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陛下の知らぬ間に〜ディナリス編③〜

 レプラが建物に入ったのを確認して領主殿は呟く。


「久しぶりの再会だったのに、圧倒されっぱなしだったな。

 俺ってカッコわりい……」

「ジル様も領主殿も女の趣味がわる————独特でいらっしゃることで」


 領主殿は拗ねたように唇を尖らせる。


「仕方ないだろう……俺もジル様も高貴過ぎる身分だからな。

 ああいう誰に対してでも自分を曲げないタイプの強い女は貴重なんだよ」


 偉い人は偉い人なりの面倒さがあると来たものだ。

 それにしても、


「プロポーズはしなくて良かったのか?」

「できるか!! あー、もう全部ご破算だよ!

 国教会を味方につけるのも結婚相手探しを終わらせるのも!

 この恨みはいつかマスコミ連中にぶつけてやるからなっ!!」


 領主殿の顔は言葉とは裏腹に晴れやかなものだった。


 一方、私は……迷っていた。

 ジル様と交わした約束は『バルトとレプラを守ってくれ』だった。

 なのに、二人は違う道を行こうとしている。

 領主殿は自領に戻らなくてはならない。

 護衛は当然必要だ。

 しかし、レプラがやろうとしていることも綱渡りの連続……

 憲兵の護送からジル様を奪うにはそれなりの精鋭が必要だ。

 身体が二つないのが悔しいとさえ思えてくる。


「どうした? ディナリス」

「いや、領主殿との付き合いも長くなったと思ってな」


 私にしては長く居座り続けている。

 放浪の旅を始めて十年以上になるが、一年も同じ場所に居続けたのはこの人の側が初めてだった。

 総大将だと言うのに前線に出てくるものだから、共に何度も戦場を駆けた。

 男と女の関係になったわけではないのに、共に何度も夜を明かした。

 彼が誰かを嫁に取り、家族を作っていくのならば、その安全を守るために居着いても良いとさえ思っていた。

 そんな深い間柄の人間をどうして、数日前に初めて出逢った人間との約束を秤にかけてしまっているんだろう。


 そわそわした気持ちが止まらなくて、身動きが取れなくなってしまった。

 そんな私に領主殿は笑いかける。


「ディナリス。お前は強いが、どうしようもなく女だと思うぞ」

「ハッ!? ど、どういう意味だ!?」

「深い意味はない。

 ただ、ジル様はお前に少なからず女を感じているみたいだぜ」

「なぁっ!?」


 領主殿の言葉とともに記憶の中にあるジル様の姿が、声が、合わせた剣の重さが、思い出される。

 新雪のように白く汚れない純真な王。

 今まで出会った事がないタイプの男に心が惹かれたのは事実だ。

 可愛らしい見た目と腕っぷしの強さとの差異も、身にかかる苦難や不幸を一身に抱えようとする不器用さも……愛しい女のために全てを投げ出すような危うさすらも尊かった。

 そして、そんな彼が悲壮な覚悟で剣を持って出ていくのを止めなかったことを……後悔している。


「こんなに戸惑っている時になんてことを言ってくれるんだ!

 どうしても意識してしまうじゃないか!」

「意識しろよ。余計なしがらみにとらわれて欲しいものを見過ごすほど、間抜けな女じゃないだろ」

「ジル様には……レプラがいるだろう」


 自分で言って胸が痛んだ。

 私はジル様との約束を守ることでしか動いていない。

 レプラはジル様の身柄と心をまとめて救うために国を敵に回すほどの覚悟を決めた。

 やっぱり、人生のほとんどを共に過ごした女とぽっと出の女では戦いにすらなれるわけないものなのか。


「えらく弱気だな。

 お前の最強は負け戦をしないだけのものかよ。

 違うだろ。誰が相手でも勝つから最強なんだろうが」

「戦いと…………い、色恋では勝手が違うだろう」


 声がうわずった私を領主殿が笑った。


「ハッハッハッハ!! 語るに落ちたな!」

「このおっ!!」


 恥ずかしさを紛らわすように領主殿の胸ぐらを掴んで持ち上げた。

 それでも彼は笑うのをやめない。


「ヒヒヒ……まあ、なんだ。

 ジル様やレプラは特別大切なんだが、ディナリス、お前のことも大切に思ってるよ」

「そんなの……言われなくても分かってるさ」


 かけられた親愛の一言が胸に沁みた。

 そして、迷いは振っ切れた。


「領主殿。お願いしたいことがあるんだが————」

「ああ、みなまで言うな。

 俺の部下として、最後の命令を告げる。

 レプラについて行ってジル様を絶対に守り抜け。

 二人には、『最強の剣士、ディナリスを送り出したことが俺の変わらない忠義と友情の証だ!』と伝えてくれ」


 私の背中を叩いて、レプラのいる建物の方角に押し出した。

 何か言葉を返そうとするが詰まってしまう。

 そんな私を見かねたように領主殿は軽口を叩く。


「お前もレプラとは違うタイプだが自分を曲げないからな。

 ジル様に気に入られると思うぞ。

 へへ、俺の送り出した刺客にジル様を掻っ攫われた時のレプラの泣きっ面が見てみたかったぜ」


 清々しい笑顔でそんなこと言われてもな……

 ああ、だけど気分が良い。


「領主殿の期待に答えなくてはな。

 しっかりオトしてくるさ。

 万が一、ジル様にフラれたら……領主殿の愛人にでもしてもらうかな」

「そりゃあいい。どっちに転んでもおいしいってヤツだ」


 軽口に軽口を返して笑いあう。

 そういうことができる関係だったからだろう。

 今日まで私たちの主従関係が続いたのは。

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