陛下の知らぬ間に〜導入〜
「さて、どこからお話しましょうか?」
「時間なら、たっぷりある。
そなたがねえ様だった頃からでも構わないぞ」
「今さら、そんな呼び方をしなければならない関係でもないでしょう」
海が鳴く音が私たちの言葉以外の音を遮断してくれる。
船に乗っていた憲兵達は捕縛されるか、その場で斬殺された。
すると、何の説明もないままレプラは私を専用船室に連れ込み、着替えさせて行水をさせた。
王都で受けた傷に対しても薬を塗り込み、包帯を巻いて治療をしてくれた。
出された温かいスープを身体に染み渡らせるように飲み干す。
口の中に拡がるのは旨味と程よい辛味。
多種多様の食材が交響楽団の楽器の音色のように調和して美味という感情を呼び起こす。
王都の屋台とは比べものにならない、見事な仕事だ。
腹を満たし、気が抜けるとレプラはベッドの真ん中に座り、太腿を枕に私を寝かせてくれた。
彼女は私が欲しくても手に入れられなかったものを、なんでも与えてくれる。
父に言ってほしかったお褒めの言葉を。
母にかけてもらいたかった甘やかしを。
妻に注いでほしかった情愛を。
どれも仮初で本物には劣るのだというけれど、偽物ではなく、私はその甘美さの虜だったと今更思い知った。
自分の命すらどうでも良いと思えていたのに急に引き戻されたのもその為だ。
どれだけ打ちのめされ、すべてを投げ出したくなっても、もう一度、レプラと過ごす時間を諦めたくなかった。
「行かなかったんだな」
「どこに?」
「バルトの嫁にだ。
目覚めた時にディナリスから聞かされなかったか?」
私の問いにレプラは少し言葉を詰まらせる。
ふっ、と小さく息をついて私の髪を撫でて語りかける。
「たしかに悪くない縁談でしたね。
長らく会っていないとはいえあのお方なら気心は知れていますし、王都のしがらみからは解放される。
打算で考えても東の守護者と王室と教会を結びつける強力な政略結婚にもなりますし」
「そうだよ……だから、嫌だったけど……
バルトに任せようって————」
レプラが私の唇に指先を当てた。
ドキリとして言葉を呑み込んでしまう。
「もし、陛下にまともな妻や親戚がいて支えてくれているならばお受けしたかもしれません。
いえ、そもそも私は陛下が嫌がることは絶対に致しません」
「そなたが王宮を去るのは心から嫌だったぞ」
「アレは私の力ではどうにもならないことでしたもの」
私の皮肉を笑って跳ね飛ばした。
「この船の上に王都のようなしがらみはありませんからね。
ですから『今夜の陛下は私のもの』と宣言して油断ならないメス猫たちを黙らせても問題ないのです」
メス猫…………私が知らないうちに本当に色々あったようだ。
ああ、じゃあそこから聞こうか。
「ディナリスをはじめ、どうしてあんな大人数がこの船に乗っているんだ?」
この疑問に「待っていました」と言わんばかりのご機嫌ぶりのレプラ。
私の顔を覗き込むようにして、ここに至るまでの経緯を語り始めた。




