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05.兄の私生活(1)

マリアの下宿先から戻って半月が過ぎた。

ケイとの同居話を断りレオは相変わらず気ままなホテル住まいを続けている。

新緑の季節とは言えマイアミの五月はすでに真夏の太陽が照りつける。

朝食兼昼食のブランチを済ませ、ひと泳ぎした後プールサイドで日光浴を

しながらのんびりと読書に耽る―― これが日課になった。

食べたい時に食べ寝たい時に寝る、時間に拘束されない何とも贅沢な生活で

ある。だが、まだ船を下りて陸上生活をする気にはなれない。

一日二回(正午から午後4時と零時から午前4時)の当直、規律に縛られる

ストイックな生活があるからこそ、この自由で怠惰な時間を満喫することが

できる。おかに上がり二、三ヶ月もすると無性に海の上が恋しくなる。

そして、いつものように休暇を終え船に戻ると不規則な生活に慣れたはずの

体内時計は、二等航海士の当直『ゼロヨン・ウォッチ』と呼ばれる時間帯に

合わせて自然にリセットされる。

この束縛と自由の絶妙なバランスが今のところちょうど良い。



「ちょっと焼きすぎじゃないの? ちゃんとUVケアしてる?」

部屋に戻る途中ロビーで呼び止められた。

つばの広い帽子にブランド物の大きなサングラス、ネールアートされた細長い

指でバージニアスリムを挟み綺麗に足を組む姿は、ハリウッドのセレブに混じ

っても引けを取らない。


「ダウンタウンまで出て来たから、ごきげん伺いに寄ったの」

「そっか… 今夜、どっかで晩飯する?」

「いいわね」

「じゃ、着替えてくるけどここで待ってる、それとも、」

「お邪魔でなければ、お部屋まで行くわ」

間髪を入れずに応えると鋭い視線をレオに向けた。

「なんか、険のある言い方だな」

「用心棒の件はあっさり断られるし、ちっとも顔を見せないし…

誰かイイ人でもできたんじゃないかと思って、実は、偵察に来たの」


ケイは悪戯っぽい笑みを浮かべると、そそくさとエレベーターに乗り込んだ。



* * * * * * * 



「わぁ、可愛い~!」

デスクの上のイースター・カードを手に取り黄色い声を上げた。

マリアのユーモラスなカードと一緒に送られてきた有賀莉江からのものだった。

復活祭用のドレスと帽子に身を包んだ美玖が、例のウサギのぬいぐるみの横で

笑っている愛らしい写真がカードになっている。


「確か、パパはハーフだったわね。四分の一白人の血が混じっているわけか。

通りでお人形さんみたいね」

「実物はもっと可愛いよ。きっと両親のいいとこばかり貰ったんだな」

「じゃあ、ママもかなりの美人なのね」

探りを入れるようにレオの方を伺った。

「ああ… 外見も中身も、とても綺麗な人だよ」

ケイの視線を逸らすように窓際に立つと、想いを馳せるように遠くを見つめた。


有賀莉江はレオが抱いていた負のイメージを悉く覆し、妹思いの兄の懸念や

不安を一掃させてくれた。清楚で透明感のある容姿も然ることながら、

彼女のもつ内面の美しさや強さに心惹かれるものを感じた。


「よかったじゃないの」

「えっ?」

ケイの声にはっと我に返った。

「あなたが心配していたような人じゃなくて。妹さんとも上手くいってるんで

しょ?」

「うむ、なるべくマリアに負担をかけないようにしているのが傍で見てて良く

分かるんだ。かえってマリアの方が面倒見てもらっているくらいだった。

控えめなのに、それでいて細やかな気遣いもできるし料理も上手いし自分の

運命を受け入れシングルマザーとして、」

「もういいわよ!」

いつになく饒舌なレオを遮った。


「あなた、もしかしてその若い未亡人にたぶらかされた? それとも、

一目惚れ?」

「馬鹿な! そんなことあるわけないだろ」

「おお、こわ~い! そんなに剥きにならなくてもいいじゃない」

思わず声を荒げたレオに向かって大げさに肩をすくめて見せた。

「君があんまりくだらないことを言うからさ。俺は真っ赤に熟れた果実にしか

食指が動かないって、前にも言ったろ…」

今度はクールに交わすと、いきなりケイを抱き上げベッドに押し倒した。


レオはまるで自分の中に芽生えた感情を払拭するかのようにケイの躰を激しく

求めた。



* * * * * * * 



「何年経ったら、この木の下でお花見ができるようになるのかなあ…」

(さあ… 美玖がマリアちゃんくらいの歳になったころかな?)

「ええ、そんなに!? じゃあ、そのころ私は完全にオバさんになってるね。

て、ことは、お兄ちゃんは間違えなくお爺ぃーさんだぁ!」

裏庭の中央に植え付けられた桜の苗木を見ながらマリアは可笑しそうにケラケラ

と笑った。


佐伯レオは結局、妹に押し切られる形で日帰りの予定を変更し二泊してフロリダ

に帰って行った。明るくおおらかなマリアとは対照的にどちらかと言えば寡黙で

物静かなレオは、莉江が想像していたような荒々しい海の男ではなかった。


「あっ、莉江さんごめんね。私ったらまるで自分の家みたいに強引に兄を泊めて

しまって。図々しいヤツだって、メールで叱られちゃった」

(そんなの全然平気。こっちの方こそ木を植えてもらったりバーベキューグリル

を組み立ててもらったり、お兄さんのことすっかり扱き使ってしまって…)

レオは、健介がやり遂げられなかった家の中の 〝男の仕事” を次々と手際良く

片付けてくれた。

「お兄ちゃん、すごーく楽しそうだった。ずっと船とホテルの生活で、普通の

家庭生活なんて今まで味わったことないんだと思う。

莉江さんのブイヤベース、本場マルセイユのより美味しいって何度もお替り

してたでしょ。美玖ちゃんをあやす姿もなんか、けっこう様になってたし… 

早く結婚しちゃえばいいのに」

マリアは思い出したようにくすっと笑った。


(あんなに優しくてかっこいいお兄さんだもの、きっと素敵な奥さんもらって

マリアちゃんが羨むような家庭をつくるわよ。あ、もしかして、もうそういう

人がいるのかな?)

「さあ、どうなんだかぁ、恋人いるのって聞いてもいつも適当にはぐらかすし…

三十五にもなるんだから将来のことはちゃんと考えているとは思うんだけどね。

正直言って兄の私生活のことほとんど知らないんだ。航海中のことはいろいろ

教えてくれるんだけど、オフの話はあまりしないの。毎日フロリダでいったい

何やってんだろ…」

頬杖を突きフーと小さな溜息をついた。


幼かったマリアの記憶の中にペルー時代の兄との思い出は一切存在しない。

不幸な運命によって引き裂かれた兄と妹はそれぞれ全く違う人生を歩んできた。

孤児となり苦労した兄は、諦めかけていた妹の夢の実現のために物心両面で

サポートしてくれた。そんな兄を思い遣るマリアの気持ちには莉江の計り

知れないものがある。


(私には兄弟いないから良く分からないけど、やっぱりお兄さんの恋愛とか

結婚相手は気になるものなの?)

「うん、まるで気にならないと言ったら嘘になるかな… やっぱ性格が良くて、

優しくて、綺麗な人がいいな。でもいくら美人でもモデルや芸能人みたいな

派手な感じは絶対にイヤ! 家事や料理が得意でお兄ちゃんの食生活や健康

管理がちゃんとできる人、そして何よりお兄ちゃんのことを愛して大切に

してくれる人。あとは…」

(それって、ちょっとハードル高すぎるよ!)

莉江は思わず噴き出した。

「だよねえ~!」

マリアも可笑しそうに笑った。


「まあ、お兄ちゃんが好きならどんな人でも仕方ないけど…

でも、ブランド物大好きの浪費家みたいなタイプじゃ、暖かい家庭とか家族

団らんなんて絶対無理なのにな…」

何か心当たりでもあるかのように呟くと唇を尖らせた。

(お兄さん、そんなタイプの女性が好みのようには全然見えなかったけどな…)

生成りのシャツとコットンのチノパンツをラフに着こなしたレオと、ブランド

志向の強い女のイメージは結びつかない。

「うん、私もそうは思いたくないけど、なーんか引っかかるんだよね。

このバーニーだって、お兄ちゃんが選んだものとは思えないし…」

レオが美玖にプレゼントしてくれたフランス製のぬいぐるみを抱き寄せた。


再会を果たして以来、誕生日やクリスマス、卒業祝いなどの特別の日には必ず

レオから贈り物が届くという。最初の頃は寄港する国や都市の特産品みたいな

ものだったのが、ここ数年はブランド物のバッグや時計、アクセサリーなどに

変わってきた。しかも、若い女の子向きの手頃な物ではなく、大人の女が好む

ような高級ブランドが多く、マリアは兄の背後にそういう女の存在を感じて

いるらしい。


(そんなに気になるんだったら、今度の三連休にでもお兄さんのところへ

行って、確かめてくれば?)

「えっ、フロリダまで!? でも…」

(マリアちゃんの妄想かもしれないし。お兄さんの暮らしぶりを自分の目で

確かめがてらマイアミのビーチでのんびりしてくればいいよ。私と美玖なら

大丈夫だから)


マリアは同居以来ずっと雑用に追われゆっくり休日を楽しむことがなかった。

そんな彼女のことを気遣っていた莉江はフロリダ行きを勧めた。












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