第七話
「…………?」
シロが閉じていた目を開をゆっくり時には先ほどと同じく宿でベットに寝ていた。
自分に何があったか、正直良くわからなかった。
目が泣いた後のように腫れぼったい。
また思考の海に飲み込まれてパニックを起こしたのだろうか、自分はそんなにヤワだったのだろうか。
さらに無意識にだろうか、カナタの腕を掴んでいる、謎が多すぎてシロの頭にハテナが飛び交った。
とりあえず手を離し、その手を頭に持っていき、片手で髪をなでるように触る。
腕を持ち上げて気づいたが、すごくだるい。
「シロ」
カナタが話しかける。
シロがカナタの手を離したことで目覚めたことに気づいたらしい。
「…………あ、カナタ、」
呼びかけに応えるべく声を出すが、ひどい醜態を見せてしまって何と言えばいいのか分からず、うまく言葉が繋がらない。
「体調はどうだ」
カナタが尋ねる。
「えーっと…………」
問診で何度も聞かれたことのある質問なのだが、今でかつてない状況に答えに詰まる。
まだ起きたてでまだ良くわからないが、頭痛と疲労感は感じる。だがギルドを抜けると言った手前、頼っていいのか分からなかった。
「窒息感はあるか?」
カナタが質問する。
「いえ」
今は無かった。
「二度も発作を起こしたんだ、明らかな理由があるのかないのか知りたい、心当たりはないのか?」
カナタが聞いてくる。
「…………もうあなたには、関係ないでしょうっ」
やばい、また呼吸がしずらくなってきた、今日はとことんダメな日だ、メンタルが崩壊している、制御が効かない、もう嫌だ。
「ペン、謝りたくて探しに来たんだ、今日は言いすぎた、本心じゃない、戻ってきてほしい」
カナタが言う。
多くを語らず、多く望まないのが我がカナタだ。
日ごろから自由でありたいと言う口は、指針は示すが強制はしない。
「え?俺は降ろされたんじゃ…………」
カナタが言うはずのない言葉を聞いた気がした。
喧嘩別れのようになってしまったが、もともと欲が薄いカナタがこんな欠陥品は不要で未練もないだろう、俺はこのまま抜けるものだと思っていた。
俺を降ろすにしても引き継ぎとか何もしてないから、それを聞きにわざわざ宿へ来たんだと思っていた。
だが俺は不甲斐なく倒れてるし、もう面倒になって出て行ったんじゃないのか?
「いや、俺がどうかしていた、悪かった。」
カナタが頭を下げた、本気で謝罪されたことなど一度でもあっただろうか、いつもと様子が違うので戸惑う。
カナタは何ならば本気で欲するのかわからなかった。
くゆりくゆられる煙のように、見失ったら消えてしまうのではないかという恐れがいつも付きまとう。
俺たちの中で一番強いはずなのに、同時に一番弱く脆そうにも見える。
この錯覚はなんなんだろう。
いつも何かを背負っているように、暗い影が見える。
「頭を上げてください、おれも言いすぎた、同罪です。」
カナタのしぐさに動揺しあたふたしつつ、シロは体を起こして謝る、息苦しさが続く。
「カナタは俺を降ろすタイミングを見失っていたんでしょう?」
白と黒でしか世界を見れないのだ。
そして空が読めず、医療が出来ないのだ。
その2つのコンプレックスは航海において、常に付きまとう致命的な欠如だ。
冒険者を続ける限り、毎日、その事実を突き付けられ忘れることはできない。
そんな使えない部下などいらないはずだった。
優しいカナタが見かねて乗せてくれるのだと思っていた。
「いいや、降ろすつもりはない、お前が降りたいなら強制はしないが」
カナタが言う。
「え?カナタが俺を連れてってくれたのは、目的のために人手が欲しかっただけじゃないんですか?」
シロは今まで怖くて聞けなかったことを聞いた。
「もともとはそうだが、今は違う、お前が必要だ」
カナタが俺を必要としてくれている、それが嘘でも嬉しかった。
カナタの答えはテンプレだろう、もともと真実は聞けないことは分かっていた、優しいからそう言ってくれているのだろう。
俺がカナタ離れするいいキッカケだ。
「ありがとうございます、でも、」
降ります、そう言いたくない言葉を無理にでも言おうと思ったのだがその前に気持ち悪くなって上手く息が吸えなくなった。
「ッ、…………か、ハッ、……はっ、は……!」
またか、もう何回目だとシロは嘆いた。
自分の身体がどうなってしまったのかわからなかった。
「ペン!考えてることを言ってくれ、この症状はおそらく精神的なストレスによるものだ」
シロの両肩を掴み、霞む視界の中でカナタの言葉が回らない頭に届いた。
カナタ決して本音は言わない、隠し事がとてつもなく多い。
カナタは自らの意思を内に隠し、口を閉ざしてどれくらいが経つのだろう、国を失った時からなのだとしたら、異常だ。
そして俺も同じだった。
「……は、ッ……、はっ、は、く……」
人間は発散しないと壊れる。
ちりも積もって山となるとはこのことだ。
知らず知らずに加重負担を強いてきたのだろう。
何ら可笑しい話ではないではないか。
俺も人だったということだ。
「ふ、す、とれす……はっ、は、」
耐えられると思った、それがこういう形で壊れるのか、それは予想していなかった。
勝手に瞳から涙がこぼれ落ちた。
「俺がこの部屋から出て行こうとしたとき、『いかないで』と言ったんだ、覚えているか」
カナタが言う。
「……はっ、い、いやっ、あっ」
俺はそんなことを言ったのか、覚えていない。
「あれはどういう意味だ?」
カナタが言う。
「え、は、はっ」
どういう意味だって、覚えてないが、子供のようにただ縋ったのだろう、本当に言ったのだとしたら恥ずかしい。
「じゃあ、俺が降ろすタイミングを見失ってたってどういう意味だ?」
カナタが質問攻めしてくる、過呼吸のときは会話していた方がいいという医療的な知識が頭をかすめる。
「お、れはっはっ、ろ、の足手まといで……ふぅふぅ、ふ」
俺くらいの凡人、この世に腐るほどいる、それどころか出来ないこと多すぎる。
「いや、そう思ったことはない、シロには数えられないほど助けられている」
カナタがシロに言う。
「はっ、う、そだ」
「嘘じゃない、信じてくれ」
カナタの声のトーンは必至さが伝わってくるもので、決して揶揄っているとは思えなかった。
「シロ、お前は自分に自信がないのかもしれないが、おれも大概だ。」
「え、ふぅ、ふ、カ、ナ……タも…………は、自信が、ないのか?」
シロが言う。
「ああ、当たり前だろう、本当は弱音を吐きたい時もある、だが弱音ばかり吐いてても仕方ないから言わないだけだ。シロ、今は話せ、それが治療だ」
カナタが言う。
そうだよな、カナタも人だよなとぼーっとした頭でシロは思った。
■
言ってもいいのだろうか。
本音を言ったら、カナタが断りづらくなる、でも降りなくていいと言うカナタを信じてもいいのだろうか。
「……はっはっほ、んとうは…………、ギ、ギルドを、はっ、ぬ、けたく、あっ、は、な、いんです」
「ああ、わかった、降りなくていい」
カナタがそう言いシロの身体を抱きしめる。
意識がぼんやりしていて抱きしめられている感覚はあまりしなかった。
呼吸が落ち着くまでそのままそうしてくれた。
俺は、カナタとどんな関係になりたいのだろう。
多くは望まない、カナタとメンバーの上下関係、幼馴染、それだけで十分だ。
手に入れられる範囲では最高のもの、これ以上は高望みだ。
今の関係は十二分満足できるものだ。
だが俺が本当の意味で望んでいる関係はなんだろう。
口が裂けても言えないような関係を俺は望んでいるのだろうか、自分でもよくわからなかった。
人は何でも必ず思考や観察の対象に名前を付けたがる。
名前がない関係でもいいじゃないか。
名の無い不確かな関係が永遠に続けばいい。
俺は女々しくひどくセンチメンタルみたいだ。
今だけは、許されてもいいんじゃないか、関係を逸脱してもいいんじゃないか、そう思い、受け入れた――。
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「また勝手なことを言うだろう、それでもついてきてほしい」
それから呼吸が落ち着いて、水分やなんだとカナタに介抱された。その中でカナタが言ってきた。
「何を今さら、もちろんです」
シロが軽口で返す。