隊は猛然とした勢いで愚民の群れに突っ込んだ。


「なっ!?」

「はあああああああああ!?!?」


 俺たちは驚きのあまり大声を上げて窓ガラスに張り付いた。

 無抵抗の愚民相手に完全装備の騎士たちが全力で拘束、いや殺害行為を行なっている。

 事態に気づき逃げようと背中を向けた男の心臓を背中から貫く。

 転けて地面に伏せた男の頭蓋を巨大な馬の蹄で踏み砕く。

 両手を上げ降伏する男の首を剣の一振りで斬り飛ばし、首が地面に転がった。


 虐殺だ。

 こんな知らないってくらい凄絶な虐殺だ。


「まさか……ステファン! ついて来い!!」


 社長は怒鳴るように俺を呼びつけ、社長室を出た。



 長い螺旋階段を降り切った社長と俺は勢いよく、正門を開けた。

 押し寄せていた愚民の姿はそこになく、返り血を浴びた騎士たちが息をきらせて立っているだけだった。

 視線を下にやると————うぇぇ……見なかったことにしたい。


 吐き気をなんとか堪えていると、この隊のリーダーらしき大きな男が馬に乗ったまま社長に近づき、兜の面を上げた。

 出てきたのはゴツゴツとした岩のような印象の中年男、国王ダールトンその人だった。


「ッ……陛下、これは?」

「フハハハハハ! 喜べジャスティン!

 貴様が暴徒どもに囲まれて困っていると聞いたのでな。

 吾輩————余が、自ら馬を駆って助けに来てやったのだ」


 喜べるかッ!!

 上機嫌そうなダールトンの顔を見て顔面の筋肉が引きつり切れそうになる。

 無抵抗の民を相手に武装した騎士を引き連れて虐殺だなんて何を考えている!?

 いや、考えていないのか?

 こんなことをしたら自分の評判がどうなるか!

 まず他の新聞社にも圧力をかけてこの件を報道させないようにしなければ……


「礼はいらんぞ。だが、そうだな。

 この事は新聞の一面で書いてもらいたいな。

 何せ余の初陣ぞ。

 民を困らす暴徒をバッタバッタと薙ぎ倒し鎮圧!

 男というもの武勲話のひとつでもなければ、前王や兄上のように腰抜け呼ばわりされてしまう」


 バカバカバカバカ、バッカ野郎!!

 武勲じゃなくて罪科だよ!

 テメェに降ろされるギロチンの重量増やしたいのか!? このバカは!?


 コイツだけの問題じゃない。

 愚民とはいえウチの新聞の購買者どもだ。

 それをこんな形で虐殺なんてして、それを暴徒鎮圧呼ばわりして記事を書き立てれれば我が社への信頼がガタ落ちする!

 愚民どもは自分たち以外の者には手厳しいが自分たちには甘い!

 この集まりに来ていなくとも写真の件で不満を抱えている連中からすれば心中穏やかでないはずだ。


 社長は、どう出る?


 内面を悟らせないような涼やかな笑顔を顔に貼り付けたまま、口を開く。


「仰せのままに。

 せっかくですので、殺された連中はジルベールの支持者ということにでもしておきましょう」

「うむ! それは良いな!

 せっかくだ! この姿、写真に撮ってくれ!」


 能天気に馬上でふんぞり返って満足げにしている。

 そして思い出したかのように、


「ああ、ところでレプラが辱められているあの写真なのだが真っ黒になって見えなくなってしまったぞ。

 代わりを寄越せ」


 こ、コイツっ!?


 ここに集まった民が何のために集まったのかも知らずにこんなトチ狂った真似をしでかしたのか!?


 やばい……尋常じゃないバカっぷりだ。

 社長は表情を変えずに応対しているが、内心ハラワタ煮えくり返っている事だろう。


 前言撤回だ。


 王族は敵でも味方でも得になるのではない。

 有能な王族ならば敵としては組み易く、味方としては頼もしい。


 だが、極まったバカな王族は敵にすれば何をしでかしてくるのか分からなくて恐ろしいし、味方にすれば便宜の図り方を知らず恩を仇で返し、無駄な仕事を増やしてくる。



 社長……俺たちは担ぐ国王を間違えたのではないですかね……?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自爆していく様がとても面白いです [気になる点] どなたかの感想と被りますが、メディアと大衆の関係、全く他人事に思えないですね。 [一言] 続きを楽しみにしてます。 良心を失くしたメデ…
[一言] 社長……俺たちは担ぐ国王を間違えたのではないですかね……?  今気づいたんかい
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