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04.運命の出逢い(2)

「相変わらず飛行機はダメなの? 直行だとDCまで三時間ほどでしょ、

わざわざ何十時間もかけなくても…」

「気候もいいし、のんびり列車の旅も悪くないぜ。しかも愛車マイカーと一緒なんて最高さ!」

呆れ顔で旅支度の様子を見ているケイに向かって親指を挙げた。


レオはカーフェリーの陸上版『オート・トレイン』と呼ばれる鉄道を利用して

妹の下宿先を尋ねることにした。

マイアミから専用の駅があるサン・フォードまで五時間、そこからワシントン

DCの最寄り駅バージニア州のロートンまで十七時間半、そしてマリアの住む

メリーランド州まで車で約一時間、総計二十四時間の長旅になる。

ケイの言うように直行便だと僅か三時間で行けるが、一年の半分以上を海の

上で暮らす船乗りにとってトイレ・シャワー付きの個室で昼間は車窓の景色、

夜は星空を眺めながらの悠長な旅もなかなか乙なものである。


「はい、これ、頼まれていたもの。平凡だけどイースターも近いことだし、

確か女の子だったわよね?」

ケイはピンクのリボンのついた大きな紙袋を差し出した。

「おぅ、サンキュー! 助かったよ。メイド・インお仏蘭西のイースター

バーニーとはさすが、おケイさんだね。高かったろ?」

袋の中のウサギのぬいぐるみをまじまじと見た。


「ええ、高かったわよ。でも気にしないで、お給料の中から天引きするから」

「?…」

「いやだ、もう忘れたの、例の用心棒の件? 私は本気よ、レオ。

だから、あなたも真剣に考えてみて。それとも、まだどうしても船を下りる

気にはなれない?」

「……」

「じゃ、まあ、とにかく気をつけていってらっしゃいな」


無言のままのレオの額に口づけするとケイはホテルの部屋を出て行った。



* * * * * * * 



鉄道の旅を終えたレオの愛車ボルボC70は、ワシントンDCからベルト

ウェイと呼ばれる高速道路を北へ向かって快調に飛ばしていた。

南国フロリダにはない、ひんやりとした晩春の風は眠気の残る身体に何とも

心地良い。土曜の朝は通勤通学ラッシュの渋滞がなく車はスムーズに流れて

いた。一時間足らずで高速を降りると、眼前に新興住宅地の真新しい家並み

が広がる。さらに十分ほど車を走らせると『ハイランド・ヴィラ』と表示された

ゲート・コミュニティーが見えてきた。入口は部外者や不審車両の進入を防ぐ

ためゲート付のエントランスになっている。


(ここか… セキュリティーは万全のようだな。こういうところに住めば

用心棒なんか要らないんだよな)

苦笑いしながらマリアからあらかじめ教えられていた暗証コードを入力した。


プールやテニスコート、公園などの共有スペースを通り抜けると、青々と

した芝生、新緑の木々の中に洒落た造りのタウンハウスが点在する。

きちんと整備されたサイドウォークの上を犬と散歩する親子連れ、朝の

ジョギングを楽しむカップル、スケボーに乗った子供たちがのんびりと通り

過ぎてゆく。

ここはボルティモアのダウンタウンまで車で三十分、首都ワシントンへも

通勤時間が一時間とあって、住人の多くは専門職に携わるアッパーミドル

クラス、いわゆるヤッピー層が中心となっている。



「長旅、お疲れぇー!」

ドライブウェイに車を停めると、待ち構えていたようにマリアが家の中から

飛び出してきた。

「よう! なかなかいいところじゃないか」

「でしょ! ダウンタウンのおんぼろアパートとは大ちがい。ベルトウェイ

からもすぐだし、近くにショッピングモールもあって凄ーく便利。

それに、最新のマシーンが揃ったジムもあるからシェイプアップもできて

もう最高!」

よほど気に入っているのか、マリアは弾んだ声で捲し立てた。

確かに、治安が良いとは言えない街中の築五十年のアパートとは雲泥の差が

ある。

「お家の中も明るくてとっても素敵なのよ。お兄ちゃん、さあ、どーぞ!」

マリアはイースター・リースが飾られた玄関のドアを開けレオを中に招き

入れた。

自然光を取り入れるための大きな窓や白を基調にしたモダンなインテリアは、

木のぬくもりのする家具と巧く調和し、明るく落ち着いた空間になっている。

派手な装飾物が一切なく、適材適所に配置された観葉植物と油絵のシンプル

で品のあるデコが、この家の女主おんなあるじの趣味の良さを覗わせる。

そのあるじの姿がないことに気づき妹に目で伺った。


「あ、今ちょうどミルクの時間なの、もうすぐ終わると思う。ちょっとお庭に

出てみない?」

マリアはそう言うと庭に面したリビングルームのフレンチドアを大きく開けた。

タイル張りのパティオの向こうに芝生で覆われた裏庭が広がる。

その一角に煉瓦で縁取られた小さな花壇があった。パンジーなどの春の草花に

囲まれるように秋植えのチューリップやグラジオラス、ダリアの球根が色鮮や

かに咲き乱れている。

新築のマイホームを購入した夫婦が春の訪れと子供の誕生を心待ちにしながら

花壇を作り、花の種を蒔き球根を植え付けた光景がレオの目に浮かぶ。


一昨日おとといね、ホームセンターから届いたの」

マリアは切なそうな表情を浮かべてパティオの隅に置かれたボットに入った

ままの苗木を指差した。

「桜の苗木か、よく手に入ったなあ…」

「赤ちゃんが生まれたら記念樹として庭に植えるつもりで、特別にオーダー

しておいたんだって…」

一メートル程の苗木にはすでに数個の可憐な花芽がついている。


「確か、同じ病院のお医者さんだったな、マリアはその先生と面識があった

のか?」

「うん。去年、私がまだ癌病棟にいた頃にボストンから赴任されたの。

産科に移ってからは検診の時いつも一緒だったから、何度か。私が日本語と

手話ができるって分かると、とっても喜んで下さったの。奥さんをすごーく

愛してるって感じだった。患者さんやナースの間でも人気があって優しくて

素敵な先生だったのに…」

マリアは声を詰まらせた。

不慮の事故によって愛するものすべてを一瞬にして奪われた男の無念さと、

残された家族の悲しみがレオの胸にもひしひしと伝わって来る。

二人は無言のままじっと桜の苗木を見つめていた。


暫くして背後に人の気配を感じ振り向くと、赤ん坊を抱いて微笑む有賀莉江

の姿があった。






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