三年目のスキャンダル②
「で、このロイヤルベッドとやらどれくらい市中に出回ってる?」
「王都外に発送された物も含めば少なく見積もっても十万部は下回らないでしょう」
「こんなものを金出して買う阿呆の数がそんなにも……
金出してゴミを買うようなものだろう」
「庶民は娯楽を欲しているのですよ。
特に王都に住む労働者階級は朝から晩まで働き通しで自由になる時間がない。
出勤前、帰宅後のわずかな時間で楽しめる娯楽として頭を使わなくて良いバカな読み物というのは、低俗ですが需要のある娯楽です」
レプラの分析に思わず唸ってしまう。
たしかに民も働き詰めでは生き甲斐がない。
娯楽も嗜んで然るべきだろう。
「だとすると……家で手軽に嗜める娯楽を作り出して、そっち側に興味を持たせればこんな醜悪なものはじきに廃れる。
いや、単純にもっとまともで面白い新聞や読み物があれば……
本を買わぬ者でも日刊で毎日続きの話が読める小説を載せた新聞などがあれば」
ブツブツ言いながら思考を整理していると、いつの間にか私の傍にあるテーブルにレプラが紅茶の入ったカップを置いてくれた。
「ありがとう」
「陛下は本当に立派な為政者だと思います。
民の暮らしをしっかりと実感を持って感じてらっしゃる。
王国議会にそれができている議員がどれほどおりましょう。
平民出身者ですら私欲に囚われているのに」
「ジャスティンのような俗物までいる議会だ。
その中でまともと言われても喜べん」
クスクスと笑うレプラ。
普段は冷たい印象を与える彼女が表情を崩していると成し遂げたような気分になって嬉しくなる。
さて、気分の良くなったところで公務に励むかと思った矢先、
「ジルベールっ!! アレはいったいどういうことだ!!」
大きな音を立ててドアを開き、大砲のように怒鳴り声が放たれた。
声の主を見てウンザリした気分になった。
「どういたしましたか? 叔父上」
そう尋ねると叔父上————ダールトン・グラム・アルゴスター公爵は私の眼前にあの不愉快な紙クズを突きつけてきた。
「自分の妻がここまで辱めを受けて何も怒らないとはどういうことだ!?
今すぐこの記事を書いた者、売った者、印刷した者、紙やインクを用意した者を全て晒し首にしろ!!
邪魔する者も同罪だ!!」
恵体で立派な顎髭を蓄えた叔父上は軍の大将のような貫禄と威圧感がある。
だが、頭の中はわがままな子供と変わらない。
「落ち着いてください。
国の認可を受けている新聞社の刊行物は表現の自由が保証されています。
書いていることがでっち上げであろうともそれを理由に罰することはできないのですよ」
私がそう言って説得するとレプラが必死に笑いを堪えているのが見えた。
そらそうさ。
ラクサスの仕置きをした私がマスコミの餌食になった折に父上に言われたことそのままなのだから。
当時13歳の私は不承不承ながら納得した。
だが目の前の40歳近い公爵様は理解できないようで、
「王妃に対する侮辱だぞっ!!
不敬罪で族滅ものだ!!」
と関係者の粛清をしたくてならないらしい。
このまま暴発させてアルゴスター公爵家の私兵で新聞社を何社か焼き討ちしてもらったら少しはマスコミ連中もおとなしくなるか?
私が黒い発想に思い至ると、それを察知したレプラがコホンと咳払いする。
叔父上は今頃気づいたようにレプラの方を向くが、フンと鼻でわらう。
「侍女らしい格好をしているからどこの貴族の娘かと思えば……あのアバズレの娘じゃないか」
「叔父上!!
口を慎まれよ!!」
血が瞬時に沸騰したかと思うほど頭が熱くなり、気づけば怒鳴っていた。
叔父上も予想外だったのだろう。
大きな体が少し後ずさっている。
偉そうにしているくせに小心者なのだ。
「レプラは私の家族だ。
侮辱するのであれば叔父上であろうと許さん」
「ふ……ふん。
妻への中傷には眉一つ動かさないくせに勇ましいことだな!
その娘と添い遂げたいなら王位を退いて臣民の一人に成り下がればよかろう!!
不愉快だ! 吾輩は帰る!!」
そう怒鳴りつけると再びドアを強く閉めて出て行った。
気配が遠ざかっていくのを確認して、大きなため息をつく。
「王位を退いて臣民の一人になれ、だと。
できれば苦労しないさ」
いま王位を退けば、後を継ぐのは叔父上だ。
自分が有能であるなどと自惚れてはいないがアレよりはマシだ。
叔父上は貴族主義者で平民が王国議会に籍を置いていることを快く思っていない。
国王としての特権を得れば間違いなく議会は空中分解する。
それ以前にジャスティンの策にハマって暴発するのか……
どうにせよ、そんなことになれば王国の政治体制は崩壊する。
ひいては民の暮らしも困窮する。
だから私は耐える。
どれだけ罵られ、侮辱され、プライドを叩き折られても。
王は国家の第一の僕。
ならば我慢など当然のことなのだ。
「陛下は我が儘が過ぎます」
「え……我慢強い方だと思うんだが」
「我慢強いお方ならば、私のような者をいつまでもお側に置いておりません。
貴方様にとって弱味以外の何者でもないでしょう」
レプラは珍しくしおらしげに目を逸らす。
たしかに彼女のいう通り、私たちの関係は歪だ。
だが、それでも私は彼女を手放せない。
「父上も母上も亡くなった今、私がこのように気兼ねなく話せるのはレプラだけだ。
今もそなたのことを姉のように慕っている」
「お戯れを……」
私に背を向けるレプラを後ろから抱きすくめたくなる。
だが、そんな事はしない。
我慢しなくてはならない。
彼女をこんな愚王の妾にするわけにはいかないから。
フランに憎まれ、マスコミに中傷される。
最悪、彼女の正体がバレれば、王家が内密に処理した件についても芋づる式にバレてしまう。
私は彼女を守るため、自分の思いに蓋をする。
王にとって自分の思いなどこの世で最も無視すべきものだからだ。




