第二話
「…………」
シロが部屋から出て行った。
先ほどの論争は幻だったかのようにシーンと静けさのみが残る室内。
俺が『抜けろ』と言った後のシロの表情が頭から離れない。
傷つけたとすぐに分かった、だがすぐに言いすぎたと撤回することができなかった。
なぜこんなことになってしまったのか。
喧嘩の原因は些細な事だった。
まだ寝ていないんですかというシロの言葉で始まり食べてくれない、ムダ金の話、放浪の話、聞きすぎて他に何を言われたか忘れた。
ただ、今思えばシロが今までで一番ヒステリックに怒っていたと思う。でなければ出ていくことはない。
抜けろという発言は冗談やメンバーの身を案じて言ったことはあっただろうが、喧嘩の流れで言ったことはなかったと思う。
俺もどうかしていた。
あまりにもシロの言葉は的を得ていてカナタの心に突き刺さった
中でも『意味のない放浪を止めてくれ』というシロのセリフに神経を逆なでされ頭に来た。
意味が無くなどない、俺が意味のないことをするはずがない、だが理由を言いたくないというジレンマがカナタを襲い、小言の嵐を受け感情の爆発を起こしてしまった。
「……はぁ」
(後でシロを探しに行こう)、ああ、何と謝ればいいのだろう、考えがまとまることはなかった。
だがシロも言い過ぎだろうとムスっとして先の続きの本を手に読み進めてみるが一向に内容が入ってくることはなかった――。
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食事の時間、カナタ室にクロが呼びに来た。
「せーんちょう、シロが下りてっちゃいましたけど、喧嘩したんすか?」
クロが聞いてくる。
「ああ」
カナタが答える。
ああ、そうなんだ、仲直りがしたいがいい方法はないかと素直に言えたらどれほどよかったか。
プライドが高いカナタはそんなこと口が裂けても言えなかった。
いつも素直になれない――。
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あれから何時間たったんだろう。
シロはずっとベットの中で天井をただ見つめていた。
これから一人で生活するのだ、まずはご飯でも食べるべきだと頭の片隅で思うが何もやる気が起きない。
宿の一室でシロは思考の海に苛まれていた。
『抜けろ』という言葉が言い過ぎなのか本音なのか、俺には分からない。
どちらも正解なのだろう。
幸せであればあるほど、幸せが大きければ大きいほど、失った後の絶望は大きい、今まだ自我が壊れぬ範囲でよかった。
失うことがいつも恐ろしかった。
まだ、まだ耐えられる。
もし俺のせいで、致命的な死に直結する何かがあったら耐えられなかっただろう。
時間が経てば経つほど冷静にいろいろな角度から考えてしまう。
先の喧嘩が瞼の裏から離れない。
止まってくれ、考えたくないと思えば思うほど逆効果でフラッシュバックされ耳の奥から消えて行かない。
姿勢を変えベットに無気力に突っ伏してみたがが考えすぎて気が狂いそうで、物理的に何か考えなくて済むように行動しようとシロは体を起こし、立ち上がった。
「…………っ」
するとぐわん、と視界が回った、めまいが起こり床に倒れる。
立ちくらみだ、急に立ったからだ、馬鹿やらかしたと思った。
「……ひゅっ」
めまいに耐えていると笛を吹くような音が喉から出る。
気づいた頃にはうまく息が吸えなくなっていた。
たかが立ちくらみでなぜ、まるで首を誰かに締め付けられているみたいだ。
呼吸ができなくなり間もなく指先や舌が痺れてきた。
「ふぅ、あぁっ、」
締め付けている誰かの手をどかそうと、自分の手を自分の首元に持って行くが、実際は締め付けてなどいなかった。
痺れていてよく分からない指先で首を擦る。
擦ってみても首が絞められている感じがなくならない。
痺れの反動で上手く力の調節ができず自身で首を絞めていたことにシロは気づかなかった。
「…………くぁああ、」
パニックで呼吸困難に陥っていたところに本当に呼吸を止める動作をしてしまい、どんどん意識が遠のく。
(苦しい、助けて……カナタ)
呼ぶことさえもう許されない名を心の中で呼んだ――。