第六話 ヤタガラス
設定がややこしいかも…
鞍馬山の冬は寒く、羽を出さないとローブ一枚では厳しい。しかし片翼だけでは右半身がカバー出来ない。
こんなひもじい思いをしなければならないのは反人鳥の奴らのせいだ、と恨みを募らせながら神田隼人は竹林に吹くすきま風に耐え震えていた。
彼が発現したのは、三年前のことだ。
時は草木も眠る丑三つ時、その夜はよく眠れなかった。とりあえず布団をかけ直そうと起き上がったその時だった。手足そして眼に激痛が走った。眼球には中心から火傷するような熱がこもり、左肩から手先にかけては内面から幾千もの針が飛び出る感覚がした。
だが彼が一番衝撃を受けたのは右手と両足の変化だった。
親指と小指がそれぞれ掌と土踏まずを中心にして骨が引きちぎられるような痛みと共に踵に移動しひとつになってしまった。残された三本指は肥大し鉤爪がまるで水が飛び出るように生え出たのだ。
彼には激しい痛みのなかに大きな疑問が浮かんだ。
「何故俺が…?」
そして、さらに疑問がのっかかる。
「何…故、片方だけ…?」
途端に悲しい気持ちになり隼人は怒りとも悲しみからともとれる慟哭を放った。
「隼人っ?…!」
姉の舞がそれを聞いて部屋に駆けつけたが、目の前に怪物を見て驚愕した。
一枚だけの黒い翼がそこら中に羽を撒き散らしながら粗ぶっている。
「ア…アネ…ギ…。」
精神と肉体の苦痛に耐えながらこう発するのがやっとだった。
「舞!どうしたんだ!」
「隼人?どうして暴れているの?!」
父親と母親だ。彼らはさらに衝撃を受けていた。自分の息子がいると思ってた部屋に異形の怪物がいるのだから当然だ。
両親の困惑と恐怖が入り乱れた顔を見たとき、隼人には惜別と決意の感情が芽生えた。すると痛みは消え失せ、不思議と暖かい感覚に包まれた。
「…父さん、母さん、姉貴。」
それぞれに憐れみの表情が見えた三人の顔を一瞥すると、言った。
「俺、もうここじゃやっていけない。いつか反人鳥派にもバレるよ。迷惑はかけたくない。…出ていくよ。」
最後の言葉を言うのには悲しみが邪魔しかけたがそれを抑え、窓を開けた。
「ま…待つんだ、隼人。」
そう父親は引き留めるが彼は振り返らなかった。
「…ごめんなさい。」
そう言うと、三日月の照らす夜空へと飛び立った。
それから奴らにバレるのに時間はかからなかった。どうやら発現時にあげる、あの慟哭には特殊な波長の音波が含まれていて、全国各地に設置されたアンテナがそれを拾うそうだ。 依然神田家のある町にも説明があり建設が進めらていたので隼人は知っていた。何よりも、その設置を義務付けたのが半人鳥派の国会議員たちであった。
アンテナに採取された音声データにはその発生地点が記録され、それは人鳥の保護を目的とするアメリカ政府のみに送られる-。はずなのだがやはり反人鳥派グループは傍受してしまう。対策を講じようにも設置は日本人しかできないので不可能なのである。
というのも、世界各国で人鳥の発現が確認され、社会的混乱を防ぐためその存在を隠蔽することに奮闘する国々のなかで日本だけは、その情報拡散の速さと八百万を受け入れる人々の精神、そして人鳥を保護するための法律制定の難航によって人鳥の存在は大きな混乱を招くことなく知れ渡ってしまったが、アメリカのレイマン大統領の奇策で世界に存在が漏洩することを防げたことで一件は落着したかに見えた。
しかしじわじわと現れた人鳥の存在を忌み嫌う反人鳥派の者たちは、政界に忍び法律の改正を目論んだ。
そのうちの一環が「人鳥探知法」という、前述のアンテナを使った探索を義務付ける法律である。
「人鳥保護の実施国への迅速な情報伝達」を謳う一方で本来目的は人鳥の捕獲と駆逐であった。
しかもこの法律における作業(アンテナの設置など)にはアメリカ人は介入できない。何故ならレイマンが提案し極秘に制定された国際法「人鳥法(Birplal Low)」において「人鳥に関する機材設置及び活動運営に外国人を派遣することを禁ずる。」という記述がなされてしまっていたからだ。
それまでは他人事だった。しかし、いざ自分が人鳥という特殊な存在に なってしまうと、日本という国が人鳥にとって如何に居心地が悪いかを実感した。
隼人ははじめに怯えた。
かつてテレビで見てきた人鳥の駆逐のニュースを思い出し、その標的になってしまったのだ。そして身を隠して生活した。顔も特定されているので迂闊に動けない。うっかり発見されて襲撃合うなんてことは日常茶飯事。奴らは相手が人鳥だとわかると脇目もふらず攻撃してくる。
そんな窮屈な生活に嫌気がさした時、ふと思った。
どうせ狙われるなら、もっと堂々とすればいい。人鳥の存在は肯定すべきなのだ。
奴らがやってくるなら、こっちから壊しに行ってやればいいじゃないか。
そして、隼人は行動を開始した。
はじめは攻撃してくる敵をただただ殺していった、かつていた仲間たちと共に。
しかし、殺しても、殺しても攻撃は止まるどころか激化していった。強度の増した仲間は次々と撃ち落とされてゆく。ついには隼人一人になってしまった。
この現状に絶望した隼人はようやく気付いた。
これはただの喧嘩、俺たちには目標がなかった。
彼は決めたのだ。今いる人鳥とこれから発現する人鳥の為に住みやすい環境を作るのだと。その為の反人鳥派組織の壊滅だと。
それからの隼人の活動は一人とはいえ、かなり戦略的になった。あらゆる手段で情報をかき集め、その組織に影響力のある人間をターゲットにするようになったのだ。こうした努力が実を結び、四大拠点のうち、福岡と大阪の壊滅に成功したのである。
竹林に光が差し込む。夜が明けたようだ。隼人はゆっくり目を覚ますと、まっすぐ上に飛び上がった。上からの京都の眺めを一望すると、ある一点に向かい始めた。
昨晩の内に奴らの拠点の場所は頭に入れてある。
発現してから急激に伸びた記憶力は未だ健在のようだ。
京都の空を舞う冷たい風を受けながら、一体のヤタガラスは殺意を燃やしながら目標へと滑空していった。