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誰も私を止めるな①

 駆けていた。

 馬車を乗り捨て、街の中を自分の足で。

 女装のための化粧も衣装もウィッグも何もつけずに街を歩くのは久しぶりだった。


 女装なんて真似をしなければまともに外を歩く事ができなかった私が恐怖も人の目も忘れていた。

 ただ、急がなければという焦りが私を突き動かしている。


 後悔している。


 レプラを手放したことも自分が王都を離れていたことも。

 そして何より————————






 王都に帰ってきたのは夜明け前だった。

 普段は人っ子一人いない時間帯にも関わらず往来には人が出てきていて騒がしい。

 すると、御者が馬車の扉を開けて報告してきた。


「どうやらこの先で暴動が起きているそうです。

 別の道から帰りましょう」

「暴動だと? 郊外に近いとはいえ王都の中だぞ」


 にわかに信じがたい話だった。

 王都の治安は年々良くなってきていた。

 それは民の暮らしが豊かになっていることの証であり、私の治世が間違っていないことの証明でもある。

 だから咎められたような気分だ。

 お前は間違っていた、と。


「うーん、暴動ってスラッパーの連中じゃないですかね?」

「スラッパー?」


 聞き慣れない単語をシウネが発した。

 彼女は少し眠たげに語り始める。


「庶民の間で使われるスラングですよ。

 親のスネを齧って働いてなかったり、短時間の労働だけをして最低限のお金で暮らして……というかほとんど前者で、穀潰ごくつぶしのシャレた呼び名です。

 そんな暮らしをしているから暇を持て余しているもんで、似たような境遇の連中と寄り合っちゃって。

 あり余った時間と体力をどこかで発散させたくてケンカしたり、気に入らない店で暴れたりするんですよ」


 シウネが恨めしげに語る内容は私の知識にないものだった。

 新聞にも掲載されていなかった筈だ。

 彼女が私を謀っている可能性はなきにしもあらずだが。


「親に齧れるスネがあるなんて素直にうらやましいです。

 多分、陛下が出くわすと面倒なことになるかも。

 連中は基本的にマスコミ信者ですから」

「は? そうなのか?」

「ええ。連中は暇を持て余しているので。

 良い家庭で育って、そこそこ教育レベル高い者も多いし、自分の知性をアピールして自己顕示したいんですよ。

 新聞記事を読み漁って、昼間から酒を飲みながら仲間内で討論して知識人ぶるんです。

『最近の政治はなってない! 俺なら、もっと良い政治ができる!』とかなんとか。

 その前にお前ら仕事しろよ、って話ですが」


 聞いていて頭が痛くなる。

 民の暮らしを豊かにすれば万事上手くいくと思っていたが、そう甘くはないらしい。


「でも……なんだか雰囲気が異常ですね。

 普段スラッパーが暴れるくらいで一般市民が外に出て見に行くなんてあり得ませんよ。

 なんだか、祭りを見にいくみたいに浮かれた顔をしていますし」


 馬車の窓にかけられたカーテンをわずかに開けて外の様子を窺う。

 ランタンを持った人々が同じ方向に向かって歩いていく。

 たしかにその顔は笑みが滲んでいる。


 嫌な予感がした。

 それはシウネも同様だったようだ。


「気になりますねぇ。

 どこに向かっているか、聞いてきますよ」


 そう言って軽やかに馬車を降り、往来を小走りしていた青年に声をかけた。

 数十秒後、彼女は血相を変えて戻ってきた。


「た、大変です!!

 これを見てください!!」


 手に握られていたのは新聞だ。

 しかもウォールマン……

 そういえば、今朝の号は見ていなかった。


 新聞を開けると、そこには目を疑うものが二つあった。


 一つは悪質なデマ記事だ。

 レプラが王族でも平民でもないから殺しても大丈夫だなんて……馬鹿げた理論だ。

 これを間に受けるヤツがいるだなんて考えたくない。


 そしてもう一つは、紙面に糊で貼られた……レプラの写真だった。

 国教会の正装である紺色銀糸のローブを纏い、うっすらと微笑んでいる。

 泣きたくなるほど懐かしいその顔に見惚れていると、


「陛下っ!! マズイですよ!!

 メチャクチャマズいです!!」


 シウネが取り乱し、私の服にしがみつき眼前で声を上げる。


「結論から申します……レプラ様の身が危険です!」

「……どういうことだ?」

「こんな金髪碧眼で色白で典型的な貴族美人!

 平民はまずお目にかかることがない!

 スラッパーの連中は貴族嫌いですからね!」

「だからどういうことだ!

 貴族嫌いの者たちがその写真を見たからといってどうなるというんだ!」


 要領を得ないシウネの言葉————いや、私が自分の頭に浮かんだ推測を認めたくなかったのかもしれない。

 グシャリと新聞を握りつぶしてしまい、写真のレプラの顔が歪んだ。


「気に食わない女が綺麗だったら!!

 踏みにじって酷い目に合わせてやろうと思うのがゲスな男の思考なんですよ!!」


 蹴り飛ばされたかのように、心臓が跳ねた。

 シウネは歯ぎしりしながら続ける。


「集団になると人間の感情は共感によって増幅します!

 一揆や私刑リンチが良い例です!

 しかも、こんな風に新聞記事で怒りを煽られて、正当性まで強調されて……挙句、写真まで使うなんて!!

 明らかにこの新聞はレプラ様に読者の暴動を誘発する悪意に満ちています!

 建前とはいえ国を乱した悪党を討伐する正義を掲げているから、スラッパーでもない普通の市民まで暴動に興味を惹かれてしまっているんです!!

 ああ……それに、いや、どうしてウォールマン新聞社が写真を……しかも新聞に貼り付けているということは複製にも成功している……ありえない……ありえない……」


 シウネは私に説明するのをやめて自らの思考に耽った。

 だが、こちらももう彼女に用はない。


「どけ」

「え、きゃっ!」


 彼女を押しのけて私は馬車の外に出た。

 馬車の外に立っていた護衛の騎士たちが血相を変えて私を見つめる。


「陛下! 危険です!」

「どけ」


 忠義などないくせに、私の行動は抑制しようとする。

 腹ただしい。


「なりません! 車にお戻りください!」

「ご自分のお立場をお考え————」

「うるさい!! どけえぇぇぇっ!!!」


 引き留めようとする騎士たちを殴り倒し、街を駆け出した。

 甲冑をつけた騎士たちでは追いつくことはできない。

 護衛もつけず、剣も持たない丸腰の王が一人、暴動の渦中に向かう。

 王にあるまじき軽率さだ。


 だから叱ってくれ————レプラ!!

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