彼女が幸せなら、かまわない①
レプラが王宮を去って一ヶ月が過ぎた。
彼女の残した言葉の通り、優秀な秘書官や側仕えの者たちはすぐに彼女の仕事を引き継ぎ、私の仕事と暮らしは以前と変わらないままだった。
「陛下。レプラ様の消息についての記事が『ロイヤルベッド』に」
「持ってまいれ」
5人いる秘書官の筆頭である第一秘書アントニオ・フォン・ノルウェイは背中に潜ませていた新聞を私に差し出した。
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【傾国の美女レプラ、まさかのご懐妊!?
赤ちゃんを育てる準備はできている! と言わんばかりに張り出した美巨乳の秘密】
王国議会の場でジャスティン社長が王室の大スキャンダル『リヒャルト王の失地』を明らかにしてからはやひと月が過ぎたが、まだ演目は終わらない。
本件の主演女優であるレプラは未練がましくも王都に残っている。
普通の神経をしていれば己の生まれを恥じて自害するか、田舎に隠れて過去を捨てて生きていくようなものなのに、母親に似てふてぶてしいことだ。
「私は王女よ! 国王の姉なのよ!」
と言わんばかりに贅沢な暮らしをしている。
今、彼女が身を寄せているのは国教会の直轄施設であるサン●・レーベン修道院である。
出家した僧侶や巫女が慎ましやかに暮らすこの場所で彼女は剃髪することもなく、王宮にいた頃と変わらない贅沢三昧を続けている。
修道院に併設された孤児院では飢え苦しんでいる子供が沢山いるのに……この世に神はいないのか!?
さて、実は本誌はさらに衝撃的な情報を仕入れている。
どうやらレプラは妊娠しているらしい。
関係者の話によると日増しに顔は丸みを帯び、お腹も大きくなってきているとのこと。
そして、先述の議会で「鶏ガラのような娘」とダールトン公爵に揶揄された貧相な身体は妊娠によって乳房が膨らみ、真夏の果実のように甘く熟してきているらしい。
子供の父親はおそらくは陛下だろうが、そもそも何年も世を謀っていた女だ。
何処の馬の骨を咥え込んだか分かったものではない。
故に我々は彼女を追い続けたいと思う。
次に国が揺らぐような事態になるとすれば、その震源地は間違いなく彼女、レプラだ。
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「ふむ……孤児院の暮らしは困窮しているのか?」
「そこですか!?
もっと気になるところがあるでしょう!?」
「フン。こんなデマだらけの記事に付き合う暇は持ち合わせていない。
レプラと余に男女の関係はない。
あと、彼女がどこぞの男と逢瀬を楽しんでいた気配もない。
あったら…………嫌だなぁ」
ボヤきながら新聞をグシャグシャに握りつぶそうとしたが、ふと気になる箇所があったことを思い出して、再び紙面を開いた。
「ただ……彼女の住処が晒されたのはいただけんな。
この意味のない伏せ字の箇所」
「サンク・レーベン修道院ですよね?」
「ああ、どうやって知ったかは知らんがまるで『我々はちゃんとした捜査能力を持っているのだ』とでも主張したそうだな」
「え! 本当にサンク・レーベンに!?」
アントニオは目を見開いて大声を出して驚いた。
この男、優秀ではあるが色々とやかましい男だ。
「知らなかったのか。
だとしたら余の失言だな。
忘れてくれ」
「畏まりました!!
いや……しかし、サンクレーベンですか。
あそこは国教会の修道院の中でも格式高いとされる場所。
よく煩い連中が許しましたね」
さもありなん。
罪人ではないが王宮を追われることは不名誉の極みだ。
しかも理由が理由。
普通なら揉め事の種のような女を匿うようなことはしないだろう。
だが、教皇猊下の肝入りとあらば無視はできない。
レプラの母親、父上の正室フリーダ妃は元々国教会の大司教の娘だからな。
聖オルタンシア王国と国の名前に聖がつく程にはこの国は国教であるエルノウス教を重んじているし、民の信仰も厚い。
父リヒャルトがフリーダを正室に迎え入れたのは王室と国教会との関係を深めるため。
そして民心を集めるためだったのかもしれない。
ともかく、国教会の重鎮である大司教の娘であるフリーダ。が産んだレプラは、出生にいわくがあるとはいえ国教会の人間からすれば無碍にできない子供なのだ。
事実、教皇猊下はレプラを実の孫のように可愛がっていた。
私が即位し、何度かお会いすることもあったが、いつも「レプラは息災か?」と尋ねられていたくらいだ。
「レプラのことはさておき、ロイヤルベッドのことは調べられたのか?」
「あ、ハイッ!
陛下のご慧眼の通りでございました!!
ロイヤルベッドの印刷を請け負っている印刷会社に調査を行ったところ、ウォールマン新聞を入稿している者とロイヤルベッドを入稿をしている者が同一人物なのが明らかになりました。
人物の名前はステファン・ランティス。
ウォールマン新聞社の重役でジャスティン・ウォールマンの腹心とも言える人物です」
「やはりな。これで明らかになった。
新規参入したばかりの新聞社にレプラの足取りを追うような高度な捜査能力があるのは考えにくい。
以前に書かれた記事といい、ゲスなデマに紛れてかなり内密な情報が含まれていた。
となれば、ロイヤルベッドの製作を行なっているとされる新聞社は書類上の名義でただのハリボテ。
ロイヤルベッドを実際に作っているのはウォールマン新聞社だ」
私の推理にアントニオは「えええっ!!」と声を上げた。
「い、いくらなんでも!
ジャスティンは王国議会でロイヤルベッドを糾弾したそうじゃないですか!?」
「それはそうだ。
ロイヤルベッドに書かれた記事は低俗極まりないからな。
王国随一のクオリティペーパーを自称するウォールマン新聞の元締めという立場ではそのように言うしかない」
「でも、何でわざわざそんなまだるっこしい真似をしてロイヤルベッドを創刊したんですか?
ウォールマン新聞は王都、いや王国で一番読まれている新聞ですし、我々のような貴族階級や役人でも読む者もいます。
わざわざ低俗な商売に手を染める理由が分からない……」
考え込むアントニオ。
仕事はできるが、頭の回転においてはレプラとは比べ物にならないな。
「アントニオ。
そなた自身が言った言葉の中に答えは出ているではないか」
「えっ!? どういうことでしょうか!?」
王に教えを乞うなよ。
そなたが教える立場だろうが。
「ロイヤルベッドは低俗でウォールマン新聞は貴族も読む高級紙だ。
同じ新聞でも読む層が全く異なる。
要するにウォールマン新聞を読むには知的レベルが足りない下層民の啓発や教育を行うためにロイヤルベッドを創刊したんだ」
「教育って……あんなゲスな内容の悪文がですか?」
「教育とは良書のみで行うものではないさ。
卑猥な妄想をかき立てる娯楽的な記事の中にだって情報は詰め込める。
たとえば、国王ジルベールは悪虐な王だとかな」
そんなことはありません!!
などと、大声で反論するアントニオを宥めて私は続ける。
「民に情報を精査する力はない。
彼らは与えられた情報を信じ、それが絶対の真実になる。
真実を自在に作り出すことができるジャスティンは奴の新聞の読者の思想を好き勝手に作り変えられる。
それは絶対的な支配だ。
奴は新聞を使って着実に自分の支配領域を広げているのさ」
だが、世論が直接国王を廃位させるようなことはあり得ない。
王国議会で弾劾決議を受けでもしない限り、私は降りるつもりはないしな。
居心地が悪くなる程度の被害ならばいくらでも付き合ってやる。
コンコン、とドアを叩く音がした。
入室を許可すると部屋の前を守っていた騎士が入ってきた。
「失礼いたします陛下。
急なのですが謁見の申し入れが」
「良い良い。申し入れは私が直接させていただくからな」
騎士の後ろから強引に部屋に侵入してきたのは……赤髪で長身の男。
貴族らしく髪を油でまとめ、豪奢なコートを着こなしているから一瞬見違えたが、頭で考えるよりも先に声を発していた。
「バルト!?」
「ジルベール国王陛下、ご機嫌麗しゅう」
私の幼馴染であり、王国の東の守護者。
バルトロメイ・フォン・シュバルツハイム辺境伯の突然の来訪だった。




