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誰も私を止めるな②

 往来を走り続ける。

 だが目的地のサンク・レーベン修道院に近づけば近づくほど道は人で溢れかえってしまい、先に進めず前の様子が見えなくなってしまう。

 うっすらとだが、何かが焼けるような匂いを鼻が感知した。


 時間がない。


「許せ」


 言い訳がましく呟いて、前に立っている男の肩に飛び乗った。


「えっ!?」


 男は動揺してふらつき出したが、すぐさま別の男の肩を足場にして飛び移る。


 タンッ、タンッ、タンッ、と乗るというよりも触る程度の速さで人混みの頭上を跳ねながら前に進む。

 足場に使った民に文句を言われたが気にしていられるか。


 往来の角を曲がり、正面に現れたサンク・レーベンは……火の手が上がっていた。



 あり得ない…………



 国教会の建築物の中でも屈指の歴史と格式を誇るサンク・レーベン修道院だぞ!?

 それに火が放たれるなんて!?


「ハハハ……良い気味だ」

「天罰が落ちたんだよ、神様は俺たちの味方だ」

「あんな魔女を匿うから……教会も所詮は権力者の持ち物ね」

「首は斬った? だったら晒せよ!

 地面を転がして球蹴り始めようぜ!」


 集まった民たちは皆似たり寄ったりの憎悪を燃え盛る修道院と中にいるレプラに向けて送っている。


 そこまで、しなければならないことなのか?


 お前たちはレプラのことを何も知らないだろう?


 新聞記事で悪と書き立てられたから真偽も確かめず……いや、仮に真実であったとしても悪を断ずるためならば暴力がまかり通ると思っているのか?


「オイオイ! どうせならケツも晒してくれよ!

 王族御用達の便所の使い心地確かめてやるぜ!!」

「アッハッハッハッハッハッハッハ!!!」


 ……笑えるんだな。

 貴様らは。


 私はどうしようもなく下劣な言葉を垂れ流した男の脳天を思い切り踏みつけた。

 ゴブっ! とうめき声を上げて男は人混みの海に沈んでいった。


 修道院の正門はひしゃげ、地面に倒れており、そこから暴徒が侵入しているようだった。

 不幸中の幸いか、まだ建物自体はそこまで燃えていないようだった。

 だが、芝生が燃えた光に照らされた敷地内の光景は地獄のようだった。


 国教会付きの警備の兵たちはすでに武器を奪われ、

暴徒に一方的嬲られている。

 建物から逃げ出してきたと思われる修道女たちは衣服を剥かれて地面に転がされている。

 そんな彼女らを守ろうとした孤児たちが足蹴にされて顔から血を流している。


 何も見たくなかった。


 私の治める王都の中でこのような事態が起こってしまった。


 私は間違え続けてきたのだ。

 こうならないようにできたはずで、私がしなければならなかったのに……


 絹を裂くような悲鳴と狂気に浮かされた嗤い声が空に響く。


 呆けている場合ではない。

 今からでも止めなくては————


「やめろおおおおおおおおおっっ!!!」


 私は修道女に覆い被さった男の脇腹を蹴り上げ吹っ飛ばすと、次は兵士を殴りつけている集団に近づき一人一人地面に叩き伏せた。

 戦闘訓練どころかろくに体術も学んでいないだとすぐに分かった。


 こんな非力な者どもが盗賊まがいのことをするなんて!

 馬鹿げている!何もかも!


「鎮まれっ!!

 余の名はジルベール!!

 ジルベール・グラン・オルタンシア!!

 この国の王であるぞ!!」


 身体の中にある空気を全て吐き出すかのようにして叫んだ。

 叔父上やジャスティンのような太く通る声ではない。

 男にしては甲高くか細い声だ。

 それでも、周囲の人間を殴り倒しながら叫ぶ危険な乱入者に民衆の興味は引きつけられた。


「貴様ら……バカなことはやめろ!!

 新聞記事に踊らされて法に触れるような真似をするんじゃない!!

 あの記事にあることはデマだ!!

 王族だろうが平民だろうが人を殺せば罪に問われる!!

 外国籍の移民たちを殺傷して首を刎ねられた商人の事件は新聞に載らなかったのか!?」


 私の問いに対して、スラッパーと呼ばれる者たちは互いの顔を見合わせはじめた。

 ようやく自分のしでかしたことに気づき始めたか。


「そもそも国教会の敷地でこのような蛮行!!

 無抵抗の民やそれを守ろうとした者たちを害した罪は重い!!

 たとえ法による罰から逃れおおせたとしても汝が身に刻まれた罪はプレアデスの星々が見逃しはしない!!

 必ずしや断罪の炎に焼かれようぞ!!」


 プレアデス教の一節を引用することで敷地の外にいる見物人にも動揺が広がっていく。


 ここに集まっている者達は普通の民だ。

 スラッパーなどという蔑称を与えられ、人々に疎まれていようと、罰を恐れ、信仰心を抱く普通の民なのだ。


 その普通の民が……どうしてこのような愚かなことをするんだ?

 新聞に書かれたデタラメは彼らにはどのように見えていたのだ?


「へ、陛下っ!! お助けくださりありがとうございます!!

 ですが、中にレプラ様が!!」


 地を這う修道女が私に訴えかけてくる。


「レプラは!? 無事かっ!!」

「わ……分かりません!!

 ですが、中に押し入った連中は武器を持っていて私たちはなす術なく————」


 話を最後まで聞く暇はない。

 即座に建物の玄関に向かうが、男達が壁を作るように立ち塞がった。


「お前が国王陛下? はっ!

 ウソつけ!!

 国王は醜く肥え太ってまともに走ることもできないって新聞に書いてあったぞ!!」

「そうだそうだ! 国王の名を騙る不届き者が!!」

「卑劣な国王が人助けなんてするわけねーだろ!!

 ちゃんと勉強しろよ!! 情弱!!」


 唾を飛ばし、目を充血させて耳障りな音を立ておる…………鬱陶しいぃっ!!!


 玄関の横にあった石像の台座を殴りつけた。

 ゴッ! と鈍い音がなった後、台座はヒビが走って砕け、飾られていた天使像が落下した。


「……レプラに何かがあれば私のすべてを賭けて貴様らに罪を贖わせる。

 生まれてきたことを後悔するほど苦しむように尽力する」


 そう脅す私の顔は悪鬼のようだったのだろうか。

 目の前の男達は顔からありとあらゆる水分を流して震え上がり、完全に戦意を喪失して道を開けた。

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