誰も私を止めるな⑤
翌朝、寝室のドアを叩く音に起こされた。
ディナリスとレプラがここにいることは知られたくない。
部屋の外で相手をしようと、ドアに向かう。
来客は……予想していた通り、叔父上だった。
「おはようございます。叔父上。
公務を怠けている王を諌めに参られましたか?」
「体調が優れないというなら無理強いはすまい。
だが、そなたには時勢を把握する義務はあろう」
そう言って新聞を手渡してきた。
これは……ロイヤルベッドの方か。
受け取って扉を閉めようとしたが、足を挟んで邪魔してきた。
自分の目の前で見ろということか。
中身は見なくても大体わかる。
サンク・レーベン修道院で暴動発生。
悪女レプラを救うために、たぶらかされた愚王が民に暴行を働いた……というところか。
絶対に叔父上を喜ばすような反応はしてやるものか、と覚悟を決めていた。
普段のロイヤルベッドは一枚の紙の両面に記事が印刷されただけのものだ。
しかし、今日のものは普段の倍の大きさの紙を半分に折り畳まれている。
まるで人目から隠すように、買った者だけが中を見られるように……
【最新技術の写真にて本誌独占掲載!!
王族を虜にした悪女レプラの魅惑の裸体!
泣き叫んで許しを乞おうと、もう遅い!
国民の怒りが悪女を蹂躙し尽くした夜!】
————————新聞を開いた瞬間、一瞬意識を失った。
おかしいだろう。
これがヒトのやることか?
こんなの予想できるか? できるわけない。
全身から汗が噴き出すのに、どんどん体が冷えて震えが止まらなくなる。
涙で視界が滲んで、その上ぐらぐらと揺れるから文字がなかなか追えない……
斜め読みで読み取れた記事の内容は…………口にするのもおぞましい……
端的に言えば、レプラが押し寄せた暴徒達に陵辱されたというものだ。
ロイヤルベッドには似たような内容の記事の掲載は今までにもあった。
奴らの記事の中で私が強姦した女性の数は片手で数え切れない。
だが、結局は筆者の妄想記事。
汚名を書き立てても実際に行われていないことの罪は問えない。
信憑性が薄い低俗な記事を書き続ければ、情報媒体として自分の首を絞めることになるだけだし、わざわざまともに相手することはないと思っていた。
しかし…………これはダメだろう……….
記事の右側には複数の写真が貼られていた。
一番上に貼られていたのは……地下墓所で、鎖に繋がれているレプラの顔写真だった。
抵抗している様子で険しい顔をしている。
その下に貼られているのは…………こんなの、見れるわけがない!!
服を剥がれ殴りつけられているレプラの写真と首から上を写していない女の情事の写真が交互に並べられている。
情事の写真が別の女のものであることは私から見れば明らかだ。
しかし、タチが悪いのは半分以上、本物のレプラの写真だということ。
痛みに歪む顔の写真の隣に顔が見えない女の身体が犯されているのがあれば……まるで本当にレプラが陵辱されているように見える……
————気持ち悪い。
こんなのうそなんだけどそれに意味はなくて…………
これを見た人間はみんなレプラが……本当に……犯されたように……
————いやだ。
多くの民の頭の中でレプラが汚されてしまう……
————やめてくれ。
————やめてください。
————おねがいです。
思考が混濁し、情報の受容を全身が拒否している。
痛みに等しい吐き気が津波のように押し寄せて私の臓腑をかき混ぜるように嬲った。
「う……おええええええええっ!!」
床に膝を突き、嘔吐した。
ろくに食事を取っていなかったから出たのは胃液ばかりだ。
叔父上は足に吐瀉物がかかると、後ろにのけぞり、舌打ちをした。
「大変なことになってしまったな。
やはり、ロイヤルベッドは悪辣な新聞だ。
粛清する必要があるな」
…………明らかに用意された言葉。
しかも、自分で考えた言葉ではないのだろう。
「この……写真は…………」
「昨日の夕方頃から配られ始めておる。
王都の至る所に売り子が出ており、ウォールマン新聞を上回る勢いで買われているそうだ。
さもありなん、このように精細な絵で情事が描かれているのだ。
値段も1000オルタ程度と数時間荷物運びでもすれば稼げるものだ。
既に王都外に運ぶ便も出ていることだろうし、王国中————いや、噂を聞きつけて世界中に広まるかもしれんな。
あの売女の娘のあられもない姿がな」
そう語る叔父上の声音には節々に悦びが滲み出ている。
ああ、今ならよく分かる。
それは嬉しかろう。
気に食わない女がこの上ない辱めを受けて、邪魔で仕方ない甥がそれを見て打ちひしがれているのだから。
私は完全に読み間違えた。
負けてしまった。
私はマスコミに敗北した。
マスコミの毒牙はレプラの首の根に突き刺さり、彼女の尊厳は踏みにじり尽くされてしまう。
…………腹が立つなどという生易しいものではない。
今まで私が怒りと思っていたものが、些細なことだと思えてくる。
所詮我慢できること。
忘れてしまえること。
そんなもの怒りではない。
真の怒りとは我慢しようとする葛藤すら許さないほど強いものだったのだ。
「叔父上。いつの間に市井の金銭感覚を覚えられました?
オルタなどという細かい単位は平民が暮らしの中で使う程度の少額にしか使わない」
「あ……そ、それは自領の政務を行う身であるからして」
笑わせる。
平民の家族が一年間暮らすのにかかる生活費よりも高額なワインを安物呼ばわりするような世間知らずの浪費家のくせに。
「貴様のようなゲスの性根が今更変わるわけがなかろう。
無能の分際で用意された原稿を覚えるのは長けているようだな」
そう言い放つと、奴はカッとなって私の胸ぐらを掴もうと手を伸ばしてきた。
「貴様ぁ!! 王族の年長者たる我輩になんたる口を————ゴォォォホッェッ!?」
喉を貫手で突いて潰してやった。
これで耳障りな文句を吐くことはできまい。
胸がスッとした。
思えばこの人はずっとずっと不愉快な存在だった。
身体の弱い父上の仕事を支えるようなことはせず、貴族ではないフリーダ妃や男爵家出身の母上を軽んじ、裏では愚弄していた。
フランチェスカの傲慢な性格はコイツ譲りなのだ。
立ち上がると同時に蹴りを放ち、叔父上————ダールトンの腕を叩き折った。
「ぉぉぉぉ……ひ……ひはっ……」
床に転がって虫の息のような声をあげてのたうち回る奴を見て、思わず口元が緩んでしまう。
人を傷つける時に感じる嫌な気分が一切なかった。
むしろ奴の醜く歪む顔や汚らわしい悲鳴すら甘美なものに思えてくる。
だが、まだ足りない。
感情の赴くままこの怒りを解放してさらに燃え上がらせたい。
この愚かな王が、見逃してきてしまった全ての過ちを今から焼き尽くすのだ。




