最愛なるあなたへ⑥
◼️◼️◼️◼️◼️◼️ 親愛なるジルベール陛下へ
貴方様に救われてから今日に至るまでの長きに渡る御恩、報いることも半ばにてお側を離れることをお赦しください。
最後の手紙くらいは貴方様の望むとおり『ねえ様』として筆を取ろうと思いましたが、貴方様の側仕えとして過ごした日々はそれまでの日々と変わらないか、それ以上に満たされたものでしたので、『レプラ』として気持ちをお伝えようと思います。
陛下、お気持ちを落とさないでください。
私がいなくなったところで損失は大したものではございません。
公務を補佐する秘書官も身の回りの世話をする侍女も優秀で信用に足る者ばかりです。
いつか、こんな日が来ても構わないように以前より彼らの選抜、教育には力を入れていましたから。
貴方様の暮らしが不自由になるということはないと思います。
シュバルツハイム辺境伯様にも此度の一件について、書簡にて伝達済みです。
近いうちに王都に登られることでしょう。
政争に親友を巻き込みたくないお気持ちは酌みたいところですが、あの御方も陛下の身を案じていらっしゃいます。
その気持ちに報いるためにも彼を頼ってあげてください。
さて、私は王宮を出た後は国教会に保護してもらうことになりました。
ある意味、実家に戻るようなものです。
兼ねてより、教皇猊下には目をかけていただいており、快く受け入れていただいているのでご心配には及びません。
住処は王都にあるサンク・レーベン修道院になるかと思います。
ただし、こうして私の居場所をお伝えしているのは会いに来られることを期待しているわけではありません。
私がどこに居るのか分からないとなれば、貴方様は玉座を蹴り飛ばして捜しに出ると思ったからです。
そんなことは王の正しい在り方ではありません。
貴方様のこれまでの我慢を、私の献身を無駄にしないでください。
私は貴方様に何度も何度も「王として正しくあること」を説いて聞かせました。
王位継承権を失った女が自らの夢を託したかのように見えたかもしれませんが、私にそのような未練はありません。
私はただ、陛下の身の安全を想っていただけにございます。
古今東西、愚かな王というのはロクな死に方をしません。
悪政を行えば民に恨まれ、贅沢をすれば民に妬まれ、無能であれば民に悲しまれる。
そして、民の感情を旗に背負って家臣は槍の先を王に向ける。
王は自分の身を守るために正しくあらねばなりません。
正しき王はたとえ嫌われていようと、罵られようと、刃を向けられることはないのです。
貴方様はマスコミ連中の嫌がらせのような報道とそれに踊らされた愚民どもの声に心を痛められています。
挙げ句の果てには叔父君と娘までが敵にまわってしまった。
しかし、それでも耐えている限りは身は安全なのです。
ゆめゆめお忘れなきよう————
ダメですね。
王宮を追われて出る咎人のくせに国王陛下に説教めいたことを書き残して。
でも、言葉を尽くしたくてならないのです。
本来ならば、私は先代の子でないと分かった時に殺されていて然るべき者でした。
まして母、フリーダと父と目されている間男はプレアデス教会の司祭。
王室と国教会の権威を地に堕として余りあるスキャンダル。
関わった者は全員この世から消えるべきなのです。
罪の自覚もない私だって分かっていました。
母フリーダが自死し、父と目されていた男が粛清されたのに、その不義の証となる私が生きていて良い道理はありません。
にも関わらず、貴方様は私をお救いになられた。
剣を持つダールトン公爵の手首を捻り上げ、先代を「ねえ様を殺すならば国民にすべてを打ち明ける」と脅し、私に「すべてを僕に背負わせてくれ」と命じられた。
あの夜のことを私は生涯忘れることはないでしょう。
10歳の子供に、王の座と王宮の秘密と私の人生までも背負わせてしまったのに、私は嬉しくて嬉しくて仕方なかったのです。
誰かが純粋に自分のためにいろんなものをかなぐり捨てて戦ってくれることがこんなに嬉しいだなんて。
しかも、それが弟として私のことを見つめていてくれた少年だったのだから。
貴方様にとって切り捨てることができないほど私は価値があったということを教えていただきました。
ジルベール様。
恥ずかし過ぎて流してしまった妄想話の続きをお話しします。
私がもし、貴方様の妻ならば————
きっと、甘やかしてしまいます。
貴方様の望むことをなんでもして差し上げます。
貴方様の考えることをなんでも肯定して差し上げます。
世界を敵に回しても貴方様の味方でいますし、貴方様のためならば世界を失っても構わない。
だって、◼️◼️◼️◼️◼️貴方様は素晴らしいお方だから。
私が知っている貴方様は賢くて、逞しくて、勇敢で、優しくて、美しくて、誠実で、世界で一番素敵な殿方です。
自信を持ってください。
雨雲の果てに青天があるように、苦難のときが続こうとも幸せなときがいずれ訪れます。
貴方の嘆きが消え失せるその日まで、私はずっと貴方のために祈りを捧げ続けます。
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ところどころ書いた文字の上を塗りつぶしている。
そこにどんな言葉が記されていたのか、私に知る由もない。
知りたくもない。
本当にレプラは優秀だ。
見送ることはおろか、言葉を交わすことも許されずレプラと引き離された。
そんな私の精神状態を全部理解して必要な言葉や適切な言葉を手紙に収めている。
だけど、私が欲しかった言葉はこんなものじゃない。
手紙をビリビリに破り捨て、嗚咽を漏らす。
「レプラっ…………!」
私以外誰もいない自室の床に突っ伏して涙を流した。
自分の半身とも思えるほど大切な人を失ってしまったことを悲しんで。
その人が最後まで私にかけた呪いを解いてくれなかったことに。
「どうして! 私に『王なんて辞めていい』と言ってくれなかったんだ!?
私と一緒に逃げてくれなかったんだ!?
母上も……父上も……お前まで居なくなって、私だけ置き去りだなんて!!」
王は人間ではない。
国家を機能させるための基幹装置であり、責務を全うすることを優先し、ヒトとしての幸せを求めてはならない…………
だから、私は立ち上がる。
孤独に苛まれようが、後悔に身を掻きむしりながら血反吐を吐き散らして。
『王であり続ける』
私の運命に刻み込まれた呪いは私にあきらめることを許さない。




