暴れん坊王子は麻薬栽培を許さない②
「貴殿の領民から陳情が上がっています。
『漁業権を奪われては食っていけない』
『借金取りに働き手を拐われた』
『私たちは子どもたちに食べさせるパンもないのに領主様はどんどん肥え太っていく』などなど……
明らかな悪政ですが、貴殿ほどの大貴族を諌められる立場の者はそういない。
実際、この陳情も余が見つけなければ揉み消されていた事でしょう」
蛇に睨まれたガマガエルのように強張った顔で脂汗をダラダラ流しているラクサスに僕はゆっくりと歩み寄り、圧をかける。
「領民への圧政に加え、禁じられた『町殺し』の材料の栽培、輸出。
到底、揉み消されて良いものではない。
だからオルタンシア王家に名を連ねる者として余が来た」
「た、民の世迷言に殿下が直々に来られるなど!」
「黙れっ! 世迷言なものか!
王家より民を預かりし立場でありながらその責務を全うせず、私欲に塗れ誇りを棄てた!
そんな悪徳領主がいると命懸けで陳情した民に私は動かされ、事実目撃したのだ!
ラクサス・フォン・サイサリス侯爵。
貴殿は王都に連行する。
罪人として法の裁きを受けるがいい!!」
僕がそう言い放つと、ラクサスは「ヒギィ!!」と奇妙な鳴き声を上げて項垂れた。
しかし、観念したわけではないのは明らか。
ゆっくりと上げた顔にはどす黒い悪意に満ちていた。
「殿下……いや、貴様は殿下の名を騙る不届き者だ!!
これまで王国に多大な貢献をしてきた私を王家が裏切るなどあり得ん!!
者ども!! この小僧を殺してしまえ!!」
ラクサスの命令に彼の家来は従い、僕に武器を向けた。
後ろを振り向くと生温かい目でレプラが僕を見つめていた。
「私の言ったとおりでしょう。
この手の輩を言葉で説き伏せるのは無理ですよ」
淡々と僕に告げると、預けていた僕の愛剣を手渡してくれた。
「うん、僕もそんな気がしてた。
だから大した護衛もつけていないこのタイミングを狙ったんだ」
鞘から白刃を抜き放つ。
すると、ラクサスは驚愕し、後退りした。
「ぬうっ!? その剣は……」
「ほう。流石に侯爵だけあって教養は持ち合わせているようだ」
オルタンシアの王族の在り方を定めた『王室典範』において殺生は固く禁じられている。
血に汚れた手で国璽を握ることは許されない。
故に王族の持つ剣は人を斬れないよう刃を溶かした銀で覆っている。
不殺剣シルバスタン。
見る者が見れば分かる王族の証であり、これを抜刀することは相手を王国の敵と認定することを意味する。
「派手な剣を見せびらかしやがって!」
家来の一人が僕の頭めがけて剣を振り下ろすが、遅い。
相手の刃の腹をシルバスタンで叩く。
ガキンッ! と金属が噛み合ったような硬い音がすると同時に相手の刃は砕け散った。
返す刃ですかさず体目掛けて叩き込むと、相手は勢いよく吹っ飛んで地面に叩きつけられ泡を吹いて気絶した。
ラクサスたちの顔に動揺の色が浮かぶ。
何を驚いているのだろうか。
王子たる者、ありとあらゆる道における超一流の教師を招いて鍛錬に励むのは当然のこと。
中でも剣術は自衛の手段だ。
命の危険の多い立場である王子が疎かにするわけがない。
加えてこのシルバスタンは王族専用剣と呼ばれるだけあって相当な業物だ。
たしかに刃は切れなくなっているが覆った銀は希少金属である白雪銀でその頑強さは宝石をも上回る。
その上、比重も通常の剣に使われる鋼の三倍近いのだから威力は桁違いだ。
もちろん死なない程度に手加減はしているつもりだが。
「降伏するならこれが最後のチャンスだ。
サイサリスの名をこれ以上落としたくなければ潔く罪を認め、罰を受け入れよ」
僕の忠告にラクサスは憤怒の感情を以って応える。
「黙れえええっ!! 青二才が!!
たとえわしを王都に連行しようと名を落とすのは貴様の方だ!
そのようなことも分からぬ愚か者にわしの裁く権利などない!!」
彼の怒りに呼応するように家来たちは武器を高く掲げ、僕に向かって迫り来る。
僕は剣を正面に構え直し、レプラは指の間にナイフを挟んで僕の傍らに立つ。
「援護します」
「頼む」
レプラとそう言葉を交わし合う。
敵を迎え討つ僕の背後からレプラは間断なくナイフを投げまくり、怯んだ敵を僕が一刀で叩き伏せていく。
みるみるうちにラクサスの家来は地面に伏していき、主人を残して全滅した。
その状況になってようやくラクサスは恐怖に声を上げて逃げ出そうとする。
「捕らえよ」
「ハイ」
空から獲物をさらうように狩る鷹のように、逃げるラクサスに背後から飛びかかるレプラ。
声を上げさせる間もなく、首を両脚の腿で締め上げ失神させた。
「ご苦労。見事な業前だ」
「お褒めいただきありがとうございます」
恰幅のいいラクサスを襟首を掴んで引きずって運ぶレプラ。
決着はついた。
あとは戦後処理だな。
僕はこの立ち回りを遠巻きに見ていた民に向かって声を上げる。
「聞け! そなたらの領主は領主としての責務を果たさず、民や財を私欲のために利用していたのでこれを誅した!
いずれ沙汰が下るだろう。
だが、その前にそなたらをこの強制労働から解放する。
明日の朝にも故郷に帰還せよ。
漁業権を奪われたりなど、領主の悪意によって借金を負わされた者についてはそれを補償する。
そなたらは自由だ!」
僕がそう告げると、民は首を傾げたり周りの者たちと顔を見合わせたりするばかりだ。
予想ではもっとこう……歓喜の声を上げたり、僕を褒め称えたりしてくれると思ったのだけれど。
当てが外れて戸惑う僕の肩をレプラが叩く。
「平民故、世の仕組みや殿下の言い回しが分からぬ者も多いです。
それに突然のことに驚いて状況がつかめていない者がほとんどでしょう」
「ああ、そうか。
ならば仕方ないな」
レプラに説明に僕は納得し、簡単な言葉に言い換える。
「第一王子ジルベール・グラン・オルタンシアが命令します。
みんな家に帰って元の暮らしに戻ってください!!」
僕がそう言うと、
「カワイイ……」
レプラがボソリと何か呟いたが、聞こえなかった。
翌日、あらかじめ呼んでおいた憲兵隊の護送馬車が農場に訪れた。
禁制の麻薬畑を見て彼らは驚いたが、それ以上に縄で縛り上げられたラクサス達を見た瞬間、顔を真っ青にした。
「で、殿下!?
禁制の作物を作っていたのは盗賊ではなかったのですか?」
「サイサリス侯爵と言えばそなたらは動けなかったろう」
「ま、まあ……おっしゃる通りですが……」
歯切れの悪い憲兵隊長。
たしかに名前はイーサンだったか。
「イーサン隊長。
悪人に身分の差は関係ない。
そなたが憲兵としての責務を果たすのであれば、たとえ王族であろうとも腰に提げた剣の切先を向けねばならんのだぞ」
「…………ハッ!
ご指導ありがとうございます!」
躊躇を隠すようにイーサンは美しい敬礼をして下がり、ラクサスを馬車に載せた。
「若い隊長とはいえ、流石に私のような子供に心構えを説かれるなど不快だったかもな」
僕がポツリと呟くと、
「いいえ。殿下のお言葉はこの上なく正しい。
正義の代行者である憲兵が権力に屈することがあり得ないのです。
そのせいでこのような悪徳領主が今まで捕まらずにのさばってしまいました」
レプラは淡々と僕を肯定してくれる。
彼女の言葉に気を取り直した僕は、改めて大仕事の達成感を噛み締めた。
「よし! 我々も帰ろう! 王宮に!」
帰ったら父上に報告しよう。
誰も捕まえられなかったサイサリス侯爵を僕がレプラと二人だけで捕まえた。
王国に害をなそうとする悪の種を摘むことができたと。
きっと父上も喜んでくれるだろう。