報いを受ける③
アルケー島は王国の西にある青龍海の果てにある。
大型の魔物が棲みつく海域にあり、古来より船乗りたちから恐れられている。
我が国の建国以前、大陸に複数の王国が分立して覇を競い合っていた戦国時代においては、亡国の王や反体制派の指導者などが島流しにされていたいわくつきの島だ。
私の幽閉先としては似つかわしいところだろう。
出立までの間、私は元いた監禁場所に戻されたが枷は付けられなかった。
代わりに部屋を灯すランタンと事件の日以降に発行された新聞が与えられた。
裁判中の態度から逃亡する恐れがないと判断されたのだろうか。
当然、というべきか新聞紙上での私の描かれ方は凄まじいものだった。
新聞いわく、知恵をつけた王都の民が自由や平和を謳歌していることに腹を立てた王が虐殺しようと企てた。
中でも、民に情報を伝えて知的水準を高めた新聞の罪は重いと考えて、見せしめのつもりで火をつけた。
逃げ惑う職員を暴力で蹂躙し、美しい娘は手篭めにした挙句火の中に放り込んだ。
手のつけられない暴れ方をしていた王だったが、現場に駆けつけた憲兵隊員イーサン・スカイウッドによって取り押さえられた。
多数の犠牲者を出してしまったウォールマン新聞社の社長ジャスティンは声明を発表する。
『私たちは権力にも暴力にも屈することはあり得ません。
人々の心が自由と平和を求めるのならば、そんな社会の実現の一助になることがジャーナリストとしての務めです。
次の王が即位してもその姿勢は変わりません。
善行を為そうと悪行を為そうと、そのすべてを皆様にお伝えするとお約束します。
善悪を判断するのは神でも王でもない。
今、新聞を読んでいるあなた自身なのです』
「大した役者ぶりだ」
愚民呼ばわりした民をよく持ち上げたものだ。
これに踊らされるならば民も民だがな。
貧弱で愚鈍と報じられていた王が一人で新聞社を制圧しても違和感を覚えない。
手篭めにされて殺された娘が顔写真付きで掲載されていることを卑劣と思わない。
情報を発信するだけという立場を強調し、その結果、起こることは読み手の判断によるもの、と全ての責任から逃れようとする男を崇める。
奴が言っていたことをうっかり認めそうになる。
私が幸せにしようと思っていた民は、それだけの価値があったのだろうか?
……今更考えても仕方ないことか。
新聞を読み進める。
私が監禁されてしばらくすると書くことがなくなったのか、どこぞの貴族が領民に慕われているという話とか、靴磨きから身を立てた大商人の立身出世の実話とか前向きな記事が増えた。
おそらくは新聞社の広告主たちだろう。
奴らは新聞に広告を載せるという名目で大金を新聞社に支払っている。
本当の狙いはその金で恩に着せて、自分にとって都合の良い報道をしてもらおうという魂胆なのだ。
国王という明確な敵のいない今、広告主のご機嫌を窺おうというのだろう。
腐り果てた話だと思うが、それでも国王に対する批判記事ばかり載せている紙面よりは前向きで朗らかだ。
私がいない方が雰囲気が良くなるんだな。
後、ところどころ書かれているのは憲兵のイーサンの記事だ。
とても優秀で正義感が強く、来る日も来る日も王都で起こった事件の犯人を捕縛している。
スラリとした長身で彫りの深い端正な顔立ちをしているものだから写真に写った姿が実に格好良い。
その上、悪い王を力づくで止めたのだ。
権力による報復を恐れずに。
民の感情としては応援したくもなるだろう。
『王を討ち取りし者』なんて異名で呼ばれて持て囃されているらしいが、上手くやったものだ。
彼に悪感情はない。
職務を全うし、正義を執行した。
だが、この先の彼に待ち受けるのは栄光だけではあるまい。
ジャスティン流に言うならば、イーサンは悪い王を倒す英雄役を与えられた、つまり奴の描く戯曲の中にその運命を囚われたということだ。
一介の憲兵があの悪辣な権力者に立ち向かう術はないだろう。
だが、ジャスティンを追い詰める方法があるとすれば————いや……よそう。
改めて新聞というものの魔力を痛感した。
なまじ得た知識や情報は使わずにはいられない。
こうやって参謀きどりで世の中の行く末を推理したくなる。
馬鹿馬鹿しい。
私自身に行く末が無いというのに。
刑の執行を待つだけの退屈な時間を潰すために、新聞を読み耽った。
さらに数日が過ぎ、新しく届けられた新聞によって私は翌日、王都を発つ事を知った。
情報漏洩もいいところだ。
どうやって調べ出したか知らないが、これでは私を襲撃してくれと言わんばかりじゃないか。
襲撃されなくとも、石を投げられることは確実。
最後の最後までマスコミは嫌がらせを続けてくれるようだ。
ただ、ウォールマン新聞ではない。
ヴィクシス新聞社が発行している晴天新聞の独自記事だった。
発行部数はウォールマン新聞の半分程度で水をあけられている新聞だが、歴史は古い。
年配の読者に支えられているといえば聞こえはいいが、若者に受け入れられていないということだ。
人気取りのために私を生贄に捧ぐというのなら、なかなかの英断だ。
スラッパー、だったか。
サンク・レーベンを襲ったような連中が群がってくる。
私を糾弾して得た満足感は新聞の購読意欲に変換され、新たに新聞を買い読み耽る。
麻薬中毒と大差ない。
ジャスティンの野望とはどこまでも虚無的で人間を馬鹿にしている。
私が裁判中に遺した言葉が日の目を見る日は来るのだろうか。




