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彼女が幸せなら、かまわない⑧

 国教会の本部————教皇庁。

 辿り着くなり、教皇との謁見が執り行われることとなり、私とバルトは謁見の間に向かった。


 プレアデス教における最高位の聖職者、教皇オルディン。

 その権威は国内だけでなく世界中に及ぶが、それ以上に人間、いや生物として奇跡のような存在である。

 というのも、彼の教皇在位期間は100年を超えるからだ。

 推定年齢は200歳というがそれも確かめようがない。

 さすがに御伽噺に出てくるエルフのような不老の存在というわけではなく、背丈は子供のように小さく、顔にはびっしりひび割れたような皺が入っている。

 目と耳が並の老人程度に健在なのはさすがだが。


「政務繁多の最中、此度の来訪褒めて遣わす。

 だが……最近のそなたには落胆させられておる。

 奸物どもに振り回されてまともに政を行えず、怯えた子供のようにひっそりと議会の席に座っているだけのそうな」


 会話の切り出しがそれか、と内心反発するが頭を下げてやり過ごそうとする。

 しかし、三歩下がった場所にいるバルトがそれを許さない。


「まともに仕事していないというのは語弊があるでしょう。

 陛下はやるべきことをやられている。

 悪い噂を流されるのを怖れて何もせずにいる議員と一緒にしないでいただこう。

 事実、陛下の立案した中部地方の開拓事業や王都の再開発などは雇用を拡大して経済活動を活発化させている。

 十年二十年先を見据えた素晴らしい政策です。

 これだけの手腕を振るった王は猊下の記憶にもそうはいらっしゃらないでしょう」


 大袈裟に私を擁護するバルトに教皇はため息まじりに応える。


「まともな政とは民の腹を満たすだけでは足りぬ。

 為政者に対する感謝や忠誠を満たして初めてまともと呼べる。

 にも関わらず、民はジルベール王こそが王国史上最悪の愚王と蔑んでいる。

 由々しき事態と思わぬか」

「新聞に踊らされた愚民のいうことでしょう。

 風評などよりも成したことで評価をされるべきでは?」

「王は神に代わって地を治めるものの称号で有る。

 すなわち、王から民の心が離れるということは神への信仰が失われるということなり。

 気を引き締めて務めに励め」


 チッ、とバルトが不遜にも舌打ちをした。

 聞こえていないかハラハラしたが、見咎める様子はない。


「それよりも……だ。

 レプラを王宮から追い出した件、そなたはどう考えておる。

 余との約束を忘れたか?」

「不甲斐なきことと受け止めております。

 すべては彼女を守りきれなかった私の責任です」


 それだって陛下のせいではない、と口を挟もうとするバルトを手で制し、私は教皇の苦言を一身に受けた。


「知っているだろうが、サンク・レーベン修道院に彼女を匿っている。

 しかし、今の状況を良しとはしていない。

 先日も壁に落書きが描かれたり、汚物を投げ込まれたりしている」

「すぐに憲兵を差し向けます。

 あと護衛の兵も」

「その場しのぎだな。

 民を啓蒙せねば何も変わらない。

 風評に踊らされ、悪徳を行うことに躊躇いを持たなくなった者はもはや賊である。

 まして祈りを捧げる場である修道院を汚損するなど背教者そのもの。

 続くようであれば我々も黙っておらん」

「……直ちに、対応いたします」


 腹に据えかねているのは当然だろう。

 しかし、修道院に害が出ているとは……

 思っている以上に民衆は新聞の影響を受けているということか。

 重くなった空気を蹴り飛ばすようにバルトは口を開く。


「とりあえず、サンク・レーベンに関してはすぐ静かになりますよ。

 私がレプラを娶り、シュバルツハイム領に連れて行きますので」

「なんだと?」


 ガタリと教皇の椅子が動いた。

 表情が読み取りにくい老顔でもわかるほどに驚愕が表れていた。


「このままずっと、彼女を匿い続けさせるわけにはいかないでしょう。

 厄介ごとを進んで引き受けるほど、誰もがお人好しというわけでもない」

「貴殿はお人好しということか?

 シュバルツハイム卿」

「いえ、私は私の利のために動いています。

 貞潔なる御耳に聞かせるのは憚られますが、私は彼女が欲しいのです。

 愛おしく思っておりますので」


 私の耳にも聞かせないでくれ……

 黙認すると決めたのに胸が掻きむしられるようだ。


 一方、教皇は思案顔をしたかと思うと、側近を呼んで人払いをさせた。

 広い教皇の間に残されたのは私と教皇と側近、そしてバルト。


 ふぅ、と息をついた教皇は肘掛けの上に頬杖を突きながらバルトに尋ねる。


「で………どこまで知っておる?」

「どこまで、と申しますと?」

「レプラの出生についてだ」


 静かながらも迫力ある教皇の声に圧され、バルトは不満げに答える。


「先代のリヒャルト様と正室のフリーダ妃との間に生まれた第一子………ではない。

 彼女と首楼閣しゅろうかく)————プレアデス教の最高幹部会の使い走りをさせられていた司祭との間にできた子とされています。

 少なくとも王家の調べではそうだったはずです」


 妙に奥歯に物の挟まったような言い方をするバルトに違和感を覚えた。


「どういうことだ? 私もそのように聞かされていたのだが」

「矛盾が多すぎるんですよ。この説は。

 プレアデス教の敬虔な信者であるフリーダ様が不倫なんて愚を犯す。

 しかも相手は使いパシリとはいえ首楼閣の関係者。

 将来の重役候補でしょう。

 国教会の上層部に対して神は不貞をお許しになられたわけではあるまい」


 教皇を煽るように手振りを交え語る内容に私の耳は惹きつけられた。

 たしかに、事件発覚時にはフリーダ妃は亡くなっていたし、真相は闇の中。

 信じやすい情報に食い付かされていたのか?


「仮にこのスキャンダルが捏造されたものだとすれば、無用な被害を被ったのは国教会だ。

 未来ある若者を贄に捧げて、しかもバレれば信用は失墜してしまう。

 だが、かすり傷すら厭うあなた方がそんな濡れ衣を着せられるとは考え難い。

 だとすれば、考えられるのは『もっとヤバいことを隠すためにマシなストーリーをでっち上げた』ということでしょう」


 教皇の目がじっとバルトを見据えている。

 しかし、バルトめ。

 私にはこんな話一度もしなかったではないか。


 腹ただしく思っていると、教皇はため息をついた。


「要するに……何も分かっていない、ということだな」


 バルトもフッと緊張を解いて答える。


「猊下にハッタリは効きませんか。

 やむを得ませんね。

 結婚相手の素性を知る好機でしたが」

「そちが欲しいのは神の慈悲であろう。

 東方の同志に告げよう。

 シュバルツハイムの領主は敬虔なる神の徒であると」


 婉曲的な表現は、隣国ヴィルシュタインの教会を通じてシュバルツハイムとの国境線争いを抑えるのに協力することを意味する。

 深々と頭を下げるバルト。

 教皇は怪訝な顔をしていただろう私に視線を移す。


「今、何を考えている?」

「やはり猊下はレプラに対して過分なほどに気遣われているな、と」


 教皇の約束はただ言葉を交わすだけではない。

 工作費用の名目で莫大な賄賂を贈らなければならない。

 その金額は少なくとも修道院を一つ二つ建てる程度では収まらないだろう。


「心配せずともよい。

 余が彼女の父親などという悲劇はない」

「アルルカンの落ち子のようなこと、猊下がされるとは思いませんよ」


 機転を利かせて返すとようやく教皇は頬を緩めた。

 どうやらご機嫌取りはできたようだ。


「レプラを嫁がせるのであれば、その前に我が元を訪ねるよう伝えよ。

 それが済めば余は関知せぬ」


 と言い放ち、謁見は終了した。

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