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ジルベールの呪い〜イーサン編①〜

 陛下の追放に同行した後、半月ぶりに戻ってきた王都は戦場と錯覚してしまうほどに死の匂いが立ち込めていた。

 幾万の民が行きかう往来に人は少なく、建物の扉や窓は固く閉ざされている。

 何か恐ろしいものから身を隠そうとしているかのように。


「イーサン! 無事だったか!?」


 声の方を向くと同僚の憲兵がいた。

 あまり話したことはないが顔と名前は知っている程度の間柄だ。

 いったい何が起こっているのか、と聞くより先に俺の肩を叩いて無事を喜んでくれた。


「お前が一番酷い目に遭うんじゃないかってみんな心配してたんだぜ!

 ハハッ! ピンピンしてるじゃねえか!

 さすがは()()()()()()()()!」


 悪気はないのだろうが、その二つ名を聞くたびに罪悪感に苛まれる。

 いや、そんなことはどうでもいい。


「どういうことだ?

 俺が酷い目に遭うって」

「ああ、そうか。

 外に出てたなら新聞読んでないもんな」


 彼が懐から突き出してきたのはウォールマン新聞。

 日付は五日程前のものだ。

 その中に書かれている社説の見出しを見て「はあ?」と上ずった声をあげてしまった。


————————————————


『ジルベール前王の呪いで王都で死者多数!

 追放されてなお国民を苦しめる悪王の執念と立ち向かうダールトン陛下の献身!』



「ジルベールがいなくなったことで安寧を取り戻すことができる」と誰もが思っていたことだろう。

 しかし、蓋を開けてみればご覧の有り様である。

 国民の意思と団結がジルベールに勝利したあの日以降、王都では謎の奇病が流行り始めた。

 身体を倦怠感が襲ったかと思うと、まもなく嘔吐と排便を繰り返すようになり、数日と保たずミイラのように干からびて死に絶える恐ろしい病である。

 王都の医科系大学に勤めるコールズ教授いわく、

「このような病は今まで見たことがない。

 まるで人を苦しめるために生まれてきたような……そう、これは呪いだと思われる。

 それも王国のすべてを憎むようなおぞましい者による————」

 と言われたところで、筆者はハッとした。

「人を苦しめるために生まれたなんて、まるでジルベールみたいだ!」と。

 病だけではない。

 王都は現在、食料が非常に不足している。

 一般国民だけでなく、貴族階級の方々も飢えに苦しみながら公務に勤しんでいる。

 新国王ダールトン陛下までもが一日に一度しか食事を摂らずに激務に勤しんでいる。

 いくらなんでも国王に満足な食事を取らせられないほど王宮が困窮しているわけがないだろう、と思い王宮の内情に詳しい関係者に問いただしてみた。

 すると浮かび上がってきたのは想像もしていなかったダールトン陛下の献身だった。

「国王の座についたのは贅沢するためにあらず。

 ジルベールの悪政により傷ついたこの国を救うためである。

 そのために必要なことは王が国民と同じ目線で政を行うことだ。

 故に、国民が飢えに苦しんでいるのなら我輩も共に飢えに苦しもうぞ!」

 と、周囲の人間に宣言し実行しているのだという。

 襟を正される思いだった。

 国王がそのような思いで働かれているのに、筆者のような凡人が「腹が空いた」など口が裂けても言えはしない。

 代わりに言葉を吐くならこうだ。

「ジルベールよ! たとえ貴様が呪いをばら撒こうとも、我々もダールトン陛下も負けはしない!」



————————————





 酷い文章だと思った。

 医科系の大学? 医学大学となぜ言わない。

 謎の奇病? こんな症状は感染症ではよくあるものだ。

 呪いのくだりは論評するのもバカバカしい。

 ジルベール王のことを悪し様に言わなければ死んでしまう病に罹っているような奴が書き立てた妄言だ。

 いくらなんでもこんなのを信じるなんて————


「しかし、やっぱ腐っても王族だよなあ。

 王都の人間すべてを呪うだなんて、もはや怪物だ」

「は?」


 同僚の発言に俺は耳を疑った。


「一番恨まれているのはイーサン(お前)だと思っていたんだがな。

 何せ、お前はジルベールを叩きのめして逮捕したんだから。

 いや、案外ビビって手出ししてこれなかったのかもしれないな」


 あっはっは、と声をあげて笑う同僚を見て寒気がした。

 こんな荒唐無稽で論理も何もない記事……いや、ただの妄想話を信じているのか?

 新聞に書かれていると言うだけで?


「な、なあ! お前、ダールトン新国王についてどう思う?」


 俺は確かめるように聞いた。


「あぁーー、昔は嫌いだったよ。

 権力振りかざして憲兵にもしょっちゅう圧力かけて来てたし。

 だけどさ、最近は割と許せちゃってるよ。

 ジルベールを捕らえたお前を高らかに評価してくれたおかげで、俺たちも鼻が高いってもんだし。

 それにさ、えらいじゃん。国王なのに下々の民と同じように貧しい食事で頑張ってるなんて。

 ジルベールの時代に我が国は随分衰えたらしいが、ダールトン陛下なら立て直してくれるんじゃないか」


 耳が同僚の言葉を受け付けたがらない。

 戻ってきたこの場所が本当に俺が住んでいた王都なのかと疑ってしまう。

 新聞のくだらない妄想話を真実と受け取り、法を権力で曲げるという行為をしてきた男を褒め称えている。

 法の番人たる憲兵がだ。

 これが新聞の力か…………


 俺は絶望にも似た気持ちを抱いてその場を立ち去り、憲兵団本部で任務の完了を報告した。




 寮に帰る前に腹ごしらえをしようと屋台通りに向かった。

 いつもは通りを埋めるように屋台が立ち並び、さまざまな料理の匂いが漂う場所なのだが、今日は一つも店が開いてなかった。

 それだけ食糧不足が深刻だということか。

 あきらめて家に帰る道すがら、また不思議な光景を見かけた。

 貴族の住む地区の門の周りに大勢の民衆が集まっている。


「おい! お前達いったい何をやっている!」


 非番の時間だが、物々しい雰囲気を感じた俺は彼らを止めに入った。


「あっ! キングスレイヤーだ!」

「本当だ! 新聞で見たとおり、美男子ね!」

「いいところに来た! 今度はお貴族さまを切り捨ててくれよぅ!」


 満面の笑みで語りかけてくる民がとても醜悪で気持ちの悪いもの見えたが堪えて話を聞く。

 すると、彼らの口からとんでもないことが語られた。


「ジルベールの呪いが拡がり始めたあたりでお貴族さまが下人に命じて市場の食糧を買い漁りに来たんだ。

 普段は連中が見向きもしないような干からびた野菜や、老いた鳥の肉まで。

 おかしいとは思っていたけれど金払いがいいもんだから市場の連中も後先考えず売っ払っちまったんだ。

 おかげで俺たちに回る飯がなんにもねえ!」

「そうだそうだ! 恵んでくれって言っても何の反応もねえ!

 憲兵さん、何とかしてくれよぉ!」


 貴族連中が物資の買い占め?

 そうか、伝染病が蔓延しているのを察知して引きこもる為に。

 だが、そんなことをすれば当然、今のようなことになるのは分かっていた筈だ。

 新聞では食を削って働いていると…………ああ、やぶれかぶれの印象操作か。

 上手くはいかなかったみたいだが。


 思考に浸っていると、民衆の一人が小突いてきた。


「何の真似だ?」

「キングスレイヤーなら仕事しろよ!

 俺らみたいな弱者のために偉い連中に罰を与えるのが仕事だろう!」


 まるで正しいことを説いているような、自信満々の顔で馬鹿げた事を言い出す男。

 その背後にいる者たちもそうだそうだ、と声を揃える。


「俺は憲兵だ! 法に則って犯罪者を裁くのが仕事だ!」

「勝手な事言うなよ! 新聞には弱者の味方って書いてあったのに!」

「どちらが勝手だ! だいたいなあ、目先の金に目が眩んで後先考えず売っ払ったのが問題だろう!

 暴徒の片棒を担がされてたまるか!

 この場で全員しょっ引かれたくなければ解散しろ!」


 と脅すと民衆はすごすごとこの場を離れて行った。

 信じられないものを見た気分になった。

 だが、それよりも信じられないものを翌朝、俺は突きつけられることになる。

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