彼女が幸せなら、かまわない⑥
翌日行われる国教会の祭事のために私は夕刻に馬車に乗り込み、王宮を出立した。
普段は揺れる馬車の中で眠り翌日に備えるのだが、
「二日酔いには酒が一番ですなあ!
陛下もどうぞ!」
「はあ……バカらしい」
向かいの席には酒瓶とグラスを持ったバルトと呆れ顔のディナリスが座っている。
「自分の領地では気を抜けないこともある。
たまにハメを外すくらいは大目に見てやってくれ」
「さすが陛下! 話が分かる!
どうぞ一杯!」
「遠慮しておく。
明日があるんでな」
私が断るとバルトは寂しそうに席に戻り、ディナリスに酌をしてもらおうとするもかわされている。
この馬車は王都から北へ80キロ程離れた教皇庁に向かっている。
国教会の本部がある教皇庁はプレノウス教の総本山であり、現代における最高峰の聖地だ。
聖オルタンシア王国と国名に聖がつくように、我が国と国教であるプレアデス教の繋がりは強い。
プレアデス教の聖典の一節『神に代わって、人の群れを束ね導き、地を治める役目を授かりし者を王と呼ぶ』に基づき、我が国における王族の権威は神から授けられたものとされている。
国教会がオルタンシア王家を統治者として認め、オルタンシア王家は国教会を保護する。
両者の利が一致した結果が現王政と国教会の成り立ちだ。
故に、私は国教会の長である教皇猊下とは親密な関係を維持するため、国教会の行う祭事などには積極的に参加しなくてはならない。
と、俗に言うお付き合いというやつであまり楽しい行事ではないのだが、バルトとディナリスは付いてきた。
夜になったが変わらず馬車は走り続けている。
ディナリスは座ったまま腕を組んで眠っている。
頃合いか……
「何を企んでいるんだ、バルト」
「企むだなんて人聞きが悪い」
「果実水を飲んで酔ったフリをしている奴が何も企んでいないわけないだろう」
私がそう告げると、バルトは急に真面目な顔になった。
「ジル様を謀るつもりはないですけどね。
御身の周りはいろいろときな臭いでしょう。
秘書官や侍女はレプラの入れ知恵がまだ効いていますが、王宮内の親ジルベール派とも呼べる人物たちが次々左遷されたり、暇乞いをしている」
「私を支持するということはそういうことだ。
以前、ロイヤルベッドという低俗な新聞屋が王宮内の女性に下劣極まりない中傷を行った。
そのせいで婚約破棄をされたり、悪評に踊らされた者に無体な仕打ちを受けたり……それを思えば、離れてくれた方が気が休まる」
「こっちは気が気でないですよ。
もう少し自衛のことを考えてください」
「だったら、ディナリスを譲って頂こうかな」
彼女の寝顔を見ながら冗談めかして言ってみた。
そう、冗談のつもりだった。
なのにバルトは険しい顔をする。
意外な反応に少し焦った。
「戯言だ。激戦地のそなたの領からエースを奪うわけなかろう」
と笑って誤魔化そうとする。
だが、バルトは笑い返さず重々しく口を開いた。
「おっしゃる通り、ディナリスは我が領にとって替えが効かない戦力です。
ですが……条件次第では考えなくもありません」
まっすぐ私の目を見据えるバルト。
幼馴染同士でも王と臣でもなく、交渉相手として私を見ているのが明らかだった。
用を足す、と言って私とバルトは馬車の外に出て離れた原っぱに二人で向かった。
御者にも護衛の騎士にも会話を聞き取られないようにするために。
「王都に来たのは正解でした。
やはり、小鳥の囀りを聴くより自分の耳目を頼った方が分かることも多い。
二日酔いのフリをしていましたが、実はこっそりいろいろかぎまわっていたのです」
「かもしれないとは思っていた。
そなたは時間を無駄にするのを嫌うからな」
言葉を交わしながら二人横に並んで用を足す。
終えた後、バルトは私に向き直り、再び口を開いた。
「先程の条件ですが、私は本当に陛下にディナリスを預けてもいいと考えております。
気まぐれな猫のようなところはあるが、あれでなかなか義理堅い。
まして陛下は気に入られている。
庭園で戯れあっている様子はまるで恋人のようでしたよ」
「見られていたか……
いや、そういうつもりで彼女を欲しているわけではない」
まあ、下心が一切ないと言い切れないが……
「だけどあなたには必要だ。
心を許して話せる相手……できれば女人がいい。
下世話ですが若い御身が禁欲し続けるのは不健全でしょう」
「まして妻を寝取られている身だからな」
私の自虐にバルトは痛々しい顔をする。
「そんな目で見るな。すまない」
「いえ……ともかく、ディナリスをあなたに預けるのは私としても悪くないと思っています。
だから、その条件を申し上げます」
バルトはその場に跪き、私を見上げて懇願する。
「レプラを我が正室に迎え入れさせてください」
………………は?




