第九話 狙撃手
京都は三時間で戦場に変貌した。
発端はヤタガラスの一裂きだった。
被害者は反人鳥派の人間である。
その殺害を終えると一度彼は身を隠した。
その後パニックになった町を隼人は一人一人殺してゆくことで、さらにかき乱してゆく。
反人鳥派は必死で整備するが人々の混乱は収まらない。
その間も地上では、隼人の手によって静かに勢力は削られてゆく。
彼に武器は必要なかった。
発現した彼の体そのものが武器だったのだから。
人鳥の生態は詳しくは解明されていないが、その存在を知る者はまずそれが持つ強大な力に驚かされてきた。
一度扇ぐだけで5メートルは上がる跳躍力。
地上からならば航空機の乗客の表情まで確認できる視力。
そして、コンクリートブロックを一握りで潰す足の握力と極端に鋭利な鉤爪である。
そして、ヤタガラスにとっての強みは片腕にもその足が発現する事だ。
地上は言うまでもなく、片翼でも飛行はできるので空中戦においても敵はいない。
これまでこの強力な武器のおかげで福岡と大阪の拠点を潰せたのだ。
閉鎖され隔離状態の京都市は、ヤタガラスという人鳥を包囲し駆逐するための戦場と化した。
完全包囲から四時間、反人鳥派の勢力は彼の鮮やかな殺害により、半減した。
やがて、彼らはドローン兵を投入しはじめた。
鼻づまりのような音をならすプロペラ機械は銃をもった人間を軽々しく持ち上げ、地上のカラスを空中に誘い出す。隼人は旋回を繰り返し、銃弾をかわしながら次々とドローンを地上へと引きずりおとしてゆく。
「はん!ヤタガラス…」
減少してゆく兵力を見つめながら遠隔射撃用ライフル銃を携えた男が一人いた。
名前は矢倉源次という。
反人鳥派軍、最強の狙撃手であり、その照準の正確さから
「ロビン=フッド」
の異名がついた。
矢倉はアメリカ人の母親譲りの碧眼を銃に落とすと、懐からマガジンを取り出す。装填を完了すると溜め息をひとつ。
「285.08563キロメートル…」
ゆったりと低い声で目測の距離を口にする。
銃口の照準を大きなカラスにあわせていく。
対象は自らの結果に余裕を見せている。
引き金に指をかける。
「流血」
装填された銃弾は引かれた引き金によって筒をすり抜けてゆく。
銃口から放たれた弾丸は、
風によってカーブを描き、円弧の延長はカラスの滑空直線と交わる。
鋭い金属が突き刺さった隼人の体は血を流しながら落下してゆく。
隼人は腹部に指を差し込まれる感覚を感じた。
しかし、表情は苦渋ではなく笑みをこぼしていた。
矢倉は撃ち込んだ対象が落ちてゆくのを見届けると、この一日で廃墟と化した商業ビルを後にしようとした。
「×」
矢倉は振り返ると、自らの目を疑った。
その日の京の夕焼けはいつも以上に赤みがかっていた。