誰も私を止めるな④
シャラン————シャラン————
ディナリスの周囲で金属が擦り合わされるような音が鳴り、敵から放たれた矢や鞭が切断されて落ちていく。
剣を持った手が微かにブレていることから飛んできた攻撃を捌いているのはたしかだが、太刀筋は全く見えない。
絶対不可侵の結界が張られているかのようだった。
「【飛花落葉】————で、どうする? ジル様。
殺すか? 見たところコイツらは本職だ。
拷問かけたくらいじゃ何も吐きそうにないぞ」
チラリと見返って私を見るディナリス。
彼女に言われるまで、敵から情報を引き摺り出すことなんて思いつきもしなかった。
ただ殺してやりたいとしか…………そうだな。
「手を切り落とせ」
私の言葉に五人の男達は慄いた。
ディナリスは眉一つ動かさずに、
「かしこまりぃ————【落花流水】」
軽い調子で剣を振るった。
相変わらず太刀筋は見えなかった。
が、次の瞬間、花が首ごともげるように5組10個の手首が地面に転がった。
「うわああああああああっ!! 腕がっ!?
俺の腕が!!」
悲鳴を上げ、手首からの出血を必死で押さえ込もうとする男達。
武術を身につけ、このような荒事を生業にしている者だ。
もうこれまでのようには生きていけない。
失われた両腕の先を見るたびに今日のことを死ぬまで後悔し続けるだろう。
…………いい気味だ。
「ご苦労。先に逃げた連中は?」
「さあな。私が剣を振るったのはここが最初だ」
逃したか…………
殺し損なった苛立ちもあるが、それ以上に嫌な予感がする。
靴の中に小石が入りこんだような気分と言えばいいだろうか。
「ま、長居は無用だ。
そちらの姫さまも治療が必要だしな」
「……ああ」
そうだ。レプラは大怪我をしているんだ。
医者に見せなくては……
犯人連中を裁くことなど今は大事じゃない。
熱に浮かされた頭を冷まし、上着をレプラに着せた。
サンク・レーベン修道院から脱出した私たちは隠れるようにして王宮に戻った。
私の寝室のベッドの上にレプラを寝かせる頃には太陽が真上に差し掛かっていた。
呼びつけた宮廷医はレプラがここにいることに驚いてはいたが、すぐに治療に取り掛かってくれた。
おかげで、意識を取り戻してはいないものもレプラは一命を取りとめ穏やかに寝息を立てている。
ベッドに横たわるレプラを見つめ続ける私に気づかってか、ディナリスが話しかけてきた。
「生きていて良かったな。
後遺症の心配もないらしいし…………ああ、それに手篭めにされなかったのも良かった。
これで、なんとか領主殿に言い訳もできる」
私を慰めようとしてくれているのだろうが、そんな言葉すら私は受け入れがたかった。
傷だらけで裸で吊るされた彼女を目にした時、心が壊れるかと思うほどに苦しかった。
あの時の私の感情を彼女は経験していないんだから。
「ジル様たちが教皇庁を出て間もなく、件の新聞記事が届けられてさ。
中の記事とレプラの写真を見た領主殿が間髪入れずに私を救助に向かわせたのだよ。
馬車ではなく早馬で駆け、馬が潰れてからは自らの脚で王都まで…………
王都に入ったらすぐにジル様の乗っていた馬車を見つけたからさ声かけてみたんだ。
そうしたらシウネからジル様が現場に直行したって聞いて、頭を抱えたよ。
助ける相手が増えてしまった、ってね」
ろくに相槌も打たない私に話しかけてくれるディナリスにかろうじて感謝の意を伝える。
「…………助けてくれて、ありがとう」
「ん。仕事のうちだ」
そう言って彼女は私の頭をぐしゃぐしゃと髪を混ぜるように撫でてくれた。
「あなたは彼女のためならば、そんなに泣き苦しめるんだな。
自分のことは我慢してしまうくせに」
「…………それが失敗だった。
もっと我慢せずに自分が大切なものを優先すればよかった。
私は完璧な王になどなれる器ではなかったのだから」
彼女に甘えるように嘆きを吐き出した。
「完璧な王なんてどこの国にもいなかったさ。
それでも世界は回ってるし、幸せに暮らしてる奴が大半だ」
「……そなたの言うとおりかもしれないな」
ようやく、気持ちが少し軽くなった。
だが、先の事を考えると気が重い。
マスコミがついに民の暴動を誘発した。
それにレプラを痛めつけた連中は間違いなく誰かに雇われていた本職だった。
故意的に仕組まれた完全な内乱扇動だ。
いかに新聞大綱にて記事内容の自由が保証されていようと今度ばかりは言い逃れさせない。
しかもロイヤルベッドではなく、ウォールマン新聞本誌でやってのけたのだ。
ジャスティンを王国議会の場で追求できる。
……が、そうなれば奴は手負いの獣がごとく反抗してくるだろう。
場合によっては多くの血が流れる結末になるかもしれない。




