暴れん坊王子は麻薬栽培を許さない③
「ジルベール……なんということをしてしまったのだ」
サイサリス領から帰還して1週間。
ようやく謁見の機会を頂いた父上……いや、王から僕に投げかけられた言葉は、怒りと落胆に満ち溢れていた。
「何を怒っていられるのです?
僕は悪業を働いていたラクサスを捕まえたんですよ」
父は立派な国王であり、僕の目指す理想だ。
清廉潔白で民を思い、私欲を抱かない。
そんな父がラクサスの横暴で身勝手な振る舞いを許すわけがない。
そう思っていたから僕のやったことを褒めてくれるのだろうと思っていた。
ところが、
「痴れ者がっ!!
貴様が世間でどのように思われているか目を見開いて確かめよ!!」
痩せた父が腹の底から搾り出すようにして大きな声で怒鳴る。
それだけのことで苦痛に顔を歪める様子は見ているだけで痛々しい。
だから怒りの原因が僕にあるとは思いたくなかった。
側近の一人が丸められた紙を僕に手渡す。
広げてみるとそれは新聞だった。
『ウォールマンニュース』
王国内で最も多くの人に読まれている新聞、らしい。
新聞という情報媒体は不特定多数の人間に情報を伝達する手段であるため機密情報は載せられない。
また、浅学な平民や農民でも社会の動きを掴めるように書かれているため、実際に社会を動かす王侯貴族が読むには無価値で低俗過ぎるものと遠ざけられていた。
僕は民の暮らしを思うなら民と同じ目線で物事を見るべきだと考えている。
何故、遠ざけるのか分からなかったが……瞬時に理解してしまった。
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【第一王子ご乱心! 大貴族サイサリス侯爵の土地を荒らし家来を剣で斬りつける蛮行! 王国の未来は暗い?】
第一王子ジルベール殿下が家来を引き連れてサイサリス侯爵領の集団農場に押し入り、作物を荒らす蛮行に出た。
「何をする!」
と侯爵が咎めると
「ここにおわすお方をどなたと心得る!!」
などと権力を盾に傲岸不遜な態度を取ってサイサリス卿に土下座させた。
それだけでは飽き足らず、剣を取って家来たちに切りかかった。
王位継承権第一位であるジルベール殿下は近い将来国王に即位される。
そんな相手に反撃することなど許されない。
ケガでもさせれば主君が責任を取らされる。
忠臣たちは殿下の剣を歯を食いしばって受けた。
幸い、ジルベール殿下の腕が悪かったのか剣がなまくらだったのか分からないが死人は出ていないらしい。
だが、領主であるサイサリス卿も首を絞められて失神した。
これだけでもとんでもない蛮行なのだが、極め付けは集団農場で働いている民に向かって、
「お前たちは解散だ。元住んでいた場所に戻れ」
と勝手に命令したのだ。
サイサリス卿が経営していた集団農場は食い詰め者の保護を行っていた。
仕事もパンを買う金もない貧民層に仕事と食事と寝床を与えて働かせていた。
それをジルベール殿下は台無しにしたのだ。
敬愛する主君を失い、働く場所を失った彼らが辿る末路はあまりにも暗い。
そしてこのような邪智暴虐な王子がやがて即位する我が国の未来も…………
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「な、なんですかっ!? これは!?」
怒りに新聞を持つ手が震えた。
父上は落胆の表情で僕を見つめる。
「昨日の朝、王都内で売られていた物だ。
これから王国の各領にも届けられる。
ひと月後には辺境の山奥の村にまでこの悪評は伝わることだろう」
「悪評!? こんなの大嘘です!!
サイサリス卿はカナシスの違法栽培をしていてその上、領民たちに圧政を敷き借金奴隷を作り上げ強制的に働かせていたのです!
それに現場を目撃した僕を殺そうとした!」
怒りで目の奥が熱くなる。
この新聞記事はデタラメだ。
これじゃまるで僕が悪いことをしたみたいに、
「ならばお前はサイサリス卿の家来に何もしていないのだな?」
「そ、それは……ですがアレは」
「王子という身分を使って命令していない、サイサリス卿の首を絞めてもいない。
そこで働いていた者たちを解散させてもいない。
そういうことなのだな?」
僕は言葉を失った。
違う……たしかにそうだけど違うんだ、父上!
と叫びたかったができない。
このウォールマンニュースはほぼ真実を載せている。
ただ一つ問題なのはサイサリス卿の悪事が一切書かれていないことだ。
そのせいで悪を誅した僕が、権力を傘に理不尽に暴れ回ったバカ王子にしか見えなくなっている。
これを読んだ人間が内容を鵜呑みにしたら……
「父上! これを差し止めましょう!
王家の威厳に関わります!」
「不可能だ。新聞の発刊、配達を止めることは法律で禁止されている。
それに既に王都中に行き渡っているのだ。
民のお前に対する評判は滝を滑るが如く勢いよく下落している」
「だったら訂正を求めます!
サイサリスの悪行をウォールマンニュースに記事にしてもらい僕の行為の正当性を」
「王族が直接新聞社に抗議する権利はない。
王国議会の承認がいる。
しかしそれは通らんだろう。
議会にはウォールマンニュースを発刊している新聞社の社長がいる。
平民派閥を束ねる有力者だ。
誰も益なしに争いたい相手ではない」
「益とか! そういう問題じゃないでしょう!
新聞とは真実を民に伝えるものでしょう!
こんな偏った情報しか与えられないのは民にとって不幸でしか————」
「いい加減にせよ!!
自分が的になったからと言って小鳥のように囀りおって!!」
父が再び怒鳴り声を上げた。
「たとえサイサリスが悪であろうと、お前が武力や権力で奴を叩きのめしたことに変わりはない!
それは自身の王子という立場を濫用したということだ。
この国で悪を捕らえるのは憲兵で裁くのは裁判員の役目。
王はひとりの国家の下僕であり、王子はその候補に過ぎない。
秩序を乱すことは許されん!
よって貴様には謹慎を申しつける。
余が許すまで王宮の外に出ることまかりならん!!」
ここまで父上に一方的に怒られることなどなかった。
厳格ながらも冷静で穏やかなお方だ。
その父上が顔色を変えて僕を叱った。
怒鳴るたびに内臓から血が滲んでいるような痛々しい怒り方で。
辛くて悲しくて、自分の怒りがどうでもよくなるくらい気持ちが落ち込んだ。




