彼女が幸せなら、かまわない⑪
比翼の儀が終わり、早々に帰り支度を始めた。
王宮に戻ればおそらく書類が山積みになっていることだろう。
もう日暮れだが明日の朝までには王都に戻りたい。
今夜も馬車の中で眠ることになる。
「はぁ〜〜!!
さすが陛下の使われている馬車ですね!
作りが素晴らしい!
馬車の製作技術はスタンレイ工房がズバ抜けてますよねぇ!」
……眠れるのか?
うるさそうなのがついてくる羽目になったけど。
「不満そうな顔をするなよ、ジル様。
若いイイ女を連れて帰れるんだ。
私に感謝してくれよ」
ディナリスがドヤ顔でのたまっている。
儀式の見物中にシウネと仲良くなったようだ。
シウネは私と酒を酌み交わしたディナリスを羨ましく思ってるらしく「だったら、アンタも相乗りしてしまえ」と帰り道の馬車にシウネを乗せることになってしまった。
「ところでバルトはどうした?」
「領主殿は落ち着く場所で眠りたいんだと。
護衛の私がそばにいないわけには行くまい」
「勝手な奴だ。
昨日はバルトのせいでろくに眠れなかったのに」
昨夜聞かされたレプラの結婚話……身請け話と言い換えても良いかもしれない。
彼女に断る理由も権利もないだろう。
教皇から聞いた話にしても王都にいる限り、彼女に安息は訪れそうもない。
私は取り残された我が身を憐れむだけでレプラのことを考えていなかったんだ。
彼女を想えば……この上ない良い話だ。
「ところでジル様。
領主殿から打診があった。
私の剣をジル様に預けて良いか、って」
「ああ、そういえばそういう条件だったな」
ディナリスを譲っても構わない。
レプラを自領に連れて行く代わりだったら。
やれやれ、全部計算づくだったのだな。
危険の多い我が身を案じて強力な護衛であるディナリスを預けたい。
だが、彼女の力はあまりにも大きく、ただで献上するには外聞が良くない。
特に彼の家臣団からは。
当然だ。彼女がいるといないとでは戦死者数の桁が変わってくるだろう。
そこで、レプラとの交換という私の感情的にもっともらしい理由と結びつけたのだ。
レプラとともに得た国教会の協力で隣国との摩擦は緩和される。
ディナリスが開いた穴は埋まると踏んだのだろう。
実に賢しい政治手腕だ。
中央で私を支えてくれればどれだけ心強かったろうか。
「ディナリスが護衛騎士となってくれれば万兵を連れて歩くようなものだ。
私の身の安全は保証されよう。
それに、なんだ……私はそなたのことを気に入っている」
レプラがいなくなって気楽に話せる相手はいなくなった。
幼馴染のバルトならばともかく、新しく出会う人間、特に女性と友好的な関係に至ることはできないと思っていた。
だけど、彼女は強引に塞ぎ込んでいた私の目を前に向けさせた。
今まで出会ったどんな女性とも違う彼女に、惹かれていると自覚している。
「ハハ……面と向かって言われると照れてしまうな。
王族にそのような好意を寄せられるのは初めてだ」
笑いながらもまんざらではないのだろうと思う。
彼女をそばに置いていれば、私はきっと今よりずっと楽になれるだろう。
それは、とても恐ろしいことだ。
「だがディナリス。
バルトとの約束は反故にしようと思う」
「へ?」
「案ずるな。
バルトの要求は無条件で呑むつもりだ。
むしろ、私の方から頼まねばならんことだった。
ディナリス。そなたは引き続き、バルトや彼の領地と民を守り続けてくれ」
「ちょっと待った!
あなたは言ったろう!
私がいれば安全で、私のことを気に入ってくれていると!」
食い下がるディナリス。
初めて彼女が取り乱したところを見た。
そんな様子もまた手放したくない気持ちを込み上げさせる。
だが、だめだ。
「私一人の命と心の平穏など、危険地帯であるシュバルツハイムの安全と比べればチリのようなものだ。
王が我が身を守るために民に危険を強いるわけにはいかない」
「またそんなことを!
領主殿や私が言ったことを何一つ理解できていないんだな!」
「分かっているさ。
私のことを想ってくれる人がいる。
ありがたいことだ」
「だったら自分を大切にしろ!
捨て鉢になるなっ!」
ディナリスの怒鳴り声が響く。
分かっている。
これは想ってくれている人を裏切るような態度だと。
ただ、どうしようもないんだ。
私は王であり続けなければならない。
そして、その生き方しか知らないんだから。
「私は王で、この国を動かすための道具だ。
私をどう扱うかは国が決める。
そんなことよりも、シュバルツハイムには私の大切な人が住むことになる。
彼女が幸せなら、かまわないんだ。
だからそなたの剣は彼女たちを守るために————」
バンっ! と左耳の鼓膜が破れるかと思うほど大きな音がして、気づけば私は地面に転がっていた。
見上げると、ディナリスが右腕を振り切ったまま怖い顔で私を睨みつけている。
どうやらビンタされたようだ。
「なんで……あなたが奥さんに大切にされないか分かったよ。
あなたがあなた自身を大切にしないからだ。
他人のために自分の身を削ることを厭わない。
それだけ聞けば英雄的だが、自分の身が痛いことよりも目の前で痛がる人がいることに耐えられないってだけだ。
そんな人間、どう扱っていいか…………もう!! 分からんよっ!!
ジルベールのバカ野郎ぉっ!!」
怒鳴りつけて私に背を向けて走り去った。
一瞬、彼女の目に光るものが見えたような…………よそう。
考えるな。
「これは嫌われたな」
苦し紛れにうそぶいてみた。
それをシウネは聞き逃さず、
「そんなことないと思いますよ。
嫌いな人が間違った方向に向かっているのなら怒らったりしません」
と意見してきた。
「そなたにも私は間違って見えるのか?」
そう問うと、彼女は黙って頭を下げた。
聞くまでもなかったな。
その後、私はシウネを同乗させて教皇庁を離れた。
馬車の中では彼女の研究や発明の話を聞かせてもらった。
私には理解の及ばないことだらけだったが、彼女の頭脳はこの国だけでなく、世界を良い方向に導いて行くのだろうと思った。
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【朗報】噂の傾国の美女に対しては何をしても罪に問われないらしい!! 「ん? なんでもって言ったよね?」
サ●ク・レーベン修道院に居座っている元王女のレプラ。
王家の血が流れていないと知られてからも長年多大な税金を使って贅沢三昧していた魔女にお灸を据えてやりたい、と思うのは自然なことではないだろうか。
我々国民は苦しんでいる。
国王は「今日食べるパンがない時代から比べればマシではないか!」とでも言って自分の政策を正当化しようとするだろうが、明日のパンに困る国民はごまんといる。
我々、下々の国民の怒りは高まっている。
下々、といえば少し面白い話を聞いた。
我々国民には戸籍というものがある。
奴隷であろうと奴隷籍、貴族には貴族籍と我名前は違えどこの国の人間は皆戸籍を持っているのだ。
王族を除いては。
元来、戸籍とは下々の者を管理するために支配者が作らせたものなのだ。
故に支配者である王族が戸籍に入るわけがない。
王族の中には貴族に嫁いだりする者もいるが、彼女たちはその際に貴族籍を取得する。
言い換えれば王族とは人間ではないのだ。
ただ高貴な立場であるから憲法において別格の待遇が保証されているし、もし害そうとすれば族滅の罰を受ける。
だけど、あのレプラは?
彼女は先日の一件で、完全に王族から追い出された。
その上、嫁入りしたわけでもないから戸籍も持っていない。
戸籍のない人間なのだ。
つまり、奴隷以下の存在だ。
刑法において、人を殺せば殺人罪となる。
しかし、奴隷を殺せば器物損壊罪だ。
それ以下の彼女は?
これ以上は言うまでもないだろう。
その色香で国王を誑かし、悪行を繰り返してきた悪女の末路は、国民の怒りによって制裁されるという無惨なものかもしれない…………
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