誰も私を止めるな⑥
みっともなく床に這いつくばるダールトン。
悠々と見下ろしていたいが、側面から殺気が発されている。
「公爵様っ!! おのれえっ!!」
ああ、そういえば部屋の前には私の護衛騎士が立っていたな。
王がゲロを吐いて、のたうちまわっていても我関せずだったのに、公爵が痛めつけられた瞬間に王に刃を向ける。
しかも、おのれ、などと口走らせて…………バカめ。
「ククククッ!! 語るに落ちたな!!
不忠者めっ!!」
知っていたさ。
私の護衛騎士にダールトンの息がかかっていることくらい。
私がなんのために鍛錬を積んでいたと思う?
護衛の者が守ってくれるだなんて期待していなかったからだ!!
首を狙って放たれた突きを上半身を捻ってかわし、即座に距離を取る。
相手は制式剣ではなく自前の業物を構え、鎧を身につけている。
一方こちらは着の身着のまま寝室から出てきたのだ。
護身用の短剣どころか、寸鉄すら帯びていない。
だが、
シャラン————
何度聞いても心地よい音色だ。
「な…………にぃ!?」
ディナリスが私の前に現れると同時に護衛騎士の剣は手首ごと宙に舞う。
驚くほど自然に次の命令が口から出てきた。
「殺せ」
「ああ」
再び、シャラン————と音がすると今度は護衛騎士の首が宙を舞い、ダールトンの眼前に落ちた。
「ひぃぃぃ……ひぃぃぃぃぃ…………」
涙目で鼻水を垂らしながら生首から目を背けるダールトン。
「冷たいじゃないか。ダールトン。
貴様のために彼は命を投げ出したのだろう。
しっかり目を開いて弔ってやりたまえよ!!」
私はダールトンの側頭部を踏みつけなじる。
ディナリスはそんな私を咎めるわけでもなく、床に落ちて広がった新聞と貼られた写真を見ていた。
それで察したらしい。
「人間ってのは、嫌な生き物だな。
シウネはあなたの名誉を取り戻すために写真を発明した。
なのにその写真を使ってあなたの大切な人を辱めるなんて……しかも、今までこの世になかったくらいタチが悪いやり方でだ」
沈痛そうな物言いをするディナリス。
だが今は悲しみに共感してもらう必要はない。
寝室に戻り、身支度を始める。
服と靴を動きやすく頑丈な修練用のものに変え、髪の毛も後ろに束ねて縛る。
壁の隠し金庫の鍵を開けて愛剣のシルバスタンを取り出して、腰に下げた。
「ディナリス。バルトと合流次第、レプラを連れて王都を出ろ。
二人を絶対に守り抜け」
彼女の性格ならこんな頼み方では断られてしまうかも、と思っていた。
だが、
「本当なら……あなたを止めてやるべきなんだろうな。
これからしようとしていることは世間一般で悪虐とされることだろう」
そう言ったディナリスの顔には諦めの感情が滲んでいた。
失望させてしまっただろう。
だが、その程度で揺らぐほど私の怒りの炎は脆弱ではない。
「私は……思っていた以上に自分勝手で、我慢がきかない男なのだ。
王としての立場によって縛られてかろうじてまともに見せていただけだ。
それから解き放たれた今……何の迷いもない!!
私を! 私の大切なものを踏みにじってくる相手に!! 制裁を加えて何が悪い!!
奴らが私を呪った力の何倍もの力で呪い返し、大切にしているものを全部蹂躙してやりたくて仕方がないんだ!!
……そう、私は……もう善良な王には戻れない」
興奮して震えている私の肩を彼女ががっしりと掴む。
「善良で清廉なあなたを……私は尊く思っていたよ。
きっと、彼女もだ」
だろうな。
私はそうあるように努めてきた。
レプラの望みでもあった。
それらを全部投げ捨てるのだ。いまから。
「私は止まりたくない。
だから、私を止めるな」
「……ようやく自分のために命令できるようになったんだな」
ギュッと握りしめられた肩に痛みが走り、私は飛び退いた。
ディナリスは気まずそうに苦笑する。
そして、私に向かって敬礼する。
「シュバルツハイム辺境伯とレプラ嬢は我が命に代えてもお守りする。
陛下、ご武運を」
畏まった返答に私は安堵を覚えた。
背中を向け、彼女の表情を見ずに言い残す。
「バルトにレプラを頼む————と……
レプラには…………」
怒りの炎に変えられない感情は今は必要ない。
こんな弱々しい言葉はここに捨てていけ。
「約束、守れなくてすまない……と」
ディナリスの了承を聞かず、ダールトンの首根っこを掴んで廊下を歩き始めた。




