青春グリーンロード
夏の香り。
暑いアスファルトの上。
緑の草が勢いよく歩道まで手を伸ばす。
オレと夏帆は自転車の上。
午前中の部活を終えて二人乗りして帰る。
夏帆は荷台にまたがり足を広げ、荷台の後ろを掴んでいた。
「タケル~」
夏帆の背中からの声に少しばかり大きな声で応える。
「おーう!」
誰もいない田舎道。
田舎のオレたちは小中高と同じ学校。
高校では同じ陸上部。互いに夏の日差しで真っ黒に焼けていた。
「自転車頑張れ~」
「おーう!」
「足腰鍛えなきゃね」
「おいーす!」
ささやく軽口。
これに繋がりを感じている。
夏帆が好きだ。だがそんな気持ちを言えるわけがない。
少しばかりの上り坂をオレは立ちこぎに切り換える。必然的に夏帆の目の前に尻を向けて。
「ちょっと。オナラしないでよね!」
そういってポンと叩かれる尻の頬。
接触されることに微笑んでしまう。
「うぉぉぉおおおおーー!」
「頑張れ。頑張れ」
この夏の強い日差しの中、何を好んで二人は自転車で二人乗り。
警察に見つかったら注意されちまう。
夏帆は普段はバス通。それに乗せずに背中に乗せて片道7キロの時間を共にしたかった。
緑色の道。草、田んぼ、林、森。
太陽の光が眩しい。
民家も見えない田舎道。
弾丸のように飛んでくるトノサマバッタに驚きの声を上げる。
二人。
たった二人きり──。
「荷台持ってちゃ危ねぇよ。背中に貼り付いていいよ。誰も見てねぇし」
スケベ心が見え隠れ。
正当な理由の振りして、密着度を上げたいが、夏帆からは「いい」の声。
まぁいいかと、ペダルに入れる力を緩める。
歩いた方が早いスピード。だがいつまでも一緒にいたかった。
「タケルはさぁ~」
笑顔で自転車のバランスをとりながら運転するオレに背中からの声。
「なに?」
「──好きな人っているわけ?」
突然の核心に迫る質問。
心臓が跳ね上がる。
その好きな人とはわずかに10センチにも満たない距離にいる。
「なーにを言い出すんだか」
「いるの?」
「……いないよ」
なにがいないんだか。
素直になれない自分の襟首を掴み上げてやりたい。
ラジオパーソナリティの夜形京介がシカゴの『素直になれなくて』をかけてたのは昨日の晩。
何のためにこの緑色の帰り道を一緒に帰ろうと誘ったんだろう?
「夏帆は?」
「ん?」
「好きな人」
逆質っすか。
何なんすかねぇ。オレって。
今まではそこそこいい雰囲気だったのに、互いに言葉を選んで話してるなんて。
「えー。いるよ」
それに弾むように応える彼女。
だが何とも言えない。空は晴天なのに心の中は曇天。
その内、雨となるでしょう。外出時には傘をお持ち下さい。
言ってる場合じゃない。
夏帆の好きな人。
同じ陸上部の隼人先輩かな……。
けっこう近くにいたりすんだよ。楽しそうに談笑してるしよぉ。
「隼人……先輩?」
「あー。隼人先輩カッコいいよねぇ」
たしかにカッコいい。
頭もいいし、生徒会役員だし、スポーツも出来るし。
なんでも持ってるんだから、少しは遠慮してくれよ。
「そーかなぁ。ちょっとアゴでてねぇ?」
「えー? そこが可愛いと思ってたけど」
終わったっす。
他、けなすとこ出て来ねーす。
オレはペダルをこぐのをやめて、両足を地面についてしまった。
「疲れた?」
「いや、ちょっと休憩」
「降りようか?」
「いいや」
片足をペダルに乗せて大きく深呼吸。
力を入れて漕ぐ。漕ぐ。漕ぐ──。
緑色の景色が線のようになる。
なにも言えずに家に向かって漕ぐのだ。
泣きそうな心を抱えて。
後ろから、車の音が聞こえる。
大型の音。これはバスだ。夏帆が乗っていたはずのバス。
追い付かれちまった。少しばかり情けないが、バスが通り過ぎる音を利用して泣きそうな気持ちを叫んだ。
「好きだ。好きだ! 好きだーッ!」
オレの気持ちをバスの音が消し去ってくれる。
そしてそのまま走り去る。
わずかに笑うオレ。
あきらめよう。夏帆のことを。
「……聞こえたよ」
「い?」
いやいやいや。バスの音は結構な騒音でしょ。
聞こえるわけがない。
「ははは。何のことやら」
「誰のことが好きなの?」
真っ赤な顔は日焼けでも熱中症でもない。
ただこいつを思う気持ち。
それだけ。
鼓動が早いのは、自転車疲れじゃない。
ただこいつのことを──。
「夏帆……」
「わたし?」
思わず背中でうなずく。
また両足を地面につけていた。
二人とも沈黙。
だが、背中に夏帆の柔らかい場所が当たる。
回される手。
その手を片手で強く握る。
「……先輩は?」
「……隼人先輩、彼女いるけど? 冴先輩」
「は、はぁ? う、うん。でも。そっか」
「タケルは私のこと好きなんだもんね~」
「い、いや、ほら。夏帆の好きな人って?」
「ああ。鈍感なスポーツバカだよ。さっきまで自転車漕いでたけど、今は休憩してる」
「え?」
「鈍いねぇ~」
「はは……」
また自転車を漕ぎ出す。
ゆっくりと。背中に夏帆を感じながら。
その横をまたバスが通り過ぎる。
たくさん乗っていた同級生たちが窓を開けてオレたちをからかっていった。
暑い夏なのに、背中の暑さはまったく気にならない。
そんな日。