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ジルベールの付け火①

 出来上がった作品に背を向ける。

 もう振り返らない。


 そばに跪いているサリナスに声を掛けた。


「此奴らが解放される前に逃亡しろ。

 東のシュバルツハイム領が良い。

 事情を話せばあそこの領主なら保護してくれるだろう」


 誉れある護衛騎士に卑劣な悪事の片棒を背負わせてしまったせめてもの詫びだった。

 しかし、サリナスは首を横に振った。


「一人逃げ延びたところでレイナード家はよくて取り潰し、下手すれば族滅です。

 ならば最後までお供させてください」

「お供?」

「貴方様が怒りをぶつけたい相手は他にいる。

 今、行われたのは前哨戦のようなものでしょう」


 慧眼……というより、私が逸る殺気を抑えきれていないだけか。

 たしかに、私の怒りの矛先はヤツラではない。

 どうせ最後なら、と私怨をぶち撒けたようなものだ。


「本来なら私は王妃様を諌め、それで不興を買って殺されるのが正しき務めだったのです。

 そうすれば家に迷惑をかけることはなかった。

 にも関わらず、我が身可愛さで黙りこくり、言いなりになって悪事の片棒を担いだ結果……貴方様の御心を傷つけ、お手を煩わせることとなってしまった。

 残りわずかの命ならば少しでも贖いたいのです。

 貴方様のために最後まで剣を振るわせてくださいませ……」


 生真面目な男だ。

 だが、忠義を立てられるのは悪い気分ではない。

 もし、もっと違う形でこの忠義を受けられたのであれば私は感動して涙すら流したのかもしれない。


「忠道、大儀である…………だが、これから行うことに供は連れていけぬ」


 何故、と聞き返そうする前にサリナスの首先にシルバスタンを突きつけた。

 まっすぐ目を見てくる彼に私は語る。


「私一人が大暴れして結果、死傷者が出たとしてもそれは王の乱心で片付く問題だ。

 だが徒党を連れてであれば、それは個人の問題ではなくなる。

 武力集団を以って敵対勢力を襲撃すれば、私に不満を持っている連中は脅威を覚えるだろう。

 私に対抗するために反国王派を作り、武力衝突。

 王都内の争いがやがて地方にも波及し、王国は内乱状態になる」


 いくら怒っていてもそこまで無茶な真似はしない。

 それに……


「ヤツらが狙っているのはその状況かも知れないしな」

「えっ? どういうことですか?

 内乱を望んでいる奴らって……」

「かもしれない、というだけだ。

 さて、そういうことだからそなたは逃げよ。

 あんな者どものために死ぬのは馬鹿馬鹿し過ぎる。

 今からならば幾人かの親戚を連れて行くこともできるだろう」


 そう言い残して歩き出した。



 門の周辺には守衛達がおり、隊長が私に尋ねる。


「陛下……どちらに向かわれるのですか?」


 言うべきか言わざるべきか、少し悩んで私は答える。


「ウォールマン新聞社に話し合いに行く。

 最近の報道のやり方はいくらなんでも度が過ぎているからな」


 私の言葉に、守衛たちはざわついた。

 隊長は困惑した顔で再び尋ねてきた。


「新聞社への圧力は禁じられている……陛下は十分にご存知でしょう」

「無論だ。だが、歴史の中で禁止されていなかった反乱やクーデターは存在するのか?

 誤った統治を行い権力者が暴走した国家が滅ぼされるのは人間社会の摂理だ。

 そして……奴らはもはや国家に匹敵する権力を手にした大権力者だ」


 心当たりがある、といった顔をしている者が多い。

 それもそのはず、王宮の門番である守衛たちはマスコミ被害にこれまで何度もあってきた。


 たとえば、王宮内に侵入しようとする不届き者を取り押さえようとした際、刃物で反撃され、鎮圧のために殺害した、という事件があった。

 当然、法的に正当な行為である。

 だが、マスコミ連中は「何の罪もない民に一方的な暴力を振るって殺害した」と報道した。

 結果、犯人を殺した兵士は殺人犯扱いをされ、彼自身はもちろん、その家族や親戚に至るまで世間から責め立てられた。

 私もその兵士を擁護し、不当な責めを与えないように民に声明を出したが「国王は我が身可愛さに守衛を擁護し、民の命を軽んじる」と被せるように報道されて無意味に思った。

 結果、その兵士は王宮勤めを辞めて王都を去ったという。


 そんな事件がここ三年の間で何度あったことだろう。


「……遅すぎたと思っている。

 自分の身に降りかかってきてようやく重い腰を上げた王を、恨んでも構わん。

 だが、今はここを通してくれ」


 守衛たちは困惑している。

 当然だろう。

 先程中庭で私が行った行為は彼らの耳にも届いているはずだ。

 正気を失った王が剣を下げて市井に出ようとしている。

 本来なら止めるべきだ。

 しかし、


「承知いたしました。

 どうか……お気をつけて」


 隊長が私に敬礼をした。

 すると他の兵士も倣うように敬礼し、道を開けた。



 街に出ると民の様子はいつもと変わらなかった。

 私の険しい顔を見て変な顔をする者もいるが、大騒ぎにはならない。

 おそらく国王ジルベールとは気づいていないのだろう。

 私の顔を間近で見たことがある人間はそういないからだ。


 目指すのはウォールマン新聞社。

 ここから徒歩で30分とかからぬ距離にある。


 守衛隊の手前、ああいう言い方をしたが私は話し合いで解決しようと思っていない。

 そんなことで何とかなる問題ならここまで奴らは増長していない。

 私がやらなくてはいけないことは、権力の濫用は必ず報いを受けるということを知らしめることだ。

 できる限り盛大に。

 新聞を必要としなくてもその報いの凄まじさが伝わるように。



 新聞社を焼かねばならぬ。


 我慢に我慢を重ねてきたが、もうダメだ。

 すべてを失い、悪に堕ちてでもこの粛清をやり遂げねばならない。

 それが王として最後の責務である

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