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陛下の知らぬ間に〜シウネ編④〜

 ディナリスさんに連れられて行った場所はある貴族屋敷の一室でした。

 王都内は貴族の住む区画はキッチリ区切られており、平民身分の人間が出入りすることはまずありません。

 故に身を隠しやすい、と私を待っていたレプラ様はおっしゃいました。



「ジルベール陛下をお救いする!?」

「ええ。そのためには人手がいるわ。

 シウネ・アンセイル殿。

 あなたの頭脳が私たちには必要なの」


 願ってもありません。

 私の手で陛下をお救いできるのならなんだってします。

 たとえ、犯罪に手を染めることになろうとも……


「シウネ、気負い過ぎるな。

 別に私たちはクーデターを画策しているわけじゃない」

「え、そうなんですか?」

「らしいぜ。なあ、レプラ」


 ディナリスさんがレプラ様に尋ねます。

 すると机から視線を動かさずにレプラ様は答えます。


「国も民も奴らにくれてあげる。

 そんなものより今欲しいのはジルに忠実な仲間よ」

「さっきみたいに一人一人スカウトしていくのか。

 気が遠くなる話だな」

「いえ、ディナリスさんが誘うのはシウネさんだけで十分よ。

 他に目星をつけている者は下っ端に声をかけさせるから」


 レプラ様の言葉を疑問に思って尋ねます。


「あのー、なんで私だけなんですか?」

「あなたがこの計画の鍵だからよ。

 どうしても欲しかったから面識のあるディナリスさんにお願いしたの。

 私もそこそこ頭は回るけど、あなたほどじゃない。

 最終的にこの王都からかなり大勢の人間を脱出させることになるわ。

 ご存知のとおり、この街は城壁に囲まれ出入り口はすべて門番に守られている。

 策が必要なの。

 固められた絶対の守りを盤ごとひっくり返すような大きな策が」


 作戦参謀に組み込まれているということですか。

 陛下のために力を振るえるならば、これ以上に望むことはありません。

 ですが、どうしても引っかかります。


「陛下を連れてお逃げするなら少人数の方が良いのではないですか?

 大人数となれば目立ちますし、食糧の問題なんかも」

「……たしかに。

 この国か別の国かでひっそり潜伏して暮らすというのならば私とジルの二人で逃げるのが一番効率的ね」

「そうですよ。

 私だって運動はからきしですし。

 何故、足手まといになるかもしれない人を増やすのです」


 私の疑問はディナリスさんも思っていたらしく、首を小さく縦に振っています。

 レプラ様は少し思案した後、躊躇い気味に打ち明けました。


「これは……私のエゴなのかもしれないけれど、あの子にコソコソとした生き方をしてほしくないのよ。

 もちろん、しばらくは雌伏の時だと思う。

 でも十年……いや、五年後にはジルが逃げ隠れしなくても良い環境を整えたい」


 逃げ隠れしなくていい環境……それは困難というものでしょう。

 裁判にかけられた陛下は死罪は免れるかもしれませんが、幽閉か国外追放は避けられません。

 そして、王位を追われたからと言って陛下の安全が保証されるわけではありません。

 いつ何時命を狙われるか分かったものではなく、それから身を守る手段は王の座にいた時よりも遥かに少ない。

 王を守るにはどうしたって————————あっ?


 至った結論をそのまま口に出しました。


「陛下をお守りするためだけに……国をつくる?」

「ハァッ!?」


 驚く私とディナリスさんを見てレプラ様は妖しげに微笑みました。


「フフフ……いいわね。

 頭の固い官僚と違って学者というのは」

「い、いえ! ちょっと待ってくださいよ!

 原始時代じゃあるないし、ちょっと人が集まったから国になるというものじゃないでしょう!

 世界中がどこかの国の領土なんですから!

 それに手を出せば戦争……にすらならない!

 鎮圧されるだけです!」


 この世界の陸地は数世紀前の大航海時代に発見され尽くしました。

 少なくとも人間の生きていける領域という意味での土地はどこにも残っていないはずです。


「まあ、土地については今は考えなくていいわ。

 だけど人はこの国を出る時に引き連れて行くしかない。

 最低200人。

 仕事は山ほどあるわ。

 食料生産、居住地開拓、資源採取、生活物資生産、そして軍備……ただ寄り合って生きるだけの集落でなく、世界を敵に回しても大丈夫な国の土台を作るにはこれくらいは必要。

 もちろん、国外脱出後の人員だけでなく、脱出のために必要な人員もいるわ。

 水夫や兵士を最低100人は。

 そうすると、ざっと300人の人間を連れて行く必要があるってこと」


 …………アハっ。

 すっごいですねえ、この人。

 ええ、学者やってたらいくらでも奇人変人に出逢いますがここまでネジが飛んでいる人は初めてです。

 やっぱり女王候補として英才教育を受けたのが効いているんでしょうね。

 いい意味で人を人と思っていない。


 一人の罪人の身柄と心を救うために、国をつくる。

 恐ろしいほど費用対効果が悪い話です。

 その建国までの間に、国ができた後に、どれだけの人の命が消費されてしまうのでしょうか。


 考えが顔に出ていたのか、私の顔を見たレプラ様は尋ねてきました。


「自己満足のために無辜の民を何百人と亡命させる。

 彼らから穏やかな暮らしを取り上げ、道具のように扱おうとする。

 下手をすれば地獄に一直線の計画に巻き込もうとする私を悪魔のような女だと思う?」


 私は言葉に詰まってしまいましたが、ディナリスさんは首の骨を鳴らしながら答えます。


「いいんじゃないか。

 悪魔でもなんでも。

 どうせこの世の偉い人らは下々の連中のことなんて土から生えてくる作物程度にしか思っちゃいない。

 あとアンタが聖人君子だなんて既に1ミリも思ってない」


 歯に衣着せない物言いにハラハラしてしまいます。

 ですが、レプラ様の気に障った様子はありませんでした。


「随分な言われようね。

 それでも付き合ってくれるのはどうして?」

「ジル様は偉い人にしては珍しく下々の連中を大切にしていたお方だ。

 報われないのは間違っていると思うから……ああ、私も自己満足したいんだよ。

 そのためにはアンタの思惑に乗った方が勝算があるってだけさ」


 ディナリスさんは堂々と胸を張ってそう言いました。

 この方もまたジルベール陛下に魅せられた女性なんでしょう。

 レプラ様も……そして私も。


「陛下はおモテになりますねえ。

 国王でなくなるのならチャンス到来かと思ってましたけど、ライバルが多いですよぉ」

「おっ、やるかい?

 言っとくが、今まで狙ったエモノを逃したことはないんだぜ」


 私とディナリスさんのじゃれあいをレプラ様は呆れた顔で眺めています。


「楽天家ねえ、特にシウネさん。

 あなたなんて今朝までは平和な日常を送っていた庶民でしょう」

「別に平和ってわけじゃないですよ。

 クソ親父はいつも酒飲んで私に当たり散らすし、本を勝手に売られないように部屋に頑丈な鍵を付けたりして」

「お父様に、もう会えないかもしれませんよ」


 人間を道具呼ばわりしていたくせに私には気遣ってくれるんですねえ。

 この人の価値観も捉えどころがありません。


「親に会えなくなるなんて別に騒ぐことじゃないですよ。

 それに……こんなことでもなければ1ミリも感謝できないクソ親父のままでしたから」


 私はニッコリと笑顔を作ります。

 落ち込むとか迷うとかは非効率です。

 私にはやるべきことがあるんですから。


「じゃあ、頑張っちゃいましょうか!

 完璧なジルベール陛下と仲間たちの大脱出計画を立てて見せますよ!」


 腕をまくって気合を入れ直しました。

 その時、コンコン、と部屋のドアがノックされました。

 少し間を置いて扉が開くと黒ずくめの男がレプラ様に書簡を渡しました。

 中身を読んだレプラ様の表情が一瞬、固まりました。


「どうやら300人のうち100人くらいは確保できそうね。

 ダールトンが連れ去った王宮勤めの人間たちの消息が分かったわ。

 今のところ全員生きてる」

「マジか! そいつはいい!

 すぐに合流しようぜ!

 ダールトンに殺されかけたんだ。

 ジル様を助けて国を出ると言われたらついてくるに決まってる!」


 レプラ様の言葉を聞いてディナリスさんが目を輝かせました。

 一方、レプラ様は目を細め浮かない様子です。


「ディナリスさん。

 あなたに出向いてもらうのは今回限りと思ったけれど、計画修正よ。

 私と一緒に彼らの説得に向かってもらう」

「説得? 救出じゃなく?」


 言い間違いを指摘するようにディナリスさんは笑い混じりに言います。

 ですが、レプラ様の言葉を聞いてその笑いは消え失せたのです。


「さらわれた人たちはモンスター蔓延る荒野に拘束されたまま放り出されたけれど、無事救い出されたわ。

 そこまでは想定外だけど問題ない。

 だけど、思いのほか頭に血が上っているらしいわね。

 彼らを焚き付けて、ジルベール救出のために暴動を起こそうと企んでいるみたい」

「暴動!? そんなことしたら逆に陛下の身が危ないですよ!!

 私たちの計画も全部瓦解しかねません!」

「だから説得よ。

 優秀な王宮勤めの100人。

 しかも王国にいられない彼らを取り込めば、かなりの力になる」

「まったく……大した忠臣だな。

 迷惑極まりないが。

 そいつらの首謀者は分かってるのか?」


 レプラ様は「てっきりダールトンの手先だと思っていたのですが」と前置きをして首謀者の名前を口にします。


「名門レイナード家の最高傑作と名高い王国屈指の剣の使い手にして、王妃フランチェスカの護衛騎士……

『サリナス・ラング・レイナード』」

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