陛下の知らぬ間に〜シウネ編②〜
自分の愚かさを憎みます。
私がカメラなんて発明しなければ、レプラ様が襲われることもなく、陛下も王の座を追われることはありませんでした。
今、陛下は王都内のどこかに監禁されているということです。
命が無事なのは不幸中の幸いでしたが、裁判でどのような判決が出るか分かったものではありません。
しかも気が早いことに陛下の叔父上であるダールトン様が次の王になるという予想が書き立てられていました………………馬鹿げています。
先代が亡くなった時に30歳を過ぎた働き盛りで病気ひとつない王弟だったダールトン様。
それを押しのけて弱冠15歳のジルベール様が王位を継いだ時点でダールトン様の器が知れたというものです。
それでも新聞はダールトン様を名君の器と持て囃し、ジルベール陛下の治世の粗探しに躍起です。
こんなものが陛下の目に触れたらと思うと胸が痛んでなりません。
陛下は十分過ぎるほど頑張られていました。
弱い立場の者を切り捨てず、横暴や不正を許さない。
そのおかげで救われた者、報われた者は数え切れません。
なのに、どうして身を切るような生き方を選び、戦い続けてきた陛下がその報いを受けられないのでしょうか。
この世の理不尽を感じてはなりません。
涙がポタリ、ポタリと新聞を濡らしました。
その時です。
「シウネ!! お客だぞ!!」
クソ親父が部屋の外から叫んでいます。
……客人なんて嫌な予感しかしません。
「へへ……すみませんねぇ。
すぐに引っ張り出すんで。
オイ! シウネ! お客を待たせんじゃねえ!!」
ドアの向こうから聞こえる媚びたような口ぶり……土産に酒でももらったんでしょうか。
つくづく情けない男です。
とはいえ、部屋のドアを破られたらたまったものではありません。
観念して私は部屋から出ました。
「お初にお目にかかります。
私、ウォールマン新聞社で取材部を仕切らせていただいております、ステファン・ランティス、と申します」
粗末なテーブルと椅子が置かれただけの我が家の居間に身なりの良い男が居座っています。
童顔で愛らしい顔をしていますが、ウォールマン新聞社で重役を務めているという事は若く見積もっても三十は過ぎているでしょう。
年不相応な若づくりをしている男は信用ならないと昔の人も言っています。
「シウネ・アンセイルです。
ウォールマン新聞の方がどうして我が家に?」
「まあまあ、せっかくお会いしたんです。
記念に一枚」
そう言ってステファンは鞄から取り出したのは……カメラでした。
私の作ったプロトタイプと全く同じ形状。
無遠慮にレンズを向けてシャッターを切った瞬間になるカシャリ、という音も同じ。
「ふぅむ。失礼ですが、本当にあなたシウネ・アンセイルですか?
巷では美貌の女学者だと噂されているという事ですが……」
化粧もしていないし、昨晩は泣いたり寝付けなかったりでコンディション最悪なんですよ。
まー無遠慮な殿方を喜ばせるために化粧だなんて無駄なことしませんけど。
「嘘を言っていると思われたならお引き取り頂いても構いませんが」
「ムッ……失礼ですね。
わざわざこんな下町くんだりに足を運んだというのに。
まあ良いでしょう。
女だてらに学者なんて仕事をしているものだから周囲が無闇に褒めそやしているのでしょう。
よくある事です」
ほほう…………言うこと成すこと腹が立つ輩ですねえ。
無気力になっていた私には丁度いい気付け薬です。
「で、シウネさん。
先日、ヒューズワン研究室が特許庁の監査を受けた際に王国技術大学の研究を盗んだ証拠が見つかったと言うのはご存知ですか?」
「へえ、全く存じ上げておりません。
最近、私がやってたのはあなたがお持ちのカメラの開発くらいなもので!」
糾弾するようにビシリと奴の持っているカメラを指差しました。
するとステファンは呆れたようなため息を尽きます。
「カメラじゃありません。キャメラです。
王国技術大学と我が社が共同開発した写真を撮影する装置ですよ」
巻き舌気味にキャメラと発音する男に鳥肌が立つほど不快になりました。
白々しいにもほどがある。
「冗談じゃないです!
あなた方こそ私のカメラの研究資料を教授からもらっていたんでしょうが!!」
「…………プッ。ちょっと何を言ってるのか分かりませんねえ」
コ……コイツっ!? 鼻で笑いましたねっ!?
「いや貴方も学者ならご存知かもしれませんが写真を撮影する装置なんて既に手垢まみれの研究だ。
アマトの海洋都市なんかでは10年前くらいに撮影に成功している。
キャメラはそれらの研究の果てに完成した最先端の撮影機なんですよ」
「フーン……そうですか。
アマトで作られた写真機は露光時間に半日かかる銅板写真ですが、そこからよくもまあフィルムカメラに到達できたものですねえ?
塔を登ってたらいつの間にか山頂に着いてたってくらい無理がある話でしょうがぁ?」
「カメラじゃなくてキャ、メ、ラっ!!
あなたの作ったニセモノとは違うんです!
二度と間違えるんじゃないっ!!」
盗人猛々しいここに極まれりです。
やっぱりウォールマン新聞社は悪党どもの組織です。
陛下を陥れただけでなく、邪魔者はみんな排除しようとする。
しかも直接手を汚す事なく他人にやらせるんです。
ステファンは大きく息を吐き出して落ち着きを取り戻したようです。
腰を曲げて私を上目遣いに見上げて言いました。
「今日ここにきたのは忠告に来たんですよ。
もうすぐあなたの元に法務省の役人どもが訪れます。
そして特許法違反の容疑で逮捕されるんです」
「へっ!? そんなバカなこと」
「に、なるんですよ。
私たちが発明したキャメラと同じ構造、同じ部品、同じ理論で作られた写真撮影機はキャメラの特許を侵害します。
賠償額は何千万オルタになることやら」
「い、いくらなんでも横暴すぎます!
法を司る法務省の役人がこんな無茶苦茶な話に付き合うわけがありません!」
そう叫ぶとステファンは神妙そうな顔で顎に手をやります。
「たしかに。役人に賄賂を渡すのはリスクが高いですからね。
役人共は法に則って捜査を行い、判決を下すことでしょう。
我々もそれを歪めるのは難しい」
難しい……ですか。
できない、ではなくて。
まともな組織を相手にしている話とは思えません。
法律による社会システムの行使を歪めるような連中が野放しにされてしまっている現状はどう考えても異常です。
私が辟易するとステファンは口が裂かれたかのように大きな口を開けて笑って言いました。
「アハハハハハ! ですが、いくらお役人共の頭が固くともこの世の中のほとんどは脳が溶けた愚民ですからね!
『天才女学者シウネ・アンセイルは他人の研究を盗んでその地位を得ていた! 大学もシウネの色仕掛けに負けてそれを黙認していた!』とでも新聞が報じたら、あなたに不利な証言で溢れかえるでしょう!
そうなれば、事実なんてなんの力も持ちませんっ!
どう転んでもあなたは王国教養大学の名誉に泥を塗ることになる!
あー、それにあなたは特待生ですからねぇ。
『ジルベールがあなたに誘惑されて特待生制度を作った』だなんて!
きっと盛り上がる事でしょうねぇっ!!」
「な……!?」
「そもそも、あなたの研究資料なんてどこにも残っていないでしょう?」
と言ってステファンは紙の束を掲げます。
それは紛れもなくヒューズワン研究室に置いていた私のカメラの研究資料です!
それが奴の手元にあるということは、
「もし、そんなものがあれば弁解の余地はあるんですけどね。
徒手空拳で役人どもと渡り合えるなんて思っていないでしょう?」
目の奥が燃えるように熱いです。
怒りと悔しさで火がつきそうなくらい体温が上がっていきます。
マスコミが陛下に行った仕打ちは知っていました。
ですが、いざ自分の身に降りかかるとなるとあまりの卑劣さにクラクラしてしまいます。
しかし私は……どこまで陛下の足を引っ張ってしまうというのでしょう。
「おやおや、随分落ち込まれているようですね。
頭の良い方は悪いことを考えるのも得意なようだ」
「……何をすれば良いですか?」
「ほへ?」
「とぼけないでください。
わざわざ忠告に来たということは交渉材料があるということでしょう」
私の言葉にステファンは満足そうに首を縦に振る。
「話が早い。素晴らしいですよ。
ええ、そうです。
あなたの才能を腐らせるのは惜しい。
前向きなお話をしましょう。
シウネ・アンセイル。
ウォールマン新聞社に入社して私の部下になりなさい」
冗談キツイです。
この人、私にどう思われているのか自覚がないんでしょうか?
「…………えーと、私にウォールマン新聞のために働けと?」
「ええそうです。悪くないお話でしょう。
学者なんてのは研究ができれば幸せなんですから。
あなたの研究開発の成果や権利はすべて我が社で預かることになりますが、当然それなりの待遇をお約束しますとも。
断ればあなたは学者でいられなくなる上に、賠償金で死んでも返すことができない借金を背負う。
考える必要もない話ですよ」
ニコニコとゲスい話を垂れ流すステファン。
私は生まれて初めて明確な殺意を覚えたかもしれません。
こんな交渉、絶対にノーです。
契約書にサインでもしようものならこの男は私を奴隷のように扱うでしょう。
首輪をつけて地下に監禁し、そこで研究しろとでも言ってきそうです。
それに報道機関とは名ばかりで人の弱みを掴んだり作ったりして世の中を我が物のように操る連中の求める研究なんて碌でもないものに違いありません。
「学者はね、責任があるんですよ」
「ん?」
「今、この世界に存在しないモノや理論を生み出す。
それは釣り合った天秤の上に新しいモノを置くのと同じです。
元あった世界を壊し、戻れなくするものだってあります。
火薬の発達は鉱山の発掘作業の効率を上げ、事故死を減らしました。
ですが、戦場で事故死者の何万倍も人間を殺しています」
「何が言いたいんです?」
ここまで言ってまだ分からないのか、とため息を吐いてやります。
そうしたら奴の幼い顔が真っ赤に染まって歳相応の皺が深く刻まれていきます。
メッキが剥がれるとはこの事ですね。
トドメを刺すように言い放ちます。
「道具をまともに使えないバカどものために働くなんてまっぴらごめんなんですよ!
本来、写真は情報を鮮明にするものです!
カメラは真実の姿を写すために作られた道具なんです!
なのにあなた方はレプラ様の裸の写真と別の女が……し、している写真を組み合わせてありもしない強姦を捏造しました!!
私の、私が陛下のために捧げた研究を使ってっ!!
あなた方を私は絶対に許さない!!」
私の語気が荒くなるのに比例してステファンの顔も真っ赤に染まります。
「ほほう……良い度胸ですね。
自分の命運が私の手のひらの上で転がされているというのに」
構うものですか。
連中の悪事の片棒を担ぐくらいならば、いっそ陛下に殉死して差し上げましょう。
それがせめてもの、禊になるのなら————
「このバカ娘がアアアアアアっ!!!」
突然です。
クソ親父のビンタが私の頬を張りました。
大きな手の一撃に私は床に転がります。
追撃するようにクソ親父が胸ぐらを掴んできます。
「こんなウマイ話ねえだろうが!!
しょっ引かれて無一文にされるのと天下のウォールマン新聞社で働くなんて比べる間でもねえだろうが!」
「ば……バカなことを!!
コイツらは陛下を陥れて」
「バカはお前だ!!
陛下なんて赤の他人だろうが!
それより実の父親を飢えさせる方がよっぽど問題だろう!
お前の賢い頭はそんなこともわからねえのか!!」
再び顔を張られました。
頬が熱くて熱くて、涙が溢れてきました。
鬼のような形相をしているクソ親父の肩にステファンが手をかけます。
「まぁまぁ、そこまでされなくても。
女性の顔に傷を作るのは良くないですよ。
それにぃ……」
ねっとりとした声のステファン。
その視線が私の胸に寄せられているのは明らかでした。
先程、胸ぐらを掴まれた時にボタンが飛んでしまって、肌があらわになっている私の胸に。
「なるほど。周りの学者連中が夢中になるわけです。
いいモノをお持ちだ」
下劣な笑みを浮かべるステファンにクソ親父は腰を曲げて媚びへつらいます。
「一晩だけお時間をください!
ちゃんと明日にはステファン様の言うことならなんでも聞く従順な娘になっておりますので!」
「ほう……なんでも、って言いましたね?」
「ええ! どうぞ可愛がってやってください!
そのかわり……」
「アッハッハッハ! 皆まで言わんでもよろしい!
お礼はたっぷりさせていただきますとも、おとうさま」




