嘘で本当の話
あるところに暴虐の限りを尽くしたと伝えられている王様がいました。
いえ、伝えられているだけで本当は優しい方だったのです。
王様は優しい王様になりたかったのでした。そのため周りの意見に耳を貸し、民衆の声もよく聞いてよりよい政治にしようと頑張っていました。町はとても和やかで隣の国からも羨ましがられるほどいい国となりました。
しかし、ある出来事が王様を狂わせました。
飢饉です。
王様はこれまでより一層働きました。被害を受けた民を救うために。この国を立て直すために。
寝不足で風呂にも入らず、食事もせずに働く王様。しかし、いくら頑張っても成果はなかなかでません。それは王様が決して無能だったわけではなく、国を立て直すことが難しいくらいの大飢饉だったのです。
そうして王様が身を粉にして働いていても成果の出なささに次第に民衆は不満を募らせていきました。
なぜ結果がでないのか。なぜ元どおりにならないのか。なぜ、なぜ…
王様はとうとう倒れてしまいました。一緒に働いていた貴族や大臣たちももう疲れてしまいました。政治が機能しない中、不満を募らせた民衆たちは口々に王様を非難しました。
なぜこんな時に倒れるのか。今こそ力を発揮する時では無いのか…
大臣たちは頑張っている、そして弱っている王様にこの声を聞かせないように努力しました。でも王様はこの声を聞いてしまいました。自分の悪評を知ってしまいました。
それでも、民衆を憎むことなどできないのです。それはこの国の王だからです。守るべきはずの民衆を憎んでどうすればいいと言うのでしょう。
王は王位を退くことにしました。退くことを民衆に発表するときそれは起きました。
クーデターです。民衆出身の騎士が王に駆け寄り剣で王を殺害しました。
湧き上がる民衆の歓声。私たちはこれで自由になれたのだ!と。
王の味方だった大臣や貴族たちは牢に繋がれました。そして処刑されました。
そろそろ私もこの世とお別れする時間です。
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あるところに暴虐な王がいた。あれは飢饉や災害が起こっても何もしなかった。だって王は事なかれ主義だったから。
実際は動いていた?そんなことはない。動いているのなら俺たちは少しは苦しくなかったはずだ。妹や弟、妻も死ななくてすんだだろう。
たとえ動いていたとしてもあいつは普段と変わらない生活ができたんだ。俺たちが三日三晩飯を食えない時もあいつは飯を食えたはずだ。俺らが眠らずに少しでも飯をもらおうと働いている時も温かい布団で眠れたはずだ。
俺たちはあの時寒い空の下で震えなくてはいけなかったのだ。
俺たちと違って色々出来ることがあったのに、それで働いた、と言って倒れるのはどういうことだ。
こっちは倒れることすら許されない。少しでも自分たちが生きるために働かないといけないんだ。
そんな中、王位を退くのはどういうことだろうか。結局抱えた重い荷物を軽くするために他人に渡しただけではないのだろうか。
クーデターが起きても不思議ではない。クーデターを起こしたことに後悔もしていない。
皆、生きるのに必死なのだ。ぬくぬくと生きている、苦労を知らない奴は淘汰されるべきだ。
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どちらも暴虐の限りを尽くしたと伝えられている王様の話。
2つは全く反対の内容です。さあ、あなたはどちらを信じますか。
終わり良ければすべて良し、とはよく言ったものです。その反対は終わり悪けりゃ全て悪し。
結局その人がなにをやったのか、どんな人柄だったかは関係なく、結果が全てを決めるのでしょう。