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陛下の知らぬ間に〜サリナス編②〜

 翌日、目的地の男爵家の屋敷に入った俺は皆に自分の計画を告げた。

 一瞬どよめきは起こったが、俺の意志は伝わったようで、戦闘職でない者達も計画に加わると言い出した。

 皆、縛られたままモンスター蠢く荒野に放り出された恐怖と怒りが消えなかったのだろう。

 そもそも俺たちは死んだことにされた人間だ。

 これ以降、日の当たる場所で暮らすことは許されず、ダールトンの支配する国で怯えながら一生を送らなくてはならない。

 だったらいっそ奴に一矢報いてやりたいと思うのは当然のことだ。

 俺たちに失うものなど何もないのだから。


 間に合うかは分からないが、実家であるレイナード家宛に手紙を書いた。

 ダールトンとフランチェスカを裏切った俺のせいでレイナード家は近く粛清される。

 そのことを侘びるとともに、由緒ある騎士家として陛下のために戦おう、と合流を促す内容にした。


「この場所についてはレイナード家に伝わる暗号で書いてある。

 普通に読めばあさっての場所に辿り着くはずだ」


 匿ってくれている男爵の屋敷に設置した作戦会議室にて、サーシャに自慢げに俺は語った。

 俺が頭領で彼女が副長。

 即席の反乱軍だが100人近い人員を率いることに内心ワクワクしていた。



「サリナス様。お会いしたいという方が」

「レイナード家の者か!?」

「いえ、ですが、あのお顔はたしか————」


 伝令が発現しようとした瞬間、乱暴に扉が開かれる。

 扉を開けた人物を見て会議室にいた10名ほどの人間は度肝を抜かれた。


「レオノ————レプラ様!?」

「一目見て分かられるなんて、これも写真のせいですかね」


 金色の髪を後ろに縛って、男物のジャケットとズボンに身を纏ったレプラ様が立っていた。

 後ろには見たことがない女が立っている。

 風貌からして護衛と秘書というところか?

 いや、それよりもこれは喜ばしいことだ!


「レプラ様。ご無事なようで安堵いたしました。

 サンク・レーベンから逃れていたことは知っておりましたが」

「新聞で読んだだけでしょう。

 マスコミ憎しのくせに都合のいい言葉には耳を傾けるのですね」


 開口一番、手厳しい言葉がぶつけられた。

 だが、ここに来たということはレイナード家になんらかの繋がりがあるはずだ。

 仕切り直して尋ねる。


「ここに来られたということはレイナード家に身を寄せられていたということですか?」

「ハァ? この状況でペラペラと潜伏先を話す愚か者だとお思いですか?

 私も見下げられたものですね」


 ……機嫌を損ねた?

 いや、もとより怒っていたか?

 扉を開けた時からずっと剣呑な空気が途切れない。


 言葉に詰まった俺に代わってサーシャがレプラ様に話しかける。


「レプラ様! 覚えていらっしゃいますか?

 あなたの剣術指南を務めましたサーシャです!」

「ええ。とりあえずは無事で良かったわ。

 だけど、その後は悪手ね。

 王国の女騎士の中で最も優秀とほめそやされたあなたがこんなバカな男の妄動に付き合っているだなんて! 恥を知りなさい!」


 サーシャとは面識があるからか、くだけた言葉遣いに変わられた。

 しかし怒りは途切れることがない。


「サリナス、でしたっけ。

 護衛騎士が反乱軍を立ち上げるだなんて我が国始まって以来の暴挙ですけど、分不相応なことはするものではありませんよ」


 ペシッ、とレプラ様は俺が実家宛てに書いた手紙を投げつけてきた。

 ここの当主を通じてレイナード家に届けるよう頼んだはずなのに。

 後ろの秘書らしき女がニタニタと不気味な笑みを浮かべて語りかけてきた。


「ダメですよぉ。暗号を暗号だと悟られては。

 ここの場所を示すところだけ筆跡が微妙に変わってるし、表現も不自然。

 頑張って暗号を当てはめながら文章を作ったのがバレバレです。

 ちょっと文字を入れ替える程度の暗号なんて五秒で解読できますよ」


 レプラ様がボソリと「そんな芸当できるの貴女くらいよ」と呟いている。

 レイナード家秘伝の暗号を初見で解読できるなんて……

 王宮を追われて何も持たない身となったと思っていたがとんでもない部下を抱えていらっしゃったものだ。


「あなた方がやってきたのがこの家で良かった。

 ここの当主は私と繋がっていましてね。

 この手紙もレイナード家に届けず、私の元に届けてくれた。

 匿った連中が何やら物騒なことを考えている……とね。

 おかげで助かりましたわ。

 本当に、バカな味方は敵よりも恐ろしい」


 レプラ様はツカツカと俺に近づき、目の前に立ったかと思うと、堰を切ったかのように大声で責めはじめた。


「あなたは自分が裏切り者であることをお忘れなのですか!?

 実家であるレイナード家はガチガチの保守派で王室信望者でしょう!!

 ジルが廃位される今、彼らにとっての神様はダールトンなんです!

 裏切り者の言うことに載せられて神様を殺すバカがどこにいるんですか!?

 しかも暗号も使わずに堂々と暴動を起こすだの、王宮に攻め入りジルを奪還するだの書き綴って……そもそも王宮なんかにジルが囚われているわけないでしょう!!」

「え……ですが、国王陛下ですよ!?

 王宮以外のところに寝泊まりさせるなど」

「憲兵隊本部の地下牢!!

 五年前にラクサスが捕らえられた時もそう!

 あまりに権力を持ち過ぎている罪人を下手なところに置いておくと奪還されたり、暗殺されたりする危険がありますからね!

 憲兵隊本部にどれだけの戦力が常駐しているかは分からないけれど、あなた方烏合の衆がいくら暴れようと微動だにしません!!」


 レプラ様が苛立ちを吐き捨てるように俺に言い放った。

 それよりも、地下牢?

 陛下をそんな重罪人のような扱いで!?


「バカなっ!! 国王陛下だぞ!!

 そんなの不敬もいいところだ!!」

「あなたは本当に……っ!!

 今の王家に昔ほどの強権はありません!!

 もしそんなものがあれば王家を侮辱するマスコミどもをのさばらしておく訳ないでしょう!!

 雁字搦めの状態で、それでもジルは少しでもこの国を良くしようと、一日でも長く国のために働こうと頑張っていたの!

 暴動を起こして罪のない人間を撒き込んで死体の山を築いてジルが本当に喜ぶと思っているの!?

 あなた方の怒りの発散にジルを利用しようだなんて、それこそ不敬だと猛省しなさいっ!!」


 部屋の中を稲妻が荒れ狂っているかと錯覚してしまうほど、迫力ある叱責だった。

 さすがは元女王候補。

 纏うオーラも胆力も並外れている。


 だけど……俺はもう止まれない。

 腹の底から湧き上がってくる暗い思いをのせて呟く。


「あなたの中ではそうなのでしょう。

 陛下は賢く強く、何があっても信念を曲げない立派な王なのでしょう」

「何が言いたいのです?」

「レプラ様といえど陛下のことを全部わかっているわけじゃないってことだ!!

 あの悪辣な王妃に裏切られていることを知った時のあの方のお顔を見たのか!?

 痩せ我慢しながら『些末なことだ』と己を殺したあの方をっ!!

 傷んでおられる!

 いくら立ち直ろうといつもいつもあの方は傷んでおられたのだ!

 俺は無性にあの方が傷ついているのが自分が傷つけられるより苦しい!!

 だから、俺が陛下を救う!!

 そしてこの世を乱すマスコミや陛下の敵を滅ぼし尽くす!!」


 俺が叫ぶと仲間たちにも熱が伝わったようで、レプラ様に対して反抗的な目を向け始めた。

 20名ほどだが王宮の守衛兵たちもいる。

 憲兵隊相手だとしても何もできないということはないはずだ。


 一方、レプラ様は冷たい目で俺を見つめている。

 これ以上、計画を邪魔されるわけにはいかない。

 血の繋がりはなくとも陛下が大切にされている方というのは間違いない。

 傷つけず、拘束しなくては————


「ハッハッハッハ!!

 言ったろう、レプラ!

 この手のバカは理を説こうと怒鳴りつけようと反発するだけだって。

 アンタの知性より私の経験が勝ったな」


 レプラ様の護衛の女がそう言って笑った。


「そうね。残念だけど。

 で、あなたはどうなさるの?」

「決まってんだろ!」


 護衛の女が胸の前で拳と掌を合わせて打ち鳴らした。


「私の生まれ故郷では、殴り合って最後に立ってた奴にみんな従う!」


 女は白い歯を見せて笑った。

 レプラ様はお手上げといった素振りを見せる。


「ハイハイ。じゃあ、私とシウネさんはあなたに従いますわ」

「意義ありませーん」


 レプラ様と秘書の女が壁際に下がった。

 逆に護衛の女はヒョイっと会議用の大テーブルの上に飛び乗って、広げていた地図や駒を踏みつける。


「殴り合いと言ったが、お前らは腰に下げている自慢の得物を使ってくれ。

 武器を使った実戦なら負けなかった、などと負け惜しみをされては二度手間だからな」


 挑発めいた物言いに少なからず腹が立った。

 護衛騎士の俺や近衛騎士団のサーシャに剣を抜かせるだと?

 レプラ様の元にいるからと調子づくにしても程がある。


「上等だ。ただし、乱闘はしない。

 我はレイナード家のサリナス!

 王妃の護衛騎士は返上し、今はジルベール陛下への忠義の騎士である!

 そなたに決闘を申し込む!

 俺が勝ったらレプラ様には邪魔だてしないでいただこう!」

「決闘ねぇ。男は本当にそういうの好きだな」


 女は首を鳴らしながら、俺を睨みつけてきた。


「えーと、名乗りか。

 名乗るほど大層な親はいないし、領主殿には暇をもらってるからな。

 ただのディナリスだ。

 あえていうなら…………ジル様の女かな」


 などとのたまって長い舌を唇に這わせた。


「ふしだらな女めっ!!」


 武舞台に上がるようにテーブルに飛び乗った。

 腰に差した剣の柄を握り、抜剣と共に斬撃を放つ。

 最速最短の距離で奴の首を狙う。

 だが、当てはしない。

 髪を切り落として首の皮一枚のところで寸止めする————ハズだった。


「ナメた剣だ。私相手に寸止めだなんて10000年早い」

「なっ!?」


 女……ディナリスは俺の剣を指で摘むようにして止めていた。

 たしかに手加減した斬撃だがそれでも指先で止め……いや摘めるものではない!


「次はこっちからいくぞ」


 くんっ、と聞いたことのない音が頭の中で鳴って部屋が回転したような錯覚を覚えた。

 次の瞬間、俺の頭はテーブルに叩きつけられ、硬い天板を割っていた。


「ガハッ!!」


 殴られた!? だが動きが————


「へえ。今ので意識が飛ばないか。

 じゃあ……もっと強くいくぞ!」


 腹に鉄柱が刺さるような死を予感させる一撃が突き刺さった。

 自分の体がゴミのような軽さで打ち上がり、天井にぶつかって落ちた。


 たった二発。それだけで俺の脚は痙攣を起こし、視界はクラクラと揺らいでいる。


「サリナス君っ!? きっ、貴様アアアアアア!!」


 サーシャが剣を突き出す形でディナリスに向かっていく。だが、剣を持つ手首を捻りあげられ、地面に屈する。


「躊躇いなく喉を狙ってくるとか才能あるな。

 そこの口だけのふぬけよりはよっぽど良い」


 ふぬけ…………言われても仕方がないか。

 知恵でも力でも俺はこの人たちに敵わない。

 それでも、俺は————


「ナメ……るなよ……」


 剣を床に突き刺し、立ち上がる。

 だがそれが精一杯。

 技を放つのは不可能だ。

 それでも————


「もう良いでしょう!!

 こんなことにかけている時間も体力もありません!!」


 そう叫ぶと同時にレプラ様は俺に近づき、手の甲を差し出してきた。


「誓いなさい。ジルを救うために私に従うと」

「……囚われている陛下を、救い出すのですか?」


 俺の問いにレプラ様は首を横に振る。


「リスクが大きすぎる。

 憲兵団の監視があるし、ジルを罪人として裁けば王位の剥奪が正当化されるでしょうから殺されることはないでしょう。

 ……殺される、ことはね」


 レプラ様は唇を噛んだ。

 そうだ。牢屋に入れられて拘束されていれば抵抗はできない。

 憲兵の中には天性のサディストのような輩もいる。

 少女のような見た目の陛下が不届き者の嗜虐心を煽ってなぶられる可能性は十分にある。


 すぐに助けに行くべきだと声を上げようとした。だが、


「だけど自分が安心したいからなんて理由でジルの命を賭けるつもりはありません。

 確実で、そして希望がある手段でなければジルに捧げられません」


 レプラ様はキッパリと言い切った。

 まるで俺の心の内を見透かしたかのように。


「希望……ですか?」

「今、助けに行って脱獄に成功したところで惨めな逃亡者の生活が始まるだけです。

 自暴自棄な行動を起こすまでに追い詰められたジルを救うには明日を欲する希望が必要です」


 レプラ様の言葉を俺の仲間も聞き入っていた。

 暴力に任せた先のない俺の計画より遥かに聞き心地はいいだろう。

 しかし、意外なことにディナリスがレプラ様に反論した。


「言いたいことは分かるが、ジル様の身が危ないのも事実だぞ。

 死ななくても痛ぶられたり、身体を欠損させられたりはある話だ。

 王族なんてどこで恨みや妬みを買っているか分かったもんじゃない。

 悠長なことを言ってる間に陛下がダルマにされてました、じゃシャレにならないぜ」


 その発言によってザワっ、と室内の雰囲気が不穏なものになった。

 ダールトンに追われたという共通点で繋がった仲間ではあるが、ここにいる者はだいたい陛下の信望者だ。

 サーシャだって、陛下が子どもだった頃から成長を親身になって見守り続けている。

 陛下が酷い目に遭わされることを想うのはそれだけで胸が苦しくなる。


「このとおり、私ならばこの国の騎士が束になってかかってこようが敵じゃない。

 監禁場所さえ分かれば電光石火で見張りを薙ぎ倒してジル様を救い出せるぜ」

「……それは最後の手段。

 私がお願いするまで絶対に動かないで」

「フフッ、ああ、分かった。

 感情に蓋をするのは好きじゃないが、一番キツいはずのアンタが我慢してるなら新参者は何も言わないさ」


 聞き分けよく引き下がるディナリス。

 たしかに彼女のいうとおりだった。

 この国で最も陛下の忠臣と言えるのはレプラ様だろう。

 陛下が心を寄せられているのも。

 冷徹に見える表情の下には俺が及ぶべくもない怒りと苦痛が蠢いているのかもしれない。


「さっきも言ったけれど、自分の感情を理由にジルを振り回しはしません。

 たとえジルが傷つけられても、私は動かない。

 私をはじめ、臣下の皆は全員罪人です。

 こんな状況に主君を追い込んでしまった。

 今できるのは怒りの発散じゃない。

 覚悟を持つこと」


 レプラ様は部屋にいる一人一人に語りかけるように歩きながら言葉を紡ぐ。

 そして決意を表明する。


「私には覚悟がある。

 ジルの為ならば私の意にそぐわぬことだろうと何だろうとする。

 身を切られ、心を削られ、今までのジルじゃなくなっても……生きてさえいれば何をしてでも幸せにしてみせる。

 だから、あなたたちも手を貸しなさい」


 ……忠臣などという言葉すら生ぬるい。

 感情を殺した上で忠義に生きるなど狂気に突き動かされているとしか思えない。

 そして、我々を先導する堂々たるお姿。

 この方が王族でないことの方がおかしいと思えてくる。


 よく分かった。

 俺はたしかに分不相応な夢を見た。

 杜撰な策を看破され、なす術なく力に屈し、器の違いまで見せつけられてようやく分かった。


 それでも、物乞いのように惨めで哀れな衝動だろうと心の奥に燻るこの気持ちだけは消せない。


「レプラ様……私の軽挙でした。

 計画は全て破棄します。

 御手を煩わせた責任を取れというならば、この首も落としましょう」

「サリナス君! それはダメですって!!」


 サーシャが俺に駆け寄って捕まえるように身体を締め付けてきた。

 そんな俺たちを見てレプラ様はクスリと小さく笑った。


「罰するつもりはありません。

 あなたはジルの乱行に巻き込まれて殺されそうになった人々を救った。

 自分のせいで沢山の人死にが出たなんて知ったら、あの子の心が傷ついてしまう。

 あなたは騎士としてちゃんと働いてくれた。だから」


 再びレプラ様は手の甲を差し出した。


「私に従いなさい。

 サリナス・ラング・レイナード。

 サーシャ・リット・ライメル。

 あなたたちの命も剣も私が預かります。

 悪いようにはしませんよ。

 ちゃんと忠義を果たす機会も作ってあげます」


 …………生かしてくれるというのならば拒否する理由はない。

 陛下にも無駄死にするな、と仰せつかった。

 ならば、


「我が剣は、主のために」


 レプラ様の手を取り、甲に口づけた。


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