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陛下の知らぬ間に〜ディナリス編②〜

 王都からの脱出はさして手間もかからなかった。

 レプラが王宮の隠し通路や人通りの少ない道を把握していたからだ。

 全力で走り、教皇庁にたどり着いたのは夕暮れ時。

 さすがにへばって地面に腰を下ろしていると領主殿がやってきて労ってくれた。

 私が事の仔細を伝えると彼は目頭を押さえて俯いた。


「モンスターと殺し合いしてるウチの方がよっぽどマシに思えてくるな。

 王都は魔性の棲みつく地だ」

「本当に……ジル様みたいな善人が統治する方が無理がある。

 その点、あの女は……」


 教皇庁にたどり着くやいなやレプラは教皇への面会を申し出た。

 すると謁見の間ではなく、自室に呼ばれて二人きりでいるという。


 宗教に権威を、国王に根拠を与え合うための共生関係によりこの国の政と宗教は結びついている。

 この国の最高権力者は国王だが、その国王を任命しているのは教皇。

 その二人に近しいというだけでレプラという女の特別さが分かるというものだ。


「これから奥様になられる方が男の部屋で二人きりというのに焦りはしないのか?」


 そう言って領主殿をからかったが薄ら笑いすらしない。


「レプラが教皇に孫娘のように溺愛されているのは有名過ぎる話だ。

 ジルを助けるには権力者の力が必要になる」

「領主殿だって権力者じゃないか」

「辺境領主なんざ王都では役なし貴族と変わらんよ。

 だから俺は一人の兵士として、忠義を果たす」


 領主殿はそう言うとキュッと引き締めるように顔から覇気……いや、怒りを溢れ出させた。


「ジル様は早晩取り押さえられるだろう。

 憲兵であれば国王陛下の命は奪うまい。

 牢屋に収容されたところを襲撃し救出する。

 そしてレプラもまとめて我が領に招く。

 ジル様が正統な国王で、国王の座すところが王都だ。

 我が領を新王都としてジル様の王位を主張する。

 当然、ダールトンは黙ってないだろうが上等だ。

 醜悪なマスコミ諸共、ジル様に仇なす者すべて叩き潰してやる」

「国を二分するつもりか?

 大戦争になるぞ」


 さまざまな国を渡ってきた経験から考えて領主殿の構想はあまりに過激過ぎる。

 国を割ると言うことは国全体を戦争に巻き込むということだ。

 当然、近隣諸国も黙っていない。

 軍事介入や後方支援により燃料が注ぎ込まれれば何十年と続く戦いになる。


「望む所だ。ご存知の通り、俺は中央の連中が嫌いだ。

 奴らがヌクヌクと暮らしている頃、我が領では民や兵がモンスターや敵国との戦いに明け暮れている。

 そんな俺たちをジル様は守護者として称え、感謝をしてくれる。

 だが、議会ごっこにご執心な王国議会の連中は蛮族のように扱う。

 東部で流れる血を穢れと忌み、獣同士の縄張り争いと嗤っている。

 その上、ジル様をも堕ちた王と嗤うなら……もうやるしかない。

 親しい者の亡骸に囲まれて、暴力の恐怖にむせび泣く絶望を、奴らにも味あわせてやる」


 ジル様への忠誠心を敵への憎悪に変えて領主殿は邪悪な笑みを浮かべる。

 正気に戻さねば、と胸ぐらを掴んだ瞬間だった。


「バルト様、お顔が怖いですよ」


 レプラがひょっこり現れて領主殿に声をかけた。

 すると、彼の表情に漂っていた闇が弾け飛んだ。


「レプラ。教皇との話は終わったのか」

「ハイ。すべては思い通りに。

 バルト様。あなたにも協力をお願いします」


 レプラに見つめられて、領主殿が少し浮ついているのが感じ取れた。

 本当に好きなんだなぁ、とホッコリした気持ちになっていたのだが、続くレプラの言葉に冷や水をかけられた。


「何もせずに自領にお戻りください。

 決して陛下を救おうとしたり、味方になろうとしたりせず、黙って自領にお篭りください」


 ピシャリと言われた領主殿は流石に不満を訴えた。


「ちょっと待て……それではジル様を見捨てる羽目に」

「そうです。一旦、陛下は見捨てます。

 殺されはしませんよ。

 用心棒程度に倒されるほどヤワではありませんし、取り押さえられるとすれば腕利きの憲兵か騎士くらいのものでしょう。

 彼らは節度を弁えています」

「待て待て待て!!

 ジル様が投獄されるのを指咥えて見てろって!?

 冗談じゃない!!

 俺とディナリスならば多少憲兵に囲まれたくらいなら蹴散らせる。

 そのままウチに戻って、徹底抗戦に持ち込めば————」

「内乱の誘発こそ陛下のもっとも望まないことです!!

 シュバルツハイム卿! 

 何故、陛下が今日まで耐えに耐え続け、今も仲間を引き連れず出て行ったか理解できませんか!?」


 レプラが領主殿を一喝した。

 側で見ているだけの私すら後退りしてしまいそうな迫力だった。


「ウォールマン新聞を潰すだけならばいくらでもやりようはありました。

 それをなさらなかったのはすべて民のためです」

「その民がジル様を裏切った……

 あのお方にとって誰よりも大切なお前を蹂躙し、御心を傷つけようとしたんだ!!

 刃を向けるよりも悪意のある謀反だ!!

 俺はジル様の怒りに寄り添いたい!!」


 負けじと言い返す領主殿。

 レプラはふっ、と小さく吐息を漏らす。

 すると彼女の纏っていた几帳面そうな雰囲気が砕け、柔らかい口調で語りかけてきた。


「あなたは未だにジルを親友として見ているのね。バルト」

「……都合よくレオノーラを出すんじゃない」

「そう。捨てたはずの王女だった頃の関係性をチラつかせるなんてのは都合がいいわね。

 だけど、それはあなたもでしょう。

 今のジルに加担して自領に連れ帰ったとて、始まるのは終わりのしれない内乱よ。

 名君たるバルトロメイ・フォン・シュバルツハイムがそんな手段を選ぶわけがない。

 あなたはジルの親友という立場を使って、怒りに殉じることを許そうとしている」

「王を守るのは忠誠心の内だろう!」

「違うわ。忠誠心とは王を正しく導こうとする志のことよ。

 王が間違ったり危険なことをしようとすれば正す。

 一緒になって暴れるなんて低俗な男子の友情観でしかない。

 そもそも、あなたが実家に戻り、陛下が即位した時点で道は分たれた。

 個人的な友誼は統制を乱すとジルは理解していたから。

 仮にあなたの思惑通り、ジルと共に反対勢力を根絶やしにして、その後に続くジルとあなたの二頭体制は独裁になるわ。

 ナンバーワンとナンバーツーが親友同士で命を救いあってる関係だなんて自浄作用が働くわけがない。

 それに対する臣下の不満は国を焼くに余りあるわ」


 言い負かされている自覚があるのか領主殿は目を逸らした。


「チッ…………相変わらずだな。

 一言返せば何倍にもして返してくる」

「口喧嘩ならもっと激しく罵ってるわ。

 私がしたいのはあなたの説得。

 臣下としても親友としても、今動くのは得策ではない」


 そう言ってレプラは領主殿の拳を両手で包む。


「堪えて、バルト。

 ジルが今まで我慢したように、私たちも我慢するの。

 私だって……本当は……」


 レプラの手に力がこもっている。当然だ。

 犯されこそしなかったものの、裸の写真を国内にばら撒かれていることは私から伝えた。

 恥ずかしさや屈辱がないわけないのに、彼女は呑み込んで、ジル様のために動こうとしている。

 しかも衝動的なものではなく、細い糸を手繰り寄せるような念の入れようで。

 強い奴だ。


 領主殿も察したらしく、大きく深呼吸をして気持ちを宥める。

 落ち着くと再びレプラに話しかける。


「お前はこれからどうするつもりだ?」

「…………ジルが罪に問われれば死刑にならずとも王位を追われてすべてを失う。

 そして、このままだと死ぬまで後悔を繰り返す。

 あの子は自罰的だから。

 権力は失っても責任感によってこの国に縛られ続ける。

 でもそんなことはさせない。

 私があの子の身柄も心も全部連れ去ってやるわ」

「逃げ切る?」

「ええ。ジルが捕まった場合、課される罰はおそらく国外追放。

 国内に前国王を監禁するなんて反体制勢力の良い神輿になるだけだからね。

 唯一の陸路の国境線はシュバルツハイム領に属しているから使いたくない。

 海路を使うことになる。

 分かるわね?

 ここがこの計画の肝よ」


 領主殿はハッ、と気づいた顔をした。


「そうか……俺がシュバルツハイム領にいれば追放されるジル様を見過ごすわけがない————と思われる。

 追放先の選択を狭める抑止力となるってわけだ」


 領主殿がレプラの語る話を聞き入っている。

 話術、というのだろうか。

 声の大小や緩急を織り交ぜた喋り方の巧みさのせいか、異様に納得できてしまう。

 まるで見てきたことのような明確な未来の予測は続く。


「ジルの裁判はすぐには始まらない。

 聞き入って国王を裁判にかけるなんて前代未聞だもの。

 司法省は慎重になるだろうから、ある程度時間がかかる。

 その間に船を買い、護送船とすり替える手筈を整える。

 もちろん護送には憲兵連中も同行するだろうけど船は海の上。

 始末はいかようにでもできる」


 冷たく言い放たれたレプラの言葉に思わず反応する。


「おいおい! 皆殺しにするつもりか!?」

「当たり前じゃない。

 生かして王都に帰したら報告されて討伐対象になるわ」

「だが、憲兵なんてのは上の命令を聞くしかできない剣持ち役人だ!

 命令を遂行してるだけの奴を殺すなんて————」

「私は神様じゃない。

 人を殺す殺さないの判断を善悪の天秤にかけて行うほど自惚れていないわ。

 だからシンプルに『ジルの邪魔になるなら殺す』で判断しているの。

 これからあの子は裁判にかけられ、すべてを失い、世界の敵としてこの国を追われる。

 ならば私もこの国を敵に回してやる。

 無辜の民だろうと赤子だろうと、ジルの邪魔をするならば生かしてはおかない」


 ……つくづく見誤っていた。

 この女の覚悟を。


「領主殿。こんな女を娶らなくて正解だと思うよ。

 アンタの手に負える代物じゃない」

「ハッキリ言ってくれるな。同感だが」


 領主殿はコホンと咳払いをして、レプラに問う。


「ジル様を逃して……それからアテはあるのか?」

「ないわけではありません。

 ここからの頑張り次第ですね。

 忙しくなるので、失礼します」


 そう言ってレプラは踵を返して、建物の中に戻っていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 彼女の覚悟に胸のすく思い。 この作品は読者の心をつかんで思いっきり振り回すのがお上手。 ありがとうございます。
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