陛下の知らぬ間に〜サリナス編①〜
陛下がダールトンとフランチェスカに仕置きをしてから2日後。
俺はさらわれた王宮勤めの人々の救出に出向いていた。
彼らがダールトンの怒りを買った原因は俺にもある。
あの日、狂気に近い怒りを爆発させる陛下に俺は助力した。
忠臣だからではない。
ただ、我慢ならなかったからだ。
陛下を裏切り、俺に不倫相手の始末を命じるフランチェスカ。
そのフランチェスカを止めるどころか、陛下の御心をなぶることに夢中のダールトン。
奴らが笑って生きていることが許せなかった。
ダールトンが自分たちの痴態を見た者たちを消そうとしている。
ならばそれを邪魔してやる。
軽鎧を纏い、愛剣を腰に下げ、王宮から発車した馬車の車輪の跡を追いかけた。
馬車は街道を外れて荒野を進んでいるようであたりの瘴気はどんどん色濃くなっていく。
何度か停車しながら日を跨いで走り続けてたどり着いたのはモンスターの棲息する領域だった。
俺が追いついたのは馬車が止まり、御者が荷物を投げ捨てるかのように縛り上げた人間たちを地面に転がしているその時だった。
全ての人間を放り捨てると馬車は回れ右して王都方面に戻っていった。
置き去りにされた連中は悲痛に「助けてくれ!」と叫んでいる。
それもそのはずだ。
素人でも分かるくらいの殺気が忍び寄ってきているのだから。
「くそうっ!! ダールトンめぇっ!!
絶対に殺してやりますからなっ!!」
威勢の良い女の声が聴こえてきた。
聴き覚えのある声だ、と記憶を手繰ろうとしたがそんな暇はなくなった。
この人間の群れに抵抗する力が無いと判断したモンスターたちが一斉に牙を剥かんと襲いかかり始めたのだ。
俺は隠れていた岩陰から出てすぐに抜剣し、矢を引き絞るように構え突撃した。
襲いかかってきたのはグレイウルフと呼ばれる狼型のモンスターだ。
灰色の毛並みと異常に発達した前脚の爪と鋭い牙が特徴。
それが三匹————問題はない。
「やあああああっ!!」
突っ込んできたグレイウルフの首を貫き、刃を回転させて内腑を抉る。
命を奪ったのを感じ取り、返り血を避けるようにして身を翻す。
すぐに標的を変え、同じ作業を行う。
大した知能のないモンスター相手の戦いは単調だ。
一撃必殺の剣を放つ技量があれば、後は集中力と体力が続く限り、死体の山を築くことができる。
三匹目のグレイウルフを打ち捨てた瞬間、転がされた人々の中から、
「サリナス! サリナス・ラング・レイナードですな!?」
私を呼ぶ声が聴こえた。
先程の聴き覚えのある女の声だ。
「サーシャ・リット・ライメルか!?」
王国で最も由緒ある第一近衛騎士団の元副団長だ。
俺の幼年学校時代の先輩でもある。
懐かしさに浸りたいところだが、後回し。
急いで彼女を縛る鉄枷を破壊した。
「流石の先輩も鉄枷相手では歯が立ちませんか」
「ハッ! 抜かしてくださいますな!
少々時間がかかるというだけですよ!」
そう言ってサーシャは執事の男の腰から革製のベルトを抜き取る。
「すみませんが使わせてもらいますよ!
業物ですが命の代価ならば安いでしょう!」
その言葉が合図だったかのように新たなグレイウルフの群れがこちらに近づいてきた。
「イヤアアアアア!! 助けてえっ!!」
グレイウルフが縛られて動けないまま地面に横たわっている女給に襲いかかるが、
バチイイイッ!!
と、サーシャが振るうベルトが凄まじい音を立ててグレイウルフを打った。
さらに、
「デヤアアアアアアッ!!」
渾身の蹴り上げ。
グレイウルフの腹に靴の先が完全にめり込んでいる。
高く打ち上げられ、地面に落ちたグレイウルフは泡を吹いて気絶しており、完全に戦闘不能状態だった。
「サリナス君! 私がみなを解放しますので!
キミはあの犬コロどもを近づけなさるな!」
「応っ!」
俺とサリナスは連携しながらグレイウルフの群れを撃退した。
その後、皆を連れて人里に向かうことにした。
女給一人が近隣の伯爵寮に仕える男爵家の娘と分かったので彼女の伝手を頼ることになった。
俺やサーシャのような軍属の人間からすれば大した距離ではないが、そうでない者達は苦しそうだった。
中には60を回った老執事だっている。
自分の気に食わぬ者であれば容赦なく殺害しようとするダールトンの露骨さに辟易として不快感が止まらなかった。
焚き火を起こし、俺とサーシャが寝ずの番をして他の者たちを休憩させた。
夜に闇に二人きりで無言でいるのは逆に居心地が悪かったのだろう。
サーシャから俺に話しかけてきた。
「剣が鈍っていなくて安心したのですよ。
王宮付きになっても鍛錬は怠らなかったようですね」
「先輩こそ。ベルトひとつでグレイウルフを撃退できるような女騎士、ほかに思いあたりませんよ」
俺は素直に褒めたつもりだったがサーシャは不満げな表情だった。
「男ならたくさんいますでしょう。
それに……今は王宮の馬の世話係に過ぎませんので」
サーシャはそう言うが彼女は間違いなく優秀な騎士だった。
第一近衛騎士団副団長という大層な肩書きは父親である団長の計らいがあったことは否めない。
しかし、だとしても閑職に回されるような腕前や人格ではなかった筈だ。
いや……そもそも、
「馬の世話係って……先輩は結婚したんじゃ」
俺の問いにサーシャが渇いた笑いで返した。
「キミは世情に疎いのですな。
王国屈指の淫乱女などと新聞に書き立てられた娘を嫁にもらってくれる家なんてどこにもないでしょうぞ。
父上もメンツを潰されたとほぼ勘当状態。
この仕事だって陛下の温情でさせていただいてるようなものです」
「そんなことが……」
思わず奥歯を噛み締めた。
ああ、この人も陛下と同じマスコミの被害者だ。
いったい……どれだけ、この国を引っかき回しているんだ奴らは!!
「あのう、もしかして怒ってくださってます?」
「ええ! デタラメを書き連ねて人の一生を潰すなんて外道の所業でしょう!」
当然のことを口にしただけだ。
なのにサーシャは涙ぐんで俺を見つめた。
「あはは……キミくらいですな。
どれだけ私がデタラメだと訴えても信じてくれなかったり、適当に同意したフリして誤魔化すだけで……」
「俺は……マスコミどもの無責任な言葉より、尊敬できる先輩の言葉を信じただけです」
「尊敬?」
「あなただけですから。
幼年学校時代の俺が剣の勝負で負けたのは」
そう答えるとサーシャはケラケラと笑った。
「4つも下の一年坊相手に本気になった間抜けというだけですよ」
「だけど先輩に負けた後、学校では誰にも負けませんでした。
先輩が一番強かったです」
勝った相手のことはあまり覚えていない。
だけど、サーシャの剣が肩口に食い込み、手が痺れ剣を取り落とした瞬間のことは忘れようとしても忘れられなかった。
無骨ながらも俺の青春の思い出という奴だ。
「多分、それ勘違いですよ。
同学年には私より強い人も、下の学年で私より才能ある人もいましたから」
「いいや。だけどそれ以降、俺は負けることがなかった!」
意地を張るように強い語気で返してしまう。
だけどサーシャはフニャリとした笑顔でいなして、
「私に負けた後、サリナス君が頑張って強くなったからですよ。
懐かしいですね……何もかもが」
上級生が下級生に接するように大人ぶって諭すサーシャ。
十五年以上昔のことなのにあの頃に戻ったような甘酸っぱさを感じてしまう。
だが、ダメだ。
そんな安らぎを求めてはならない。
俺は許されざる者だ。
命が尽きるまで罪を贖うことにすべてを捧げなくてはならない。
それがたとえ、尊敬する先輩を道連れにすることだろうと。
「陛下は憲兵に捕らえられた。
極秘裏に監禁されているらしい」
俺の言葉にサーシャは表情をガラリと変えた。
抑えきれない殺気が伝わってくる。
「陛下が? まさかダールトン親子を裸にして吊し上げたせいで」
「それに加えてウォールマン新聞社に火をつけて従業員を殺して回ったらしい。
新聞に書いていることは信用できないが……
少なくともその罪状で拘留されているのは事実だ。
裁判にかけられることになるらしいが俺はそんなの許さない。
陛下をお救いし、陥れた奸物どもを皆殺しにしてやろうと考えている」
「……一人でですか?」
サーシャのヒスイのような緑色の瞳の中に鬼が宿っていた。
清廉な女騎士のイメージからは程遠い、復讐者の目だ。
「ついてきて、くれますか?」
「もちろんです。
キミがやらないのなら一人でもやるつもりでしたとも」
食い気味に答えたサーシャ。
俺の隣に腰を下ろすと自分の身体を抱きしめるような格好でポツリポツリと語り出した。
「婚約者は財務省の中堅官僚でした。
歳は私よりひとつ上で生真面目な方だったと思います。
結婚するにあたって、私は騎士を辞めるよう向こうの家からキツく言われました。
私自身、潮時だと思っていたのです。
親の七光りと揶揄されて副騎士団長を名乗り続けるのはキツかったですし。
そもそも父のために目指した騎士の道でした。
期待には応えきれなかったけれども家庭に入って今から女としての幸せを掴んで孫の顔でも見せれば娘としての務めを果たすことができるって……
ですが、あの忌まわしい新聞の記事のせいで全部終わりました。
向こうの家には罪人のように罵られ、婚約者からも唾を吐きかけられて見下されました。
その始末のために頭を下げ、慰謝料も支払った父はどれだけ私が否定しても聞く耳を持たず、挙げ句の果てには『こんなことになるならば、堕胎させておけば良かった』ですって」
いつのまにかサーシャは涙を流していた。
悔しさ、悲しさ、怒りが溶け込んだ雫が荒野の土に染み込んでいく。
彼女の父は第一近衛騎士団長を二十年務めている我が国屈指の英雄だ。
男児に恵まれず、一人娘のサーシャに過度の期待をかけて副団長に引き込んだりもした。
なのに、マスコミのデマを信じたというのか……
「父君は耄碌しているらしいな。
あんな連中の言葉に踊らされるなど栄光ある第一近衛騎士団の長の名が廃る」
マスコミが原因かもしれない。
だが世の中の歪みはもう取り返しがつかないところまで広がりつつある。
誰かが……止めなくてはならない!!
俺はサーシャの肩に両手をかけた。
思った以上の肩の細さに一瞬戸惑いそうになるが、息を吸い直して強く言葉を吐く。
「やろう! 俺たちで陛下をお救いする!
そしてダールトンを、マスコミ連中を皆殺しにするんだ!
今は暴虐と揶揄されるだろうが、後の世では俺たちの行いがこの国の騎士道を守ったと称えられることだろう!」




