陛下の知らぬ間に〜シウネ編①〜
やってくれましたねえ……
ホントによくもやってくれましたねえ……
ええ、貧乏人の分際で大学なんて分不相応な場所に通っているわけですからある程度仕方ないと思うんですよ。
コネも後ろ盾もろくにない女学者の成果なんていくらでも掠め取れる。
それくらい織り込み済みです。
大学に通えてるだけで御の字だし、成果は奪われても私に蓄積した身の財は引っぺがせませんから。
多少のことは大目に見るつもりでしたよ。本当に。
だけどねえ……コレはあんまりにもあんまりじゃあないですか?
「教授ーーーーー!!!」
通い慣れたヒューズワン教授の研究室の扉を体当たりで開けました。
教授を怒鳴りつけてやろうと思っていたのに、変わり果てた研究室の光景を見て罵声を呑み込んじゃいました。
「……ああ、ようやく来たかね」
頭頂部が禿げ上がっていて側頭部に白髪を残した小柄な老人はヒューズワン教授。
私が支持している王国教養大学の教授です。
彼は新聞を読みながら椅子に腰掛けているんですが……
研究室には椅子しかありませんでした。
壁を覆い尽くしても足りず、至る所に散乱していた本は一冊も残っていない。
私たち研究室に所属している人間が書き溜めた研究報告書や論文の類も一切失われている。
それどころか本棚や机も。
教授が座っている椅子は自前のものですよ。
「な、何があったんです!?」
「えーと、机と本棚とボクの着替えと……」
「物の有無の話じゃないですよ!
何が起こって研究室のものがなくなったんですか!?」
噛み合わない会話に付き合わされないよう語気を強めて問い詰めました。
「んーとね、ガサ入れなんだと。
キミが発明したカメラ及びフィルム写真の撮影技術一式、お役人に持ってかれた。
まあ、どれが該当するものか分からないから研究室の中にあるもの片っ端ね。
王国技術大学の特許を盗んで作ったという疑いが掛かってさ」
「ハ!? 特許侵害ですって!?」
あり得ないです。
カメラも写真も私の独自研究で完成まで辿り着いたものですから。
私が怒りながらここにやってきたのは、昨日配られていた新聞に貼られていた写真を見たからです。
写真自体はここ数年で研究が進んできた分野であり、誰が実用化に漕ぎ着けるか競い合っているような状態でした。
ですが、その写真は板に像を焼き付ける方式を取っており、写真を大量に複製する事は不可能だったし、カメラの小型化も困難でした。
それでは私のやりたい事には使えない、と世間の主流からは異なるアプローチで写真の実用化に向けて取り組んでいたのです。
結果、辿り着いたのがフィルムと名付けた感光体とそれを利用した写真現像でした。
目論見は当たり、大量複製、カメラの小型化、しかも白黒ではない天然色の写真が撮影できる仕組みを編み出せたのです。
この世界の誰も到達していない科学技術。
それが私の手の中だけにあったのです。
にも関わらず、私ではない誰かの手で同じ仕組みで作られた写真が世に出てしまった。
しかも民衆の暴力を煽動するという悪行に利用されて……
「シウネ、残念だけど騒がない方がいい。
王国技術大学は産業界と密接に繋がってて権力者や金持ちに顔が聞くからさ。
君がこの世界で生きていきたいなら、ここは我慢だ」
「ガマン……いやいやおかしいですよね?
ガサ入れって、ただ私が発明者である証拠を抹消したかっただけですよね?
そもそも盗んだのは絶対向こうでしょう!
あんな新聞記事に利用するような真似を!
そもそもアレはまだ未完成で実用化なんて————」
「盗んだんじゃないよ。
ボクが譲渡した」
教授は悪びれることもなくそう言ったから、私は一瞬、聞き間違いかと思いました。
「君もさ、分かってるだろ。
学問や研究の世界ほど外圧に弱い世界はないって。
お金、時間、環境。
全部他人任せでボク達は実るかわからない時間を過ごさせてもらってる。
この暮らしを壊されたくないんだよ」
分かっていないわけじゃありません。
教授の言っている事はよくわかるし、自分の立場の弱さだって……だけど!
「実るか分からない時間?
あなた方凡百と一緒にしないでくださいよぉ……私の研究は絶対なんですよ。実らせるんですよ。実らせなきゃならない、実らなければ死ぬ、実らせる、ってそういう気持ちで始めた事なんですよ」
「う、うん。わかるよ。
だから落ち着いて————」
「トチ狂ってんのはあなたでしょうが!!
カメラは陛下の御姿を写真に残すため!
写真は陛下の御姿を民衆に伝えるため!!
陛下のために捧げた研究なんですよ!!
それを……よりにもよって陛下の治世を脅かす連中に売りつけるなんて!!!」
悔しいです。
陛下に降りかかる非難を和らげるには陛下という御人を知ってもらうのが一番だと考えて……現代の科学研究の潮流に沿ったままでは数十年は掛かるだろう研究を飛び越えて数ヶ月で成し遂げたというのに。
陛下を救うどころか、その治世を揺るがし、あまつさえ大切な人を傷つけ辱めてしまったことをが悔しくて仕方ありません。
「……なるほど、君は親国王派だったんだね」
「過去形で話さないでくれますかぁ?
私はずっとジルベール陛下に」
「環境が変わった。
もう彼は国王ではないんだよ」
パサっと音を立てて新聞の一面が開かれます。
そこに書かれていたのは……ジルベール陛下がウォールマン新聞社を襲撃し、火をかけて大量殺人を行ったというものでした。




