T
近しい人がこの世を去ると、「死」というものについて考えざるを得なくなる。Tさんは俺にとって特別親しい間柄というわけではなかったけれど、俺は好きだった。
お互い連絡を取り合ったりした事はないけれど、狭い社会だから、あちこちで会う。その度に「お〜〜シゲ〜!」と馴れ馴れしく絡んできた。
図体がでかいので、肩を組んできたり、背中をバンバン叩かれたりすると、どちらかというと小柄な俺は、ちょっとしんどかった。
Tさんは誰でも馴れ馴れしく話しかけるので、もしかしたら苦手としている人もいたのかもしれないけど、俺の知る限りではみんなに好かれていた。
あるイベントで、MCの人が「今日は世界的に有名なミュージシャンがきています!」「今、自家用ジェットで空港に到着し、こちらに向かっております!」などと引っ張るだけ引っ張り、「今!種子島の歴史に新たな1ページが…!」と煽るだけ煽って、そろそろとTさんが登場し、お世辞にも上手いとは言えない歌を歌う。というコントのようなステージがあり、俺は腹を抱えて笑い、イベントはおおいに盛り上がった。
Tさんは、ただそこに居るだけで人を笑顔にする人だった。
Tさんが病気で入院すると聞いた時は、「あ〜そうなんだ。まぁTさんならすぐ戻ってくるっしょ。」と思っていた。
1年くらい闘病生活になるらしいと聞いた時も、それほど深刻には考えなかった。半年くらいたった時に一時退院して、その時にたまたま昼ごはんを食べに行った店で会ったとき、髪の毛はほとんど抜けて、杖もついていたけど、握手した手は相変わらず大きくて、分厚くて、でも握る力は弱々しくて、それでもなんの心配もしていなかった。
もう手の施しようがないらしいと聞いた時も、俺は信じなかった。あのTさんが死ぬわけないじゃん。そんな事あるわけない。
でも次に会ったのはお通夜の日だった。
俺は中学生の時に兄を亡くしているので、その時の情景がフラッシュバックして、会いに行くのにためらいがあったけど、会って見れば、Tさんはただ寝ているだけのようにしか見えなくて、その時思ったのは「死化粧って大事だな」って事だけだった。
俺も大人なので、Tさんが生きていない事は理解していたのだけど、次の瞬間にはあくびしながら起き上がりそうな気がして、そして、これは誰にも言えないけど、あのステージの事を思い出して笑いそうになった。これが今生の別れとはどうしても思えなかった。
実際そうなんだろうと思ってもいる。
お互い移住者同士で、日本の端っこの小さな島で出会った。世界に約72億人いる中で、そのほとんどの人は出会う事はおろか、視界に入ることさえない中で、俺とTさんは出会ったのだから、太い縁で結ばれているのは間違いない。だから、いつかまたどこかで出会う。一時の別れだ。一言だけ声をかけて、帰った。
「また、会いましょう」
人生は長いのだろうか。短いのだろうか。
人類史から見れば、人間1人の一生なんてほんのひと時だろうけど、これは時間の問題ではない気もする。80年生きて長いと感じる人もいれば、100年生きて短いと感じる人もいる。本人が勝手に決めればいいことなのだろう。
もし、俺が今死ぬことになったら、どう思うだろうか。少しでも長生きしたいと思っているけど、どうせ次もあるし。と達観してしまいそうな気もする。Tさんは何を思って逝ったのだろう。
Tさんは、そこに居るだけで周りを笑顔にしてしまう人だった。次の瞬間に、何を言いだすか、何をしでかすかわからない人だった。何せ、死んでまで俺を笑わそうとした人だ。
俺も、そうありたいと思った。