最愛なるあなたへ④
ジャスティンの笑みを見て、ようやく私は自分が油断しきっていたことに気づいた。
デマばかり書き散らすマスコミに本当の調査能力などないと。
デマさえ潰せば正直を常としている私が勝てると鷹を括っていた。
嫌な予感が爪先から這いずり上がり身震いした。
「ならばお答えします。
王宮内に王室にお門違いな怨みを抱いている者がおります。
その名前は、レオノーラ・グレース・オルタンシア!
先代王の正室フリーダ様の娘であり、王弟、嫡男を差し置いて王位継承を目されていた傑物。
現王の姉君……だったお方です!」
ねえ様の名前を……まさかコイツ!?
知っているのか?
「レオノーラ姫は10年以上前に王位継承権を返還し、表舞台から退いた。
ジルベール様に王位を譲る為だと当時は報道されておりましたが、真実は異なります。
彼女は譲ったのではなく剥奪されたのです!
彼女に王位を継がせるわけにはいかない!
何故なら彼女は————」
ガタン! と私は大きな音を立てて立ち上がり叫ぶ。
「口を閉じよ!! 黙れっ!!
喋るなああああ!!」
必死で続きを喋らせないように命じる。
だが、止められなかった。
私の声を覆い隠すように高らかで声量溢れるジャスティンの言葉が放たれる。
「王の種ではなぁいっ!
彼女の母親が間男を連れ込みこさえた不義の子であったからです!!」
瞬間、議会がどよめいた。
ねえ様の存在を忘れかけていた議員も多いことだろう。
だが、先王が妻を寝取られていたというスキャンダラスな事実が古い記憶を呼び起こした。
議長が木槌で卓を叩き、静まるよう促す。
「静粛に! ウォールマン議員、続けなさい」
「いいや! 議長!!
この香具師の流言を止めよ!!
先程の問題とは何の関係もない発言だろう!!」
私は激昂して命じる。
だが、目の前に叔父上が立ちはだかる。
「公爵……何の真似だ?」
「陛下、いやジルベール。
そなたは王として狭量に過ぎる。
平民閥だからと言って議会での発言を封殺して良いものではないだろう」
子どもを宥めるような口調で語る叔父上……狭量?
私がか? 今までずっとずっとマスコミや民の中傷や暴言に耐え続け、それを罰そうとしなかった私が!?
「平民だからではない!!
奴は流言で議会を混乱させ、王室の権威を貶めようとしている!!
だから私は————」
「事実ではないか」
「は?」
叔父上の口端がかすかに上がると私に背を向け、議場にいるもの全てに呼びかける。
「ウォールマン卿の申した通り、元王位継承権第二位、レオノーラ姫は前王の子ではない。
フリーダ王妃がどこぞの馬の骨とまぐわってできた不義の子だ。
王が妃を寝取られるなど末代まで語り継がれる大恥。
故に王はお隠しになられた。
本来なら娘も殺されてやむなしなのだが……当時王子だったジルベールが助命を乞うた。
血の繋がりはないとはいえ共に育った少女を死なせたくない。
これだけならば陛下の温情溢れるエピソードだが、違うよな? ジルベール」
「はあ?」
叔父上が珍しくニヤけた顔を見せた。
そして、その顔越しに笑いを必死に堪えるジャスティンの顔が見えた。
その時悟った。
もはやロイヤルベッドの記事なんてどうでもいいのだ。
奴らの狙いはやはり私だった。
私が唯一、民に対して隠して法を裏切った出来事を白日の下に晒す。
それが奴らの目的……
二人は繋がっていて、今日この議会の場は私を貶めるための処刑場だった。
「廃嫡したレオノーラは王のつけてくれた名前を返上した。
贋作、偽物という言葉を引用し、改名したその名は、レプラ!
王宮に出入りした事がある者ならば目にしたこともあるだろう。
金髪の巻き毛で鶏ガラのように細身の近侍だ。
世を謀り、陛下は罪人と共に暮らし、悪政を行なっていたのだ!!」
大声で煽る叔父上。
それに続き、ジャスティンが発言する。
「王妃であるフラン様の元にはいかず、毎夜ご自身の部屋で彼女と共に過ごしている。
これは事実ですね?」
ジャスティンっ!
また根も葉もないデマをっ!!
「事実なものか!!
私達は公務を————」
「事実だ。結婚して三年、適齢の娘が孕まないのはジルベールがあの売女の娘に入れ上げておるからだ」
再び叔父上の声に私の声はかき消され、叔父上が注目を集める。
そして、私と叔父上の対立が誰の目にも明らかになった。
「いいや……あの小娘自身も売女か。
幼く世間知らずな王子を誑かし、王宮でヌクヌクと身の程を弁えぬ贅沢三昧。
挙句、正室であるフランを妬んであのような中傷を流したのだろう!」
「その通り!!
私どもの取材によるとレオノーラ、いや……レプラの告げ口をロイヤルベッドの記者は真に受けてしまった!
これが今回の騒動の発端でございます!」
勝利の手応えを得て、笑顔を隠しきれない叔父上。
その点ジャスティンはさすがだ。
怒りに満ちた目で私を睨みつけ、猛々しく吼える様はまるで武将のようだ。
だが、分かるぞ。
さぞかし楽しかろう。
普段新聞記事でネチネチとした嫌がらせをするしかできなかった貴様が王国議会の主役となって国王を糾弾したのだ。
ズボンの下のアレはきっとギンギンにイキリ勃っていることだろう。
羨ましいことだ。
私はこの議事堂において、一度たりとも歓喜や興奮を抱いたことがない。
……ああ、もういい。
もういいや。
何故、私がこんな我慢をさせられなければならん。
品行方正に心身ともに理想の王であろうとしても、それが一体なんだと言うのだ。
言葉に責任を持たぬ輩に言いたい放題言われて矜持は踏み躙られ、最も親愛なる者との関係を爛れたものと断じられる。
これを王の道と言うのならば、私は…………もういい!!
拳を握り込み、この怒りに身を委ねると決めた。




