第七話 記憶の夢
飛行機に乗る鳥の気持ちとは如何なるものか。
ハルはふと思った。
動けるのにレッカーされる車。
マジックハンドを使う手長猿。
カーナビを使う地理学者。
それぞれが一見して矛盾した関係のようだが、
「駐車違反」
「生物学実験」
「研究開発」
といったワードがこれらの事象を正当化する。
今のハルの状況を正当化するワードは「任務」だ。
自分で飛んだり、空軍の飛行機を使うと、反人鳥派を刺激しかねないのでハルは民間機を使う事を余儀なくされた。
ガルド空軍大佐の試験の後、大統領直々に正式な任務の依頼があった。その内容は、「ヤタガラスの活動の阻止と保護」である。
報酬は出所と短期間の生活金、ハルにとっては充分過ぎる条件だ。
事はスムーズに進んだが、ハルは色々と行動を束縛されることとなったのである。
そして、舞は案内人としてハルと同行する事になった。
彼女は厳重な保護が付かなくてはならないが、その役割もハルが担わなくてはならない。
そして、何よりも厄介なのがブラックボックスだ。
ブラックボックスとは、本来航空機に装備されているもので、事故発生時の高度や速度等といった情報を記録している物なのだが、人鳥用のそれは少し異なる。
ハルが軍に入隊してから普通の装備では人鳥に対応しないことが判明し、専用のものが開発された。
全ての装備が一つの黒箱に詰められていて、手をかざしたり武器の名前を呼ぶだけで手に飛んできて持つ事が可能だ。
そして、記録機能である。
「囚人兵」という肩書きを持つハルにはそれまで「首輪」をつけられていた。といっても文字通りの意味ではなく、彼の監視役がついていて、
音声記録係、行動記録係、健康管理係、通信及び交信記録係の四人の人間が常にハルを脱走しないか監視していたのだ。
しかし、ブラックボックスの開発によりそれらの仕事は一つに集約され、「首輪」の存在は不要となった。
このブラックボックスの記録機能にハルは辟易していた。
何しろ行動中のありとあらゆる素行や生活音が全て記録されてしまう。
だから迂闊に独り言や軽口を言ったりすると、そのまま記録されるし、対話は会話する相手が認識され、そのまま文章化されてしまう。
このことを舞に説明すると途端に口数が減った。
それから、機内での二人は誰の眼にも偶然居合わせた破局カップルにみえたのである。
このまま黙って何時間もじっとするのも何だったのでハルは眠る事にした。
ここ最近任務続きでようやくできた休日に任務が割り込んだので、彼は寝れていなかった。
ブラックボックスには、Sleep:17:06(US)~…
と、記録される。
うっすらと見える人影は急に大きくなり、大きく頬を張ってきた。そして写真を見せつけて訊いてくる。
「こいつが誰だかわかるか。」
知らない、とこたえると鳩尾に蹴りが入る。
また質問が来る。
「お前の名は?」
少年は経験したことのない苦痛に耐えながら答えた。
「ハル…ハル=ロヴァート…。」
「この男にあったことは?」
大きく詰めよる。
「…ない……です。」
殴打と蹴りが何度も入った。
意識が朦朧としてくる。
蹂躙は一向に止まない。
途絶えそうな意識の中、声だけが聞こえてくる。
「お前はこれから軍人として俺の空軍に入って貰う。…よろしくな、兵器君」
空を飛んでいる。
下を見ると、無数の銃口が向けられている。
上官の号令と共に、それらは火を吹く。
旋回を繰り返して回避していく。
端から見ればその姿は華麗に見えたが、その心境は恐怖の色一色で染めらていた。
何故なら、自分は実弾射撃訓練の的なのだから。
全ての弾を使いきった彼らは口々に言った。
「兵器の癖に…。」
「化け物め…。」
どれだけ成果を挙げても誉めてくれる人は誰もいない。
勲章を沢山もらったがこれっぽっちも嬉しくない。
独りぼっちはつらい。
同じ集団に属しているのに、誰も味方はいない。仕事の時だけは渋々協力してくる。
奴らは口々に言う。
「所詮は火力が強い兵器。」
「化け物が。」
悪態は毎日続く。
まるで暗示をかけるように。
「お前は今日から人間じゃなくなる。」
ガルドの顔が迫る。
「お前は…、兵器として存在するんだ。」
その声はこだましてゆく。
複数の声が頭の中を駆け巡る。
「人間じゃない。」「化け物。」
「気持ち悪い。」「飛んでみろよ。」
「所詮兵器じゃないか。」「人間の事情に絡むな。」「化け物め。」…
胸のあたりをどす黒くグロテスクな感情が渦を巻いたところでハルの目は覚めた。
気がつくともう成田空港へと着陸にかかっていた。
シートベルト着用のアナウンスがかかり、着陸準備が進んでゆく。地面が徐々に近づいてくる。
着陸装置の車輪が地面に着いた時の感覚はハルにとって、変な気分であった。
ハルたちは別口案内ということで、タラップから降りる事になった。
乗務員から荷物を受けとると、降り口に立つ。
ハルは日本の風を感じた。
「澄んでいる。が、どこか汚い…」
「え?」
舞いが尋ねるが、ハルは聞こえない振りをした。
タラップを降りるとプリウスが一台止まっている。
ドアが開き、中から出てきた男は良い体格をしているがどこか頼りなさげな顔をしている。
「日本警察の星本薫だ。ハル=ロヴァート、神田舞、レイマン大統領から話は聞いている。本局に来て貰うぞ。」
「よろしく。」
とハルは手を差し出したが、
「握手はしない。友好を示したればまず礼を示せ。」
とはねのけられる。
しばらく変な空気が流れたが、ひとまず車に乗ることにする。
しばらくの間沈黙が続き、走行音だけが聞こえた。
初めに口を開いたのは、舞だった。
「あのう、私たち本局に向かってるんですよね?」
助手席の星本が答える。
「そうですが。」
「方向が逆じゃないですか?警視庁って。」
「誰が警視庁に向かうと言いました?」
星本は拳銃を舞に突きつけて言った。
「あなた方には反人鳥本局に来てもらいます」