ジルベールの付け火⑧
私は自惚れていた。
自分の暴力によって解決できる、とたかをくくっていたからこんな無謀な襲撃計画を企てた。
それがどうだ?
肩を矢で貫かれ、精強な憲兵に囲まれており絶体絶命だ。
矢傷による痛みのせいで今まで蓄積してきた疲労とダメージが溢れ出したせいか身体は重く、呼吸も荒くなった。
その上利き腕もほとんど動かない今、連中とまともにやりあえるわけがない。
…………だが目的は果たす!
私は視線で憲兵たちの注意を誘導し、ジャスティンから意識を外したと判断した瞬間、思いきり奴に飛びかかった。
この距離なら矢を構える時間もないはず!!
左手でシルバスタンを振るい、ジャスティンに向かって振り下ろす————が、間一髪、憲兵の隊長が間に割り込んで剣で受け止めた。
「陛下! おやめくださいっ!!」
「チィッ!! 邪魔立てするな!!
コイツは今すぐ殺さねばならんのだ!!
忌まわしい新聞とともにコイツの邪心も野望も!
全て焼き払われねばならんのだぁっ!!」
鍔迫り合いになればシルバスタンの超重量は有利に作用する。
片腕だけといえど、はねのけるくらいは出来る————っ!!?
鳩尾に衝撃が走った。
憲兵隊長の蹴りが突き刺さったのだ。
怯んだ隙に彼は剣を持つ私の手首を握り押さえた。
「はっ…………はなせえええええっ!!」
「離しません!! 御身の暴挙は拙者が必ず止める!!
たとえ……この命と引き換えになっても!!」
万力で締め上げられるかのように手首が捻られていく。
とんでもない怪力、執念か。
絶対に自らの勤めを果たそうとする強い意志が伝わってくる。
ふと、彼の顔を見上げる。
兜をかぶっており、没個性的な兵士の姿をしていたが、この男の顔は見覚えがあった。
だが、私が思い出すよりも先に向こうから正体が明かされる。
「憲兵としての責務を果たすのであれば、たとえ王族であろうとも! 腰に提げた剣の切先を向けねばならない————そうお教え下さった貴方様に……このような形で再会するだなんて!!」
…………思い出した!
王子だった頃にサイサリス侯爵家のラクサスという悪徳貴族の悪事を暴いた。
その時に後始末を任せた憲兵隊の男……名前は、
「イーサン、だったな……
王都の警備を司るとは、出世したものだな」
「……幼き貴方様に戒められたあの時、非常に恥ずかしく、悔しい思いをしました。
そして誓ったのです。
国家の秩序を守る憲兵として、恥じるような行いは二度とするまいと!」
イーサンは容赦なく膝蹴りや肘打ちをあびせてきて私を痛めつけた。
国王である私に対して一切の容赦がない。
腑抜けていた田舎の憲兵にはできない芸当だ。
「ぐっ……! イーサン!
私を止めるな! コイツはとんでもない悪党だ!
コイツを生かしておけば国が傾く。
とんでもない数の犠牲者が出てしまってからは遅いんだぞ!!」
私は必死で訴えた。
満身創痍のこの身体ではイーサンに勝てない。
だが、悪はジャスティンにあるのだ。
憲兵として捕まえなければならないのは向こうのほうで————
「申し訳ありません…………陛下!
今のあなたのご命令は承れません!!」
そう怒鳴ってイーサンは私の手首を押さえつけたまま、ガードをしていない側頭部目掛けて蹴りをぶちこんできた。
丸太で殴りつけられたような威力の一撃に私の身体も意識も吹っ飛ばされて、転がって壁に叩きつけられた。
「な……なんで…………」
「貴方様は下の階の惨状を知っているんですか!?
放たれた火が次々と燃え移り、すでに火の海!!
出入り口には焼け出された怪我人や大火傷を負った人々が溢れ、戦場さながらの光景!!
それでも炎はとどまることを知らず近隣の家屋にも燃え移っている!!
民を……国を守るべき王がどうして民を傷つけるのです!?
何故街に火を放つのです!?」
イーサンから聞かされた言葉に、私は絶句した。
そんなバカな、ありえない。
この建物は石造だぞ!
あの程度の火で炙られようと燃え移るものがない。
まして、この建物の外にまで被害が出るなど……
私が狼狽えていると、横から口が挟まれる。
「そうですよぉ〜〜〜〜〜!!
王様ぁあ゛あ゛! なんで真面目に働き、税も納めている我々が焼き討ちに合うんですかあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
汚い声で泣き叫んでいるのはあの童顔の男だ。
ジャスティンの腹心とかいう……
「社内で働いていた私の部下や、恋人がっ!!
見つかっていないんですっ!!
きっとあの炎の中にぃいいいいい!!
うわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
「デタラメ言うな!!
私は……そんなことをしては…………」
嘘に決まっている。
奴らの得意な嘘だ。
私がそんな悪虐を…………
ガタガタ、と手が震え始めた。
恐怖している? まさか……
「陛下。言ったでしょう。
もう貴方は正しき王でない、と」
余裕ぶってジャスティンが私を見下ろしながら告げる。
「あなたは悪虐と分かりながら我が社を襲撃した。
本当に私を叩き潰したいのであれば、やりようはもっとあったはずだ。
それでもこんな野蛮な手段を選んだのは、あなたが王の重責を投げ出したかったからだ」
「な、何を言って」
「認めなさい、ジルベール王。
あなたは王という立場から解放されて暴力や悪虐に酔いしれたかったから、私に逆恨みをしたんだ。
思うままに私の従業員や財産を蹂躙するのは楽しかったか?」
「ち…………」
違う、と言いたいのに声が出てこない。
分かっているんだ。
私に正義がないことは。
「…………私は悪虐を犯した。
犠牲者を出したかもしれない。
正直……しがらみを忘れて暴れているとスッとした。
なんで私はこんなに無駄な我慢をしていたのか、と後悔したくらいに」
だが、奴らが許されていいわけがない。
ジャスティンは、奴の計画に関わった連中はレプラを辱め晒し者にした。
それだけで私の怒りは絶えることなく燃え盛り続ける。
「だからっ!! どんな罰でも受けてやる!!
ジャスティン!! 貴様を殺した後でなアアアアアアッ!!!」
再びジャスティンに向かって飛びかかる。
当然のようにイーサンが立ち塞がる。
もはや手段は選ばない。
どんな汚い手を使おうともこの拳を届かせる!
口の中に溜まった血を唾と絡めて、口を尖らせて吐き出す。
「ペッ!!!」
赤い血糊が発射され、イーサンの目に命中した。
「うっ!?」
これで奴の視界は潰れた。
一瞬が、あればいい。
ジャスティンの頭蓋に、渾身の一撃を————っ?????
視界がグルリと縦に回転し、顔の正面に床が現れた。
その床は私を引き寄せるかのように迫ってきて、顔が叩きつけられた。
「あ…………あっ……」
首を動かすと私の視界には、目を瞑ったまま手技を放ったと思われるイーサンの姿が入った。
構えを見れば分かる。
この男は強く、鍛え上げている。
ああ、なんて最悪な結末だ。
何もかも中途半端だ。
王としての責務を全うすることはできず、家族を守ることもできず、約束も破り、民を傷つけ、街を焼いて、そのくせ怒りに身を任せきることもできなかった。
もし、私が怒りのままにジャスティンと向き合っていれば、確実に奴は殺せた。
それすらできなかった。
しかも、邪魔をされたのが幼い頃の私が諭したせいで、腕を磨きあげた男だなんて…………
「私は————愚かだ」
そう呟くとともに、目の前が真っ暗になった。




