陛下の知らぬ間に〜シウネ編③〜
結局、上機嫌でステファンは帰りました。
ハラワタ煮えくりかえるとはこの事ですね。
まさか実の父親に売られるとは思いませんでした。
金の無心くらいしかろくに会話しない間柄でしたが、ここまでとは……
ガチャリ、と玄関の鍵が閉められます。
まるで自宅が牢屋になったようです。
窓すらない粗末な我が家の出入り口は玄関しかありません。
さて、クソ親父はいったいどんな真似をして私に言うことをきかそうとするのか……
クソ親父は私に振り向きました。
珍しい。今日は酒が入っていないのか顔の赤みが引いています。
しかも、声を荒げることなく、静かに呟くように語りかけてきました。
「時間は稼いだ。
あとはお前の頭でなんとかしろ」
え?
「シウネ。俺はお前がやってることの素晴らしさなんて分からねえ。
だけど、お前はこんな俺の面倒を今日まで見てくれたからな。
その恩くらいは返すぜ」
「ちょ、ちょっと待ってください!
お父さんは————」
「うるせえっ!! 早くしろ!!
お前はどうせ俺のことを邪魔なだけのクソ親父と思ってんだろう!
だったらそんな気持ちのままどこへでも行っちまえ!!」
クソ親父が唾を吐きかけるように怒鳴りつけてきました。
予想外過ぎる展開です。
こんなの、予想できるわけないじゃないですか!?
どんな感情曲線を描いて、どんな思考ロジックで、どんな事象の積み重ねで————わからないわからないわからない!!
頭を抱える私の肩をクソ親父が乱暴に掴みます。
「シウネ、お前がどうなろうが知ったことじゃねえ。
だが、あんなくだらねえ男に利用されるな。
無駄によく回る頭はなんのためにある?
アイツのためじゃねえはずだ」
クソ親父が発した言葉が気付けになりました。
そうでした……
私はまだなにも失っていない。
陛下だって生きているんです。
何かお力になれることだって。
でも……
「大丈夫ですか?
私がいなくなったらお父さんは」
「せいせいするさ。
俺は元々ひとりが好きなんだ。
今のご時世、適当に生きていても飢え死にすることはねえよ。
あんな子どもに王が務まるのかと思いきや、なかなか居心地いい世の中だ」
「おと————」
「もういいだろ。
俺に父親を求めるのはやめろ。
お前は子どもじゃないし、必要ねえ」
そう言って、黙りこくりました。
私は大急ぎで荷物をまとめました。
クソ親父は居間のテーブルで酒を飲みはじめました。
そしていつものように、
「行ってきます」
と声をかけて玄関を出ました。
最後まで、クソ親父は黙ったままでした。
家の外は夕闇に染まっていました。
慌てて飛び出したものの、流石に国外逃亡のノウハウなんてありません。
王都の外に出るのだって門番の目をくぐり抜ける必要があります。
とりあえずは落ち着ける宿か何かで作戦を————
「見事に予測通りだ」
「ひっ!?」
すぐそばから掛けられた声に私は驚きました。
声の主はフードを目深に被った女性です。
かなり背が高くて、ハスキーな声…………聴き覚えがありました。
「ディナリスさん?」
私が尋ねると彼女はフードを軽くあげて、その鋭くも整った顔を見せてきました。
「さすが天才学者さんだ。
良い記憶力をしている」
「どうしてここに————」
「再会を喜ぶのは後回しだ。
お互い、大手を振って表に出れる状態ではないからな」
そう言ってディナリスさんは私の手を引いて、歩き始めました。




