19.疑念
去年の春、レオが裏庭に植樹した桜の蕾が大きく膨らみ始めた。
ワシントンのポトマック湖畔の桜並木も来週あたりが見頃になると、テレビの
ニュースが伝えている。レオは来週早々マイアミ港に上がり週末にはここへ
やって来る。結局、フロリダを引き上げ当座の間はマリア共々ここに同居する
ことにした。
「よかったなマリア、同じ屋根の下で暮らせるようになって」
「うん、マジで嬉しい。なんせブラコンの妹ですからねぇ~!
リュー、お兄ちゃんの車のワックスがけお願いね。それと、シーツやタオル、
パジャマや歯ブラシとか新しいの買い揃えたいから、あとでショッピングに
付き合って」
冗談めかしに言いながらもマリアは嬉々として兄を迎える準備に余念がない。
「莉江さん、ほんとうにありがとね。二人も下宿人おくことになっちゃったけど
兄貴共々ヨロシクお願いします」
(こちらこそ。やっぱり家の中に男の人がいると安心だし、私も嬉しい)
それは莉江の本心だった。セキュリティ対策は万全の住宅とはいえ、女だけの
所帯では何かと不便で不安な時もある。それになにより、レオの誠実な人柄に
好感を持っている。
(あ、そうだ。マリアちゃんに手紙が届いているのよ)
莉江はキッチンのカウンターの上を指差した。
「なんだろ…」
産科病棟で偶然再会した、かつてリマの養護施設で働いていた女性からだった。
封を開けると一枚の古びた写真が飛び出し床の上に落ちた。
「これ、マリアとレオさんじゃないか? 全然変わってねーな。まんま今の
マリアだよ」
写真を拾い上げたリューは可笑しそうに笑い莉江に見せた。
(ほんと、面影あるわね)
「レオさんは、言われなければ分かんないな… 大人になって化けるタイプの
イケメンだったのかな…」
「じゃあ、私は化けなくてブスのままって言いたいわけ?」
写真を見ながら口を尖らせた。
(赤ちゃんの時からマリアちゃんは変わらず可愛いいってことよ)
「ナイス、フォロー、莉江さん!」
「サンキュー、莉江さん!」
マリアは横目でリューを睨みつけた。
(手紙、なんて書いてあるの?)
写真ばかりに気を取られていたマリアは莉江に促され手紙を読んだ。
「昔のアルバムを整理していたら偶然見つけたらしいわ。
私とお兄ちゃん、誰が見てもすぐ分かるような、よく似た兄妹だった。
って…」
マリアは写真の中の二人の顔をまじまじと見比べた。
* * * * * * *
その夜、自室で一人になったマリアは右肩の火傷の跡に触れながら小さな溜息を
ついた。またあの疑念が頭をもたげる。養護施設の職員だった女性に遇うまでは
考えも及ばなかったような疑念が・・・
レオとマリアが並んでいるとまず兄妹には見られない。
十二歳の年齢差も然ることながら顔の造形がまるでちがう。
レオは目鼻立ちのはっきりした端正な顔立ち、マリアは丸顔でどちらかといえば
ファニー・フェイス系である。外見が全く似ていない兄妹は世間にはざらに
いるし、両親の片方ずつに似たのかもしれないと、これまでさほど気にも止めて
いなかった。
マリアはセピア色に変色した写真をじっとみつめた。
赤ん坊を抱く少年レオに今の兄の面影はまるでない。
妹の火傷跡に心を痛めていたはずの兄は再会を果たした時、そのことには
一言も触れなかった・・・
(いやーだ私ったら、なにバカのこと考えてるんだろ…)
頭の中に渦巻くモヤモヤを払拭するようにマリアは首を大きく左右に振った。




