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三年目のスキャンダル⑦

再びサリナス視点です。

四話はこれにて終了です。

 今夜も王妃は自室で懸命に腰を振っておられるようだ。

 相手の男は伯爵家の養子の文官。

 文官の分際で筋肉が発達しているのは女受けの良い身体を目指して見せかけの筋肉を纏う鍛錬をしているからだろう。

 しょうもない男だ。


 ある程度以上の武芸を身につけた者に体躯の大きさなどさして意味がなくなる。

 技を身につけるというのは身体だけでなく、内より発する気をもコントロールできるようになるということだ。

 それができれば膂力もバネも数倍に高まり、まるで別の生き物のように動き回れるのだ。

 故に女騎士や女冒険者なる者が活躍できる。

 第一騎士団のサーシャなんかは良い例だ。

 もっとも近々結婚して騎士を引退するという噂だが…………あ。


 廊下の向こうから近づいてくる影を見つけ、心臓が飛び出しそうになった。


「へ、へ、陛下っ!?」


 参られたのはジルベール国王陛下だった。

 こんな夜分まで公務にかかりきりだったのだろう。

 蝋燭の明かりに照らされた白い指先にはインクの汚れが付いている。


「驚かせてすまない。

 妃と話がある。

 扉を開けよ」


 嘘だろう! と心の中で叫ぶ。

 扉を開けられるわけがない。

 だって寝室の分厚い壁の向こう側では王妃が間男と交わっているのだ。

 噂で漏れ聞こえる陛下の残忍な性格ならば王妃の命はない。


 俺はしどろもどろになりながら陛下の入室を拒む。

 怪しまれて当然の酷い有り様だった。

 陛下は長いまつ毛が生えたまぶたを下ろし、ため息を吐かれた。

 端正な顔立ちと陶器のように白い肌。

 姫と呼ばれても納得できる美貌の持ち主だが、派手さの極みのような王妃の美とは相反するように柔和でそれでいて人好きのする。

 とてもこのお方が噂に聞く愚王だとは思えな————


 陛下は俺が腰に刺した剣の柄を掴んだ。

 相手の剣を奪う荒っぽい邪道な技なのに、その動きはまるで呼吸のように自然で水が流れるように流麗だった。


 一瞬遅れて剣を奪われたことに気づいた俺は反射的に距離を取った。

 自分の死を意識したのはいつ以来のことだろうか。


「ネイルリプレの残忍王、アンリ3世は寝所の番をさせていた近衞騎士に殺された。

 王宮の警護を司る者が王の命令に背くなど翻意を疑われても仕方なかろう」


 淡々と脅しの言葉を告げる陛下。

 俺は震えが止まらなかった。

 しかしそれは恐怖からくるものではない。

 一国の王でありながらこれほどまでの技巧を身につけるほどの鍛錬を積んでいることに敬意を抱き、技の冴えに感服したのだ。

 それに引き換え自分は……油断していたにしても無様すぎる。

 騎士の誇りとも言える剣を容易く奪われてしまうなど恥以外の何物でもない。

 剣の腕は鈍り、心は腐り切り、目は曇っていた。

 だから今になってようやく、自分が国王陛下に対して許されざる裏切りを重ねていたことに気づいた。


「お、お許しください! 陛下!

 私はただ…………」


 地面に這いつくばり肩を震わせて頭を下げるが、陛下は俺に取り合わず寝室に入っていった。




 陛下が寝室から出て来るまで、俺は自分の処し方を考えていた。

 目の前で間男と妻が交わっていたならば、斬り捨てて然るべきだ。

 陛下にはその力も権利もある。

 問題は間男だけで済むかどうかだった。

 王妃も陛下を裏切ったという時点で同罪だ。

 激情に任せて殺害されることは十分にある。


 その時は……俺が罪を被ろう。


 王妃殺しの大罪人となれば族滅は必至だが元はと言えば俺が王妃をお諌めしなかったことが原因だ。

 不貞だけに留まらず身勝手な理由での殺人にまで王妃の手を染めさせた。

 親兄弟にはあの世で詫びるしかない。


 俺が悲壮な決意を固めたその時、扉が開き、陛下が出てこられた。

 扉が閉まるまでの数秒の間に、室内から王妃と間男が発する嬌声が聞こえてきた。


 俺は涙が止まらなくなった。

 陛下がかわいそうでならなかった。

 男としての、義憤というやつだろうか。

 陛下の御心を傷つけた者たちを切り捨てたくてならない!

 だから俺は王の目の前に平伏して訴えた。


「陛下……! 剣をお返しください!

 そして、王妃の部屋に入った賊を斬るようお命じください!!」


 王妃も間男もまとめて叩き斬ろうと思った。

 陛下が手を下せないなら俺が下す。

 でなければ、陛下が————


「……そなたは何も見ていない」

「は?」

「王妃は健やかに眠っている。

 他に誰も部屋に入れていないし、王が部屋を訪れることもなかった」


 嘘だろう。陛下……

 そんなに目を充血させて唇を震わせて、何もなかったことにはできないだろう。

 どれだけ潔くされても、貴方のそんな悲痛な顔を見れば、誰だって義憤を抑えきれない。


「陛下!? それでは寛恕が過ぎます!!

 なぜ一人で呑み込まれようとされるのですか!!」


 涙ぐみながら食い下がる俺に剣を返された陛下は淀みなく応える。


「私が王だからだ。

 心配しなくとも、そなたに憐れまれるほど、私は傷ついてはいない。

 些末なことだ」


 そう言って踵を返し、王宮の闇の中に消えていった。

 後ろ姿が見えなくなった後、俺は床に這いつくばり、声を押し殺して泣いた。


 おいたわしや……ジルベール陛下……おいたわしや……


 どこに邪智暴虐の王がいただろうか!!

 陛下を悪しく書く新聞屋というのは売国奴かそれとも敵国の間者か!?

 強く美しく、どれほど自分が痛んでいようと王であろうと心を立て直し続けていらっしゃる。

 そんなお方だ、我らの王は。


 俺に政治のことは分からない。

 だが、この夜の僅かな時間でジルベール陛下に身命を捧げることを誓った。

 忠節と罪悪感と義憤の混じったこの強い感情につける名前を俺は知らない。


 だから、俺も騎士であり続けようと思った。

 陛下のために働くには近衛騎士の立場にいなければならない。

 その為ならどのような屈辱にも耐えよう。

 汚名を背負おう。

 悪も為そう。

 そして剣を磨きなおそう。


 世界を敵に回そうと陛下のそばで剣を振るう。

 それが俺の行く騎士道だと見定めた。


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