ジルベールの呪い〜ステファン編①〜
子供の頃から何かにつけて器用な奴と呼ばれていた。
勉強も運動も得意。人に好かれるのも得意だし、人を傷つけるのも得意でよくやっていた。
ただ生きることは得意とは程遠くて、人生に生きがいを見出せずにいた。
他人に頭を下げたくない。
かと言って一人孤独に作業し続けられる程陰気な性格もしていない。
20歳を過ぎても働かなかった俺だったが、ある日親に家を追い出された。
追い詰めればマジメに働くだろうと思ったのだろう。
残念ながら路上で口説いた女に食わせてもらったりしながらダラダラと生きていた。
それがまかり通る程には俺は器用だった。
他人に笑われがちな幼い顔立ちも使い方を知れば相手を油断させ、好意を惹きつける武器になる。
もっとも、社長に会うまでは女を抱くためくらいにしか利用していなかったけど。
社長に会わなければ……うん、きっと俺の人生は退屈で仕方なかっただろう。
高いところから世の中を見下ろしながら、愚民の所業を観察するのがここまで面白いだなんて知ることがなかった。
「社長ぉ! イーサンをちゃっかりゲットしてきちゃいましたよぉっ!」
「ご苦労。かけていいぞ」
ウォールマン新聞社は一時的に別の建物に移転していた。
近いうちに今までの塔よりもさらに大きな建物を建造し、より高いところから街だけでなく王宮までも見下ろしてやろうと社長は計画している。
邪魔なジルベールを追い出し、跡目に付けたのは愚鈍なダールトン。
王位につくための計略に協力した社長の事を完全に信頼していて、以降も恐ろしいほどの献金を我が社に捧げてくれている。
普通逆だろうという話だが、金を払う方が偉いみたいな錯覚に陥っているらしい。
バカも極まれりだ。
王族に生まれながらも責任を負う事なく、我慢を知らず、恩恵だけを受け贅沢の限りを尽くしてきた愚かな男。
少し提灯記事を書いてやるだけで満たされる程度の安い自尊心しか持ち合わせていない。
だが、逆に賢くもある。
我々にとって一番扱いやすいバカでいてくれるのなら、いくらでも新聞の中でおだててやるとも。
ジルベールのような酷い目にはあわせないさ。
「しかし写真を掲載するようになってから売り上げ部数が跳ね上がったな。値段は以前の三倍以上になっているのに」
「特に舞台俳優の顔写真や娼婦の裸体を写した写真がある日はよく売れますね。
男も女も欲望に忠実な事で」
ヒヒ、と笑う俺に応えるように社長もククク、と笑う。
ヒューズワン研究室から奪った写真とキャメラの技術は我が社に多大な利益をもたらした。
発明者であるシウネを引き入れられなかったのは期待が外れたが惜しむほどのことではない。
垢抜けないなりに良い体をしていたのでモノにしてやりたい気持ちがなくはないが、誘いを蹴って逃亡犯になるようなじゃじゃ馬は手に余る。
ちょっと賢くて仕事ができるからって調子乗りすぎだよな。
女はバカで素直なのが一番。
せいぜい逃亡犯として悲惨な暮らしを続ければいいさ。
「ところで、ジルベールの付け火についてだが」
社長が真っ直ぐ俺を見つめて尋ねてきた。
「犠牲者は13人。全員、我が社の社員だ。
そのうち女が10人で年齢は18から25。
しかも13人全員が同じ部屋の中に閉じ込められるようにして焼け死んだ、と調査結果が出た」
「ハァー、哀れなモノですね。
若い女性たちが非業の死を遂げるなんて。
やっぱり、火を付けたジルベールは大悪党だ」
そう答えた俺を社長はため息を吐きながら睨みつける。
「お前、機に乗じて在庫処分したな」
「ブッ!? あはは! 在庫処分となっ!
これは流石社長! 上手い事おっしゃる!」
あー、見透かされていたか。
網を張っているのは会社の外だけではない、というワケか。
俺は社内の複数の女性と関係を持っていた。
もっとも、真面目に結婚などするつもりはない。
性欲処理のために飼っていた、という表現がしっくりくる。
まー、一人の相手で満足できるか、娼婦を汚いと思わないようなら、こんな面倒なことはしなくて良いのだが、どうやら俺の精神というのは繊細で贅沢な作りをしているらしい。
おかげで、どれだけ冷たくしようと別れたがらない女が手元に残っていき、結果的に若い女性社員のほとんどが俺のお手つきとなった。
今回のジルベールの放火はいい在庫処分の機会になった。
燃え盛る社屋から避難する際に『安全な場所に連れて行く』と称して奴らを一室に閉じ込めたのだ。
まー、安全でもなんでもないただの会議室だったけれど。
ついでに命令を聞かなかったり反抗的だったりする目障りな男性社員も数人、オマケで詰め込んでやった。
結果的に俺は何年かぶりにフリーになって、ジルベールには放火だけでなく殺人の罪状を課すことに成功した。
今はなんだか、晴れやかな気持ちだね!
「いやあ、最愛の彼女たちが死んでしまって胸にポッカリ穴が空いたようです」
「フン。多少の火遊び程度でお前を見限るような事をするつもりはないが、私の機嫌を損ねるような真似をするなよ」
あら怖い。分かってますってば。
社長の好みの女たちには手を出しませんて。
ぶっちゃけ、想像するだけでキモすぎて吐きそうです。
ニコニコと笑みを崩さない俺を見て社長は苦笑し、退室の許可を出してくれた。
社長室から出た俺は部下の男性社員に呼び止められる。
「専務、すみません、今日もアレの苦情が……」
「またか! その報告はしなくていいと言っているだろうが!」
「も、申し訳ありません!
ですが、保管していた写真が真っ黒になって見えなくなる、という苦情は日増しに増えてきています」
「ハァ! どうせエロい事考えて汚しちまった手で撫でまわし続けてきた結果だろ。
ほっとけほっとけ」
数日前からこのような苦情が販売員を通して社に届くようになった。
ウォールマン新聞本誌でもロイヤルベッドでも同じ現象が起きているのだとか。
特にレプラの写真についての苦情が多い。
まあ、単純に数が多いからだろうが。
記念すべき写真報道の第一号であったり、強姦されているかのように撮影されたフルヌードの写真があったりするからスケベな男連中が後生大事に保管しているようだ。
度し難いね、まったく。
舌打ちをして、写真の現像室に入った。
あの火事で保管していたフィルムはことごとく焼けてしまった。
せめて現像後の写真だけでも保管しておくべきだろうとこの部屋にかき集めている。
「まったく、ジルベールを揺さぶるために貶めたレプラの写真が見えなくなるなんて、それこそジルベールの呪いみたいなこと、起こってたまるか」
ボヤきながら、戸棚を開けて保管している写真を整理し始めたのだが…………
「ジ……ジ、ジ、ジ、ジ、ジルベールの! 呪いだぁアアア゛アア゛アアア゛!!!!」
思わず震え上がって叫んでしまった。
みっともなく腰を抜かしているし、なんなら少し漏らしている。
だって、信じられるか!?
服を剥ぎ取り全裸に剥いたレプラの写真が濃い影が落ちたかのように真っ黒になって、ほとんど見えなくなっているのだ。
インクを塗られたとか、焼け焦げたとかいう様子ではない。
原因が不明すぎる!
だがこれではまるで、ジルベールが、
『レプラの裸を見るな』
とでも言っているみたいじゃないか!?




