陛下の知らぬ間に〜ディナリス編①〜
『ジルベールの付け火』と後に呼ばれる聖オルタンシア王国最大の言論弾圧事件が起きたあの日————
レプラが目を覚ましたのはジル様が出て行ってまもなくだった。
彼がほんの少し、レプラの裸の写真が貼られた新聞を見る時間が遅れていたのなら、いろんなものの運命が違っていたんだろう。
目覚めたレプラに私は自己紹介した。
|バルト(領主殿)の護衛であることを伝えると一安心した様子だった。
だが、ジル様が新聞を見て怒って外に出て行った事を知ると血相を変えて起きあがろうとした。
本職の男達に寄ってたかって嬲られたんだ。
いかに心が強くとも身体はついてこれない。
「無茶するなって。
アンタが死んだら私は自刃ものなんだ」
「いま無茶しなくて……いつするんですか。
王宮内にはダールトンの息のかかっている者はたくさんいます。
王宮は数刻のうちに牛耳られるでしょう。
昔から自分の痛みや損だけには敏感な男でした。
陛下に属する者や自分を笑った者を生かしておくとは思えません」
「そいつは穏やかじゃないな。
だが、領主殿と落ち合うのは明日の予定だ。
ひとまず、王都のどこかに隠れて」
「それでは遅すぎます。
教皇庁にはどの道向かわねばなりません。
バルト様もいるなら好都合。
あなたの脚ならば私を連れても今日中に着けるでしょう」
私を連れてって……そもそもアンタ歩けるような状況じゃ————
「ハ!? まさかアンタを背負って走れって!?」
「馬車では目立ち過ぎます。
陛下の盟友であるバルト様が王都に舞い戻った事をダールトンが知れば面倒なことになります。
よろしくお願いします」
淡々とした口ぶりで状況を説明するレプラ。
たしかに言ってる事はもっともだけど……
「嫌だ! 私をウマ扱いするなっ!」
「あら、できませんか?
てっきり体力自慢だと」
「できる! 余裕だ!
だが、私はアンタを守るとは約束したが使いパシリになるつもりはない!
たとえ領主殿の妻になられるお方だろうとな!」
「妻……私が? バルト様の?」
しまった。口が滑った。
「ふむ……ああ、なんとなく分かりました。
それで教皇庁に……フフ、やはりあの方は辺境に置いておくのは勿体ないですね。
政略家としても、忠臣としても」
私の漏らした一言だけで色々察してしまったらしい。
大したキレ者ぶりだが、私がプライドを捨てられるかは別問題だ。
最強と謳われるほどの力を得るためにどれほどの試練をくぐり抜けたことか。
それはすべて自由であるためだ。
どんな偉い奴、強い奴に命令されても気に入らないことに否を突きつけられるようになりたかったからだ。
「ですが、困りましたね。
見ての通り、今の私はろくに歩くこともできない」
「そうだ、あきらめろ。
王都内だったら人道の範疇としておぶってやる。
だが、馬車で一夜かかる距離を走れ、とかあり得ないって」
くだらないかもしれないがプライドの問題だ。
そもそも彼女は頼み方がなっちゃいない。
『私は正しいことを言ってるのだから従いなさい』みたいな偉そうなお貴族様らしい態度は下賤の生まれとしてはどうしても鼻につく。
頭を下げて『お願い! あなたの力が必要なの!!』とでも乞われれば考えなくもないがな。
私がフン、と鼻を鳴らして拒絶の意思を示す。
突っぱねられたレプラは残念そうに呟く。
「惜しいですねえ……
『戦女神の化身、D・ヴァルキュリア』の背中に乗って国家の危機を教皇猊下にお伝えしたとあれば、生涯の自慢になると思ったんですが————」
「待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待てぇーーーーーっ!!
な、な、何故その名を知っているっ!?」
戦乙女以下略、は駆け出しの頃に自ら名乗っていた名前だ……私が。
いや、そもそも戦女神だとか言い出したのは周りだったし、実際にその名で呼んでくれる人もいたから必ずしも私のせいではないが…………
「で、当時パーティを組んでいた仲間が酒場で『ウチの戦女神|(笑)さあ、俺に漆黒だとか迅雷だとか恥ずかしい異名つけようとするんだよ。どうしよう。すげえくだらない理由でパーティやめたくなってきた』と言ってるのを影で聞いてしまって、名乗らなくなったとか。
本当ですか?」
「やめろぉっ! やめろぉぉおおおおお!!
やめてくれっ!! この通りだ!!」
蓋を開けたように当時の記憶が蘇る。
なまじ強くて周りが文句を言わないのをいいことにやりたい放題していた恥ずかしい日々…………
私は頭を下げて、これ以上辱めないように懇願した。
「アンタ……どうしてそんな情報を……
この大陸から遥か離れた国での出来事だぞ。
新聞に書かれるようなことではないし」
「新聞なんかよりよっぽど正確に幅広い情報を知る手段はあります。
市井の人間は想像もしてないでしょうけどね。
元々、あなたには目をつけていました。
生まれや血縁者はもちろん、親密だった男性のことまで把握しています」
レプラの声は微かに弾んでおり、笑みすら浮かべていた。
今が緊急事態であると察しているのに、全く狼狽えたり慌てたりはしていない。
この女が急がなくてはならないというのなら本当にそうなんだろう。
「……いいよ。乗せてやる。
だが、吹聴するなよ。
私の沽券に関わる」
「私を背中に乗せて走ることですか?
それとも『振るう刃は闇を切り裂き、疾るその脚は雷鳴の如き戦女神————」
「どっちも!! どっちもだよ!!
いや、どちらかと言えば後者!!」
ジル様や領主殿が入れ込むくらいだからたいそうな女傑だと踏んでいたが……想定以上だ。




